30 サブシート

「すまん、ちょっと時間を稼いでくれ」

「無茶を言ってくれるね、全く!」


 エフェメロプテラに、というよりもカルロスにご執心の邪神から時間を稼げと言われたシエスタは悲鳴の様な声をあげる。転倒したエフェメロプテラの直ぐ側にクレアが居る事に気が付いたネリンは対照的に華やいだ声をあげた。

 

「まあまあまあ! 戦場のロマンス! 素敵ですわね!」

「仕事しろネリン!」


 歓声をあげるネリンを叱咤しながらもグリーブルは神剣を振るってエフェメロプテラへと向かう攻撃を弾く。膂力に溢れた機体はグラン・トルリギオンの触手を容易く防いでいくが、それでも数の差は如何ともしがたい。


「長くはもたないからな!」


 だから早く戻って来いと言外に込めながら彼は叫んだ。その声を背に、クレアはエフェメロプテラの掌に乗って操縦席に乗り込む。


「複座型だったの、この機体?」


 操縦席の中に潜り込んだクレアは驚いた様な声を挙げた。手早くセッティングを変えながらカルロスは軽く頷く。

 

「神権機と大罪機の二系統を無理やり詰め込んだからな……操縦席には余裕があったから一応予備として」


 基本的にはカルロスが今使っているメインの方で全てを切り替えてこなすのだが、サブシートからも同じ事は出来る。機能的には前方の投影画面から遠いと言う事以外に差は無い。その気になれば、二人の操縦者がそれぞれ大罪機側の操縦系と、神権機側の操縦系を別々に操作もできるのだ。

 そしてカルロスが今やろうとしているのはまさにそれであった。

 

「炎と氷。別方向を向いた魔力を強引に一つにまとめた攻撃。それが一番利いていたのは分かるのだけれども」

「神権と大罪でも同じ事が出来るだろって考えるのが我ながら何とも……」


 チビロスが呆れた様な感心したような声を出す。他人事のように言っているが、何かを言う前にエフェメロプテラの元に来ようとしていたのだ。考えていた事は同じである証拠だった。

 

「俺が帝都で神剣を開放した時に感じた痛み。あれは俺の内部で神権と大罪の魔力が反発しあっていたから起きた事だと推測できる……つまりは今回と同じだ」

「おいおい、そこまで分かっててやるのかよ」


 茶化す様にチビロスが言ってくる。それにカルロスは口元を釣り上げた。

 

「わざわざ確認するためにそんな問いかけを投げてるな」


 思考のロジックは全く一緒なのだ。それでもついつい問いかけてしまうのは答え合わせがしたいのだろう。

 

「俺一人だと自分の内部で暴走した魔力がどうしようもない。あくまで機体側でのみ、その現象は起こしたい」

「そこで第二の操縦者の出番って訳か……」


 カルロスとチビロスが交互に話しているとクレアはどっちが喋っているのか分からなくなったらしい。若干混乱した様子を見せながらも、内容は理解している様だった。

 

「で、だ。何でクレアを連れてきたお前」


 そこだけがカルロスには納得のいかないところだった。自分に怒りを向けながらカルロスは低く問いかける。一番安全なところにいて欲しかったのに、こんな最前線に連れてきた自分の分身。解答次第では自分であろうと牙を剥きかねない姿にチビロスは二頭身で器用に首を竦めた。

 

「改めて言うまでも無いと思うけど、惚れた相手が本気でお願いしてきたら俺は断れない」

「む……」


 自分自身の事だ。その理由でこの上なく納得してしまった。後は出来るとしたらクレア本人に抗議するしかないが、それは選ばなかった。代わりに問いを一つ。

 

「クレアは操縦できるの?」


 そのイメージが全くない。ケビン達の様に操縦の練習も見たことが無い。それ故の問い掛けにクレアは胸を張って答えた。


「練習はしていたわ。実機で八時間」

「却下」


 流石に短すぎる。それで戦闘をするのは無謀の極みだ。最低でも50時間は欲しい。

 

「大丈夫だ、俺。操縦は俺がサポートする。クレアはあくまで俺の手足だ」

「チビロスって小さいから手足が操縦桿に届かないのよ」


 そう言いながらクレアはチビロスを思いっきり抱きしめる。苦しげな声を挙げながらも幸せそうなチビロスにカルロスは――。

 

「おい、そこ代われ」

「俺の頼みでもそれは断る。このサイズの特権だ」


 この野郎……と思いながらもカルロスの手は止まらず、最後のセッティングを終える。操縦系を切り離す最終ロックが解除されたのだ。これでカルロスの側からは機体を満足に動かせない。高速切り替えによる操縦から完全並列の操縦へとエフェメロプテラが切り替わった。

 

「準備は良いか?」

「何時でも良いわよ」


 カルロスの融法が中心となった三人を繋いでいく。一人でやっていた操縦を二人で分担する。それは遅滞の無い連携が有って初めて意味を成すものだ。その為には意識するまでも無く息を合わせられるようにするか、無理矢理息を合わせるかのどちらかしかない。カルロスは後者を選択した。

 カルロスは何時も通り、大罪機側を。チビロスとクレアのコンビは神権機側を担当する。その配置は神剣の再生をクレアにも手伝って貰うためだった。帝都で一度補修を行い、大陸有数の創法位階を持つクレアにしか出来ない。

 

 クレアの意識がゆっくりと神剣へと向かう。折れた半身を接いだとはいえ、この神剣は未だ不完全だ。形では無い。最も重要な権能を収められるだけの器。そこには変わらず穴が空いている。その目には見えない欠陥、ほころびをクレアは慎重に探り当て、補修していく。何時かのグランツのアドバイスを思い出すようにしながら。うっすらと膜で剣を覆うイメージ……。

 

 それに没頭しているクレアだが、手足だけは的確に動き、エフェメロプテラの半身を動かしている。その下手人はチビロスだ。殆ど全てをチビロスに任せたクレアは肉体の制御さえも投げ渡している。心から信頼していないと出来ない所業だった。

 そしてそのチビロスとカルロスの連携。そこには何の問題もありはしない。元は同一存在。同じ状況になれば同じ答えを返す。それが分かっているが故に二人で動かしている意識など無い。自分が動けば相手も同時に動く。その挙動は傍から見て、二人乗りだとは気付かれないだろう。スイッチからパラレルへ。完全に分割された並列思考を擬似的に再現された事でエフェメロプテラ・セカンドは建造後初めてフルスペックを発揮していると言えた。

 

 神剣の修復をするクレアを乗せて、エフェメロプテラは再び戦場に舞い戻る。その操縦席の中で、チビロスはカルロスとクレアに気付かれない様に思考した。

 

(あーやっぱり駄目か。本体なら兎も角、俺みたいな模倣品じゃ神権の色が付いた魔力だけでも削られていくな)


 未だ神剣を開放しておらずとも、僅かではあるが自分自身を削り取っていく感覚。例えるなら砂の山に水をかけて小さくしていくような足元から少しずつ解けていくような感覚。自身の消失の予感にチビロスは嘆息した。

 

(ま、元々そう長く持つ身でもないし良いか)


 恐ろしい程の割り切り。自分自身が偽物でありながらそれを是とするチビロスの思考回路。確かにチビロスはカルロスは緊急避難的に生み出した情報共有用の端末と言える。だからこそ、長時間の活動は前提にされていない。第三十二分隊の面々とは違うのだ。それ故の活動限界の近さを感じ取っていたチビロスは、今回の件で短縮された時間には拘泥しなかった。

 むしろチビロスは自分が偽物で良かったとさえ思っている節がある。偽物ならば。

 

「本体に出来ない事が出来るからな……」


 小さな呟きは、クレアの胸の中に抱え込まれて外に漏れる事は無かった。それでも、本体が残るとは言っても自分が消滅したクレアはきっと悲しむんだろうな、チビロスは少しだけ申し訳なく思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る