29 炎と氷

 そんな挑発が功を奏したのか、グラン・トルリギオンの攻撃がエフェメロプテラ・セカンドに集中する。先ほどの全身凍結の直後で、動きはまだ鈍い。それもそう遠からずに復調するのは想像に難くない。最も短絡的な手段を取るのなら、一度破壊した後に再生させるという荒業があるのだから。それ故に、弱っている今が一番のチャンスであるのだが決め手に欠ける。

 

 今自分にできる最大威力の攻撃。それは他の機体の対龍魔法や神権の最大解放を複数束ねた物だ。だが飛翔と挑戦でも大ダメージと呼べる物止まり。致命傷には至らない。平等の神権は攻撃には向かない。ラーマリオンは水場が無いので今は役立たず……となるとガル・エレヴィオンとガル・フューザリオンの二機しか候補が残らない。炎と氷。対極の二つだが、果たして。

 

 手短にカルロスは二人へと作戦を説明する。とは言え改めて解説する程ややこしい物では無い。要は自分に最大威力の攻撃をぶつけてくれと言う話なのだから。イーサは一度その身で、アレックスもエフェメロプテラが持つ能力は知っているからこそ正気を疑われることも無く、スムーズだった。

 

「行くぞカルロス! 『|滅龍の炎獄(インフェルノ)』!」

「『|封龍の永久凍土(コキュートス)』!」


 その二つの対龍魔法を、模倣の大罪が力尽くでねじ伏せる。右拳に炎と氷が渦巻いて宿っていく。性質の近い魔法だからこそ、相殺し合う事も無く、かといって単純に混じり合うでもない不可思議な状態になっていた。

 反発しあう魔力と魔力。全く別の性質を持とうとしている魔力はそれだけでエフェメロプテラへ負荷をかける。その暴れ回る力を強引に抑え込む。弾けるのはまだ早い。相手の元に辿り着くまでどうにか制御を手放さない。


「援護しますわよ、後輩様!」


 グラン・トルリギオンの上部から、ヴィラルド・シュトラインが無数の光刃を産み出して雨の様に降り注がせる。ハリネズミの様になった事で、首の一つが上に気を取られた。そのタイミングでエフェメロプテラを走らせる。そこに先導する様にヴィラルド・キーンテイターが前についた。

 

「向こうの攻撃は弾いてやるよ。そいつをぶち込んできな!」

「ありがたい! ぶち込んだらすぐに逃げろよ!」


 正直、この暴走寸前の魔力を抱えたまま敵の攻撃を避けるというのは少々リスキーだった。掠めでもしたら即座に自壊しそうなほどに不安定。己には制御できない力と言うのがカルロスをしても恐ろしい。だがその恐ろしさは同時に頼もしさでもある。間違いなく今までの中で最大の一撃。

 

「喰らいやがれ。仮想対龍魔法!」


 拳がグラン・トルリギオンへと叩きつけられる。その瞬間にカルロスは暴走寸前の魔力を打ちだし、そのまま全力で退避する。

 

「よっしゃあ! っておお?」


 その迷いの無い逃げっぷりにグリーブルが困惑する。一発ぶちかましたという喜びで直前のカルロスの言葉は頭から抜け落ちたらしい。打ち込んだ手応えから大凡の威力を察していたカルロスはヴィラルド・キーンテイターの位置を確かめて叫ぶ。

 

「馬鹿! 逃げろって言っただろ!」


 近い。慌てて駆け出すが――それよりも早く背後で閃光が溢れた。完全停止の世界と無限熱量の世界。その二つが同時に生み出された事で生じた矛盾。それは周辺の崩壊と言う事象となって現れた。永劫の守りが有ろうと、関係なくあらゆる物が分解されていく。それは、カルロスが行っていた分解の魔法と結果だけを見れば酷似していた。しかしこれはより暴力的である。カルロスの物が相手の構造に沿って解体する物だとしたら、これは力任せに引き千切って細かくしていくような物だ。それだけにエネルギーの差が浮き彫りになる。単純な破壊力と言う観点からすればこれは神権機や大罪機も超えていた。或いは龍族の成体の最大攻撃ならば比肩し得るかもしれない。

 

 その絶対的な破壊の嵐から辛うじて逃れたグリーブルは震えの残る声で呟く。

 

「……正直ちょっとちびった。何だよこれ」


 その言葉をカルロスは笑えない。正直自分も生身だったら漏らさなかった自信が無い。これまでに見て来た中で、最も深刻な破壊現象だった。これと比べればカルロスの爆発の魔法道具など玩具みたいな物だ。影響範囲はそれほど広くない。一瞬で広がった光は一瞬で中心へ吸い込まれるようにして消えて行った。残ったのはクレーターの様になった地形と、一部を完全に消失したグラン・トルリギオンの姿。魔獣ならば確実に絶命している頭部の損失。魔導機士であったとしても三割近い機体の消失は戦闘継続が不可能になる。

 だというのにグラン・トルリギオンは倒れない。光が消え去ったのと同時に再生を始める。

 

「これでもまだ倒れないのかよ……!」


 機龍の上に乗って再攻撃の機会を伺っていたトーマスは絶望したような声を挙げた。神剣使いの三人も口にはしない物の同意見の様だった。殴っても殴っても手応えの無い状況。それは操縦者の精神にも消耗を強いる。それは肉体的な疲労とは無縁のカルロスにも同じ事だ。

 

「この耐久力、話に聞いている邪神本体にも匹敵するね」


 シエスタがそうぼやくがそれは何の慰めにもならない。一割だけ引き出された邪神本体の力は全て再生力に回しているのかもしれない。邪神からすれば器であるグラン・トルリギオンが在る限りは本体の復活は現実的な物となる。失いたくない物だろう。

 再度それぞれで攻撃を仕掛けるが、やはりそれ程の効果は無い。相手への嫌がらせと言う点では成功しているが、与えたダメージはその場で回復されてしまう様な物だ。


「もう一度やるぞカルロス!」


 埒の開かない状況を打開しようというイーサの言葉にカルロスは首を横に振る。

 

「駄目だ! さっきと同じじゃ、また再生される!」


 それに魔力は無尽蔵でも機体の消耗は無視できない。既にこの場にいる機体は二度以上大技を繰り出している。三度目が果たしてこれまでと同等の威力を出せるかどうか。出せたとしてその後動けるかどうか。それを考えると迂闊な手は打てない。だがこのままでは全滅する。その考えが頭を過った瞬間。悪魔の様な閃きがカルロスの頭に降りてきた。

 

「あっ……」


 その考えを口にするよりも早く、グラン・トルリギオンの断面から無数に生えて来た細い槍めいた影の触手。それに機体各所を貫かれ、エフェメロプテラが宙を浮く。そのままの勢いで投げ出され、地面を削りながら盛大に滑って行く。

 

「がっ……!」


 激しい衝撃にカルロスは自分の舌を噛んで悶える。悶えながら先ほどの思い付きの実行方法を考える。だがどうしても自分だけでは手が足りない。何か他の手は無いかと、必死で頭を巡らせるカルロスの元へ。

 

「何か手伝う事はあるかしら?」

「今ならちびっこい助手も付いてくるぜ」


 二つの声が掛けられる。転倒したエフェメロプテラの側に、駆け寄ってくる人影とその人物が抱えている小さな物体を見てカルロスは会心の笑みを浮かべた。足りないピースがはめ込まれていく。

 

「ナイスタイミングだ。クレア」

「当然よ。そろそろ私がいなくて困っている頃だと思ったもの」


 機体越しに、研究者の顔をしたクレアが笑みを浮かべた。その顔を見るだけで、カルロスは精神的な疲労が癒されていくのを感じた。

 

「俺もいるからな! 忘れるなよ!」


 その胸元で自己主張の激しい自分自身は見なかった事にした。

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