28 人の繋がり

 地下での戦いが終わりを迎えた頃。ガル・エレヴィオンとイーサ・マカロフを加えた地上の状況は――悪化していた。

 二機+一機で空を塞がれたと判断したフィリウス――そしてグラン・トルリギオンは腰を据えての殲滅に切り替えたのだ。現在、両陣営共に地下からの魔力供給を受けている。そこで差が生じるのは、再生能力の有無。同じペースでダメージを交わし合っても、グラン・トルリギオンは回復していくのだ。つまり、この不毛な力比べはカルロス達の負けが既に決まっている。

 それを打開するためのグランツの奥の手、ヴィラルド・ウィブルカーンの神権最大解放だったのだが、それも無力化された。機体も少なくない損傷を負わされている。

 

「グランツアンタは下がりな。そんな損傷で万が一落とされたらそれこそ大事だ」

「くっ……口惜しいがそうさせて貰う」


 悔しそうにグランツはシエスタの提案に乗る。彼が操縦席から飛び降りると同時、ヴィラルド・ウィブルカーンの姿が掻き消えた。オルクス神権国に設置されたカタパルト、その機能の一つで機体だけを先に送り返したのだ。再度こちらに転送する事も可能だが、流石に短時間で失われた片足を修復するのは困難だ。

 

 一人残ったグランツは人間サイズに縮小された神剣を携えて視界を巡らせる。

 

「私は人間体の邪神を抑える……ここは任せたぞシエスタ」

「巻き込まれない内にさっさといきな」

「……すまん!」


 人間離れした脚力でグランツが駆け出す。闇雲では無い。フィリウスの人間体は確実にこちらが見える場所に、だが同時に決して巻き込まれない位置に存在している。それを斬ったとしてもこの戦局に影響は出ない。だが相手を自由にさせたらどんな事をしでかすかは分からない。相手の手を奪うという意味でも人間体の制圧も必要な事だった。必然それは、カルロスにとっての父の肉体を斬ると言う事でもある。親の不始末、付けるのならば自分で付けたかったと思いながらもカルロスは一言だけグランツの背に送る。

 

「父さんを頼む」


 どうか、邪神の企みから解放して欲しいと切に願った。

 

 そしてそんな感傷に浸る時間もこちらの邪神は与えてくれない。

 

『あははは! 対話が離脱したね! 君達に勝ち目はあるのかな?』

「何だ、魔獣かと思ったら喋れるのかこいつは」


 そのイーサの挑発的な言葉に、フィリウスは若干苛立ったようだった。僅かな苛立ちの気配と、それを糊塗する様な嘲りの気配。

 

『強気だね。高々神権機のデッドコピーが一機が加わっただけで有利に立ったつもりかい?』

「はっ! 何だ、知能は魔獣並みか? 言っただろうがよ! 来たのは俺だけじゃないってな!」

『何……これはっ!』


 それはシンプルな偽装だった。ただこの辺りの地面の色に合わせた布を纏っただけ。それだけでも相当の迷彩効果があった。安価で効果的なそれは、ハルスから発ったログニス軍が持ち込み、その援軍達もこの場に持ち込んだ物。

 突如として現れたそれは――王都の側を流れる大河から大量の水を引き込み大波を作り出す。その頂点で、それは全員の注目を浴びる。

 

「あれは……!」


 それはログニスの海の守護神。

 

「海では神権機も後れを取る最強の機体……!」

 

 海上戦無敗神話を誇る生きた伝説。

 

「ラーマリオン!」


 である。自身の機法である流体操作。それを最大限に発揮した対龍魔法(ドラグニティ)。河の流れをそのまま持って来たかのごとき水量によって生み出された大波は直撃すれば城壁さえ砕けるだろう。きっと操縦者は高らかにその名を叫んでいるのだろうが――聞こえてこない。

 

「……来る途中で通信機が壊れたんだ」


 察したイーサがそうフォローしてくれた。魅せ場ではあったが、何とも締まらない。その直撃を受けたグラン・トルリギオンだが、健在。古式の与えたダメージとしてはトップだったが活動停止には程遠い。

 

『奇襲には驚いたけど、残念だったね。これだけの水量、同じ事は二度も出来まい?』


 フィリウスの言う通りだ。水源である大河は一時的に枯渇している。河の流れが元に戻るまで下手をしたら数日が必要だ。まさしく根こそぎだ。

 波を失い、盾の上に乗りながらラーマリオンは地上に着地する。そのまま若干浮いた状態で地面を滑る様に移動した。地上で役立たずを返上するために編み出した技なのだが、残念ながらそれに驚いてくれる人はここにはいない。もしかしたら操縦者は中で何かを言っているのかもしれないが、通信機が壊れているので外には発せられない。不憫である。


 フィリウスは気付かない。今の一撃がただの仕込みであった事に。ログニスには、海すらも凍えさせる者が居る。踏破不能とされた無明内海にさえも道を作り出した猛者が。

 

「水など欠片も無くとも我が奥義は氷像を作り出す。ならば全身水に塗れた貴様がどうなるか。その答えを愚かなその身に刻め! 『|封龍の永久凍土(コキュートス)』!」


 もう一機、迷彩布を剥ぎ取って対龍魔法(ドラグニティ)を発動する。ここまで練りに練った一撃。それはアレックスの言葉通りに乾いた大地の上に氷像を作り出す凍結の極致。更にそこに全身水に塗れていたらどうなるのか。子供でも想像が付く。

 

『この……人間風情が!』


 その攻撃はグラン・トルリギオンに神権機の攻撃も含めて最も効果的なダメージを与えた。理由はシンプルである。複合大神罪の防御は永劫の大罪に依存している。その本質は停止。そして、『|封龍の永久凍土(コキュートス)』も停止の対龍魔法。守りが守りとなっていない。むしろその効果を高めてさえいた。

 

「こいつは……狙い目だな!」


 その意図しない連携を見て取ったカルロスは即座に己も続く。エフェメロプテラの利点はこうして次々に奥の手を切り替えられることである。特に今回の様に、大勢の機体が参加している戦場ではその利点は何倍にも膨れ上がる。

 

「「仮想対龍魔法(テルミナス・ドラグニティ)――『|封龍の永久凍土(コキュートス)』!」」


 重ねかけされる極寒の地獄。魔力さえも凍り付かせる空間に、グラン・トルリギオンも自由を失って行く。その光景に神剣使い達も固唾を呑んで見守る。

 

「これは……行けるか?」


 シエスタがそう呟いた。その瞬間。

 

『おおおお!』


 グラン・トルリギオンの全身が不定形に変わる。薄らと枠だけを残し、僅かな隙間から影が脱出し、再度三頭の龍へと姿を戻した。

 

「逃げられたか」


 だが今の損傷は影になったとしても誤魔化せる物では無い。機体の芯まで凍り付かされたのだ。単純な破壊と違って修復も困難だった。著しく能力を落としたグラン・トルリギオン、そしてその中のフィリウスの意思は絶叫した。

 

『カルロス・アルニカあああ!』

「俺かよ」


 邪神からの敵意――殺意を一身に浴びせられて思わず呟く。彼がやった事と言えば今の所模倣の大罪による追撃だけだ。直接受けずとも模倣出来るようになっている当たり、また模倣の大罪が成長していた。フィリウスが吸い出したという邪神本体の魔力、それが若干流れてきている気がしないでもない。

 

『貴様がこの流れを作り出した……言い換えれば、貴様さえ仕留めればこの流れは変えられる……!』

「あほ言うな。それでも神か。人一人が出来る事なんて限られてんだよ。今の状況が誰か一人のせいだなんて思っているからお前は大昔におめおめと封印されたんだよ、間抜け」

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