14 帰ってきた龍皇様
第二王都退避から二日後。ヘロヘロになった機龍とイングヴァルドも漸く合流した。
「傷付きし我が玉体の愚鈍なる事よ……」
要するにダメージ負っていて完調では無い機龍は大変に鈍足だったらしい。そもそもの長距離移動はイングヴァルド自身の飛行能力に頼りきりである。元々が機動力でどうこうする機体では無いのだから本体の脚はそれほど速くは無い。損傷していればなおさらである。損傷した機体でドルザード要塞跡地からここまで移動するのは骨が折れただろう。
機龍の足元を見れば土やら泥やらが関節部に入り込んでいる。これを整備するだけでも中々に時間がかかりそうだとチビロスは思った。クレアは早速同行していた整備チームに指示を出しに行っている。
「……? 矮小なる魂の脈動……摂理の破壊者か?」
意外と言うべきか。ぬいぐるみめいたサイズのチビロスをカルロスであると即座に見破ったイングヴァルドは結構乱暴な手つきでチビロスを持ち上げた。
「い、痛い! もう少し丁寧に!」
「何幼女に触られて悶えているのかしら、変態」
「言い方!」
クレアの悪意に満ちた見方にチビロスは異議を唱える。それを無視してクレアはイングヴァルドの手からそっとチビロスを奪還した。手のひらサイズでじたばたと動くチビロスをイングヴァルドは興味深げに見つめる。ふとその表情が陰る。
「我が友が魂の輝きを封じ込めし結晶体に還ってしまった」
肩を落としてそう言うイングヴァルドにチビロスは全然届いていない手で肩を叩くような仕草を取りながら言った。
「こうして回収してきてくれただけで十分だ。うっかりどこかに落としていたら探すのも骨だった……」
「我が友は回帰の時を迎えるか?」
「えっと……」
チビロスの視線が彷徨う。アルは現在治療中だ。今の発言の意味を誰か分からないかと思っているとクレアが頷いた。手にしたのは使い込まれた様子のノート。彼女は何ページか捲り、一つ頷いた。
「ええ。大丈夫よ。ちゃんと元通りになるわ」
「そうであるか……」
「……いや、クレア。それは何?」
「ルドちゃん語ノートよ」
「お、おう」
まさかそんな物まで用意していたとは、とチビロスはちょっと気圧された。それだけ積極的にコミュニケーションを取ろうとしていたのだと思う。仲が良い事は良い事である。気が付いたらルドちゃん呼びになっているし。
「龍皇様には五日後の作戦にも参加してもらいたいんだけど……良いか?」
「醜悪なる龍族の贋作との決戦よな?」
「ああ。そう言う認識なのね……」
確かにあれは龍族の姿をベースにしている。それが逆にイングヴァルドには許せないのだろう。チビロスの言葉にイングヴァルドは頷き怒りに満ちた声で吐き捨てた。非常に珍しい態度である。
「三つの首とは愚弄するにも程がある」
……三本首と言うのが一番のご立腹ポイントらしい。実際、人間に置き換えれば異様なのは間違いないので、そう言う感覚なのだろうと同意できる。そうと分かったチビロスは、ちょっと心の中で思っていた「あの三本首は結構かっこいいよな」という感想は胸の中にしまっておくことに決めた。
「龍族への愚弄は死を以て償わせるべし。我も協力しよう」
「よろしくお願いします」
絶対に口には出さない様にしようと固く誓った。
「我が片腕にして師も参加すると聞いた」
「師匠(せんせい)か? ああ。地下の地脈干渉術式を止めに。長耳族からも何人か出してくれることになっている」
「それからケビン達第三十二分隊もね」
それを聞いたイングヴァルドはしばし考えるように顔を伏せた後、チビロスとクレアの二人に向けて言った。
「我が友は妾と共に戦わせてもらえないだろうか」
「トーマスを?」
正直、デュコトムス一機が参戦しても戦力になるかどうか不明だ。最悪の場合は何も出来ずに撃墜されてしまうかもしれない。それならば地下に回って貰った方がこれまでの迷宮探索の経験からも最適だとチビロスは思っていた。ただそれはドルザード要塞での戦いを知らないが故の意見だ。
「我が友は古の龍を滅する秘術に目覚めし者。邪なる神、その権能が一つにも有効に働くであろう。故に、共に戦場を駆けたいと思う」
「ちょ、ちょっと待って。クレア、クレア」
「急かさないでカス。えっと……」
今言われた意味を理解できずクレアに頼るチビロスと、必死でページを捲り今の単語の意味するところを拾おうとするクレア。専門家ではないとこういう時に不便だ。自分の訳に自信が持てないのだ。
「俄かには信じがたいのだけど、トーマスが古式としての能力に目覚めて、邪神の大罪にも有効だから一緒に戦いたいと……?」
「うむ!」
チビロスとクレアの厳正な審査の結果、達した結論をイングヴァルドに告げると意図が通じた事に満面の笑みを浮かべて彼女は頷いた。
「……そんな事って有り得るのかしら、カス」
「……古式のコアユニットはブラッドネスエーテライトだ。だからブラッドネスエーテライトが核の第三十二分隊が古式のコアユニットになる事は有り得ないとは言えない。正直俺もどうやったらコアユニットに加工できるのかはよく分かっていない。つまり……」
「有り得るのね」
「そうなる」
一言で纏めてくれたクレアにチビロスは頷き返した。何がきっかけになるか分からないのでどんなタイミングでなっても不思議ではないのだ。ただチビロスとして気になるのは。
「何でトーマスだけ何だ……? 基本的な条件から考えれば外的な要因はケビン達と殆ど違いは無い筈だ。いや、待て。デュコトムスの試験運用はトーマスだけだな。俺と同じで半身と認識する程に愛着のある機体とセットじゃないと駄目なのか……だけど今回はハーレイの用意したデュコトムスの強化試作機だ。愛着って意味だとそれ程じゃない……或いは内的要因、当人の心構えの問題か? その場合は……」
「はいはい。考え込むのは後にしましょうね」
自分が考え込んだ時の事は棚に上げてクレアがチビロスの思考を打ち切る。今はそれは重要では無い。
「一先ず、トーマスはルドちゃんと一緒に戦って貰うって事で良いわね?」
「うん。問題ない。龍皇様が良いのなら」
「無問題である」
一応この話には決着が着いたがチビロスの中ではトーマスがなあ、という想いが残り続けるのであった。
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