13 猶予期間

「血まみれじゃないですか!」

「傷口は塞いであるから大丈夫ですよ。それよりも、貴方方はオルクスの神剣使いで間違いないですか?」


 クレアの胸元であたふたするチビロスに軽く返して、アルはグランツ達に向き直る。その問いかけに正面に居たグランツが軽く頷いて応えた。

 

「如何にも。神権守護騎士団第三席、グランツ・ウィブルカーンだ」

「いや、助かった。流石にオルクスまで行くのは骨ですからね……私の名前はアル。龍皇イングヴァルドに仕える者です」

「メルエスの人間か。ログニスの亡命政権に身を寄せていたのは聞いていたが……」


 その辺りの経緯はグランツにも説明してある。ちらりと視線を向けられたチビロスは頷いた。

 

「間違いないぜ」

「そうか。それで、龍皇の配下が何用か?」

「私の方でも独自にあの忌々しい祟り神について調べていまして。つい先日王都の地下で一戦交えました」


 その言葉に驚いたのはチビロスだ。どこかに行っていると思ったらまさか邪神に挑んでいたとはと言う驚き。そして父の姿をした者が師を傷付けたという罪悪感。それらを全て吹き飛ばす程に、この人でもこんなボロボロにされることがあるのかという感想を抱く。

 

「力及ばず、このように無様を晒す羽目になったのですが、その際に地下で何らかの魔法を行使している事を確認しました。魔法陣の形状から察するに地脈から魔力を吸い上げる物でしょう」

「なるほど。ここに来た理由が分かった。複合大神罪はそれを要として地脈から魔力を得ているのではないかと言う事だな」

「話が早くて助かります。少なくともそれを潰せば十全な供給は受けられないでしょう」


 アルのその言葉にチビロスは拍手を送る。自分よりも格上の相手と交戦しながら、その周囲にある相手の魔法陣を発見し、内容を読み解き、更に生きて帰るなど大金星である。この情報の価値は大きい。

 

「地下か……魔導機士は入り込めるのか?」

「難しいでしょうね。人が通るのが精いっぱいの道を開くので私は限界です」

「と、なると白兵戦か。無防備と言う事は無いだろうしな……」


 その人員の選定もまた問題である。ハルス軍から抽出するしかないのだろうか。或いは、とチビロスは思う。ラズルや紅の鷹団が居れば心強い味方となってくれただろう。だが彼らは今もまだログニスだ。帰還を待つ余裕があるかどうか。

 

「……地下はみんなに任せたらどうかしら」


 クレアが呟く様にそう言った。それの意味するところが分かったチビロスは表情を歪めた……様だった。大分簡略化されているので一見しても分からない。

 

「危険だ」

「でもきっとみんなはその危険な所に別の人を送り込んだ、何て言ったら怒るわよ」

「それはそうだが……いや、そうだ。そうすると地下の対処が複合大神罪と同時になる。それは――」


 どうにか納得させられそうな理由を見つけ出したチビロスは時間的な問題を挙げたが、それはアルに否定された。曰く、再度邪神が別の場所に同じ物を作り出さないとは言えない。或いは既に別の地点で同じ物が用意されている可能性がある。そこに移動されては元も子もない。王都で仕留めるためにはむしろ同時の方が望ましいという至極尤もな物だ。チビロスは否定の材料を失い口籠る。

 

「何より、地下は真面な人間族では濃い魔力によってまともに動けなくなる。リビングデッドの彼らが助力してくれるというのならば有難い話だよ」

「そうなのか……」


 そうなってしまえばチビロスにはもう反対意見は言えない。後は当人たちの意思に任せるしかない。

 

「では纏めよう。地上は我々と、カルロス・アルニカの大罪機を中心に当たる。地下はカルロス・アルニカの仲間が――」

「僕も行こう。後は長耳族の戦える者も連れていく」

「カルロス・アルニカの仲間と長耳族の部隊で攻略する。地下の攻略が滞れば我らも何れは押し潰される。そちらの成否が我々の難易度を変えると言っても良い」


 分かっているとアルが頷く。

 

「大丈夫。仮に邪神が居たとしてもこの布陣ならば何とかなりましょう」

「だと良いのだがな。奴は人間を知り尽くしているが故に人を嫌悪し、管理しようとしている存在だ。気を付けてくれ」

「勿論です」


 さて、とグランツがチビロスに再度視線を向けた。

 

「それでこれが大事な事なのだが……カルロス・アルニカ」

「何だ?」

「永劫の大罪による封印。それは何時まで持つ?」

「……アルバトロスのイビルピースは十数年持ったらしいけどそれくらい持つのかしら?」


 その問いかけに、チビロスは――視線を逸らした。

 

「カルロス・アルニカ?」

「あー期待に沿えなくて申し訳ないんだが……後一週間だ」

「……何?」

「一週間経ったら封印は力づくで解除される。永劫の大罪も全てを掌握できていた訳じゃ無くてだな……正直に言うと不完全だ。何かきっかけがあればそれよりも早く解除される。すまん」

「謝る事は無い。内部からの尽力が無ければ今頃我々の内誰かがやられていた可能性もあるからな……しかし、一週間か……短いな」


 そう、余りに短い期間である。あれだけの巨体となれば今こそ古式の活躍の場なのだが、ハルスの古式が参戦できればいい方だろう。ログニスの機体は皆大陸の反対側だ。アルバトロスの残存に大陸の危機を説いて協力するにも時間は足りないだろう。神権機の封印強化にも一週間では厳しい。今ある戦力で対処するしかないのだ。

 

「一先ず……解散としよう。我々の方でも準備をする」

「まだ神権機に隠し玉でもあるのか?」

「まあそんな所だ。正直、邪神の前でこれ以上の手の内を晒すのは避けたいのだが……致し方ない」


 ちょっとワクワクしながらチビロスは言葉の続きを待っていたのだがネリンに窘められた。

 

「後輩様。これは神権機の秘ですから後輩様には説明できませんわよ?」

「ええー」

「貴様に下手に説明したら解析しそうで怖いのでな」


 そう言って完全にシャットダウンである。クレアと二人揃って肩を落とす。

 

「くっそお。知りたかった」

「ええ。知りたかったわね……」

「でも準備が必要な物だってのは分かったな。追加武装とかかな?」

「或いは、巨大な魔法陣が必要なのかもしれないわね。そういえば神殿に物体転送の魔法道具が……」


 僅かな取っ掛かりから推理しようとする技術者二人に神剣使いはドン引きした表情を見せていた。ネリンだけは慣れた物で苦笑を浮かべていたが。

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