09 不調

「へっくし」


 唐突に感じた寒気に、カルロスは思わずくしゃみをする。ここ数年そんな感覚を覚えた事は無いので妙に新鮮な気分だった。

 

「何か寒気がしてきた……」

『それは恐らくこの複合大神罪の影響だね。今現在、奴は模倣の大罪を全力で展開している』

「大罪を全力でって戦闘しているのか」

「ふむ……ハルスの残党辺りか」


 しれっと残党レベルまで戦力を落ち込ませた原因であるレグルスがそう言う。その悪びれない態度にレヴィルハイドは物申したい顔をしていたが堪えた。そんな表情の変化を気にすることなく、レグルスはいや、と己の言葉を否定する。

 

「ハルス軍如きに複数の大罪機が合わさった様な怪物が全力を出すとは思えん。となると……」


 如き、というのにまた何か言いたそうだったレヴィルハイドは再び物言いたげな視線を向けたがその思いを呑み込んで堪えた。代わりにレグルスが言わなかった事を口にする。

 

「オルクスの神剣使い、なのねん」


 人のセリフ取りやがってと睨むレグルスと、散々好き勝手言ってくれたわねんと睨むレヴィルハイドの視線がぶつかる。その二人を無視してカルロスはアルバへと勢い込んで尋ねる。

 

「状況は!?」

『良くは無いね。神権の権能さえも模倣されている。完全な模倣の大罪は同時に複数展開できる。さしもの神権機とは言え、己の権能を数倍の数にして返されては分が悪い』


 そう状況を告げるアルバの表情には深刻な憂慮が宿っていた。思えば、神権を与えた神なのだからそれに対する思い入れも当然あるのだろう。神に、人間らしい感性を期待するのならば、であるが。

 

「だったら早くここから抜け出す方法ってのを教えてくれよ!」

『……無理だ』

「はあ!?」


 先ほどまでの言葉を引っ繰り返すアルバに怒りと困惑が等分になった声をカルロスはあげた。

 

『内部からだけでは足りない。外部からの働き掛けも必要だ。だが、この状況ではそれも叶わない。今この戦場に居る神権機が全滅するまでに脱出の条件を整えるのは不可能だ』


 時間が足りない、と神は言う。例え神であってもそれだけは不可侵の領域と言う事だろうか。ならば今カルロスが考えるべきはその時間をどう捻りだすかだ。その方法。内部から外部への干渉方法を模索しないといけない。そしてその後に成すべき手段も。

 

「要するに、脱出の準備が整うまでこの複合大神罪を止められれば良い」

『嘗て邪神を封印した様に神権機が全て揃えばそれも可能だろう……だが、今居る四機だけでは不可能だ』

「不可能だ、何て言うのはやれる事全部試してからで良い……おい、レグルス。確か帝都に出て来たイビルピースは最初封印していたって話だったよな」

「うん? ああ、なるほど。クレア・ウィンバーニから聞いたか。そうだ」

「僕が永劫の大罪で封印したのさ。本当は永遠に動けないようにしたつもりだったけどね」


 ならば、もう一度同じ事が出来ない道理はないだろう。恒久的な封印でなくても良い。今は一先ずの時が稼げればいいのだから。問題は、それを如何に実現するかだ。言い換えればこの複合大神罪の内的空間から、外の現実への干渉方法。

 

「あらあら。どうしましたか」


 ふと聞こえてきた声にカルロスは一瞬思考の海から意識が浮上する。声の主に目をやると、膝の上のトカゲが妙に苦しそうにしているのを仮面の女性が気遣っていた。何かが引っかかる。そう、体調不良。カルロスと、トカゲに共通している物だ。この心象空間とでも言うべき場所で本当の体調不良が起こるとは思えない。ならばそれにも原因があるはずだった。そしてその答えは既に与えられていた。

 

「大罪の、影響……」

「何?」

「ホーガン殿、体調に変化は?」

「特にないのねん」

「レグルスは」

「いや、変わりないな……そうか。何故貴様だけ寒気を感じたか、と言う事だな」


 敵である時には厄介以外の何物でもなかったが、こうして同じ問題へ取り組んでいる時、レグルスの頭の回転は頼もしい。彼は顎に手をやって考え込む。

 

「そのトカゲもそうだと考えると貴様との共通項は……」

「死霊術によるリビングデッド」

「そうか。カルロス・アルニカ。貴様の大罪機のコアユニット。それは貴様か?」


 その問いかけは疑問を尋ねているというよりも、確認の様な物だった。カルロスは小さく頷く。


「その通りだ」

「屍龍もそうだ。我々は永劫の大罪機のコアユニットを媒介として龍体をリビングデッドにした」


 その言葉にカルロスの中でも考えが繋がる。指を鳴らして己の仮説を口にする。興奮から早口になる事を止められない。

 

「つまり。俺と屍龍は自分自身が大罪機と繋がっている」

「対して余達はあくまで乗り手……大罪機に選ばれはしたがその物では無い」

「だからこそ、俺と屍龍にはこの複合大神罪が大罪を使った事への影響が出た」

「ならば逆の事も言える」

「そうだ。だからこそ、俺と屍龍はここからでも大罪を行使できる」


 相手の考えが己と同じであると確信したカルロスとレグルスは固く握手する。した後で思いっきり嫌そうな顔をしてお互いに手を振り払った。

 

「何故余が貴様なぞと握手しなければいけないのだ」

「同感だよ! 何でお前なんかと……!」


 頼りになるのと、好き嫌いはまた別の話であった。どうあっても、こいつとの和解は有り得ないとカルロスは確信するのであった。どこかに手を洗う場所は無いかと視線を巡らせたカルロス。そんな彼をアルバは驚愕の眼差しで見つめている。

 

『なるほど。そうか。君達自身が大罪と結びついている。ならば、内部からグラン・トルリギオンの大罪に干渉できるかもしれない。いや、しかしそれもこのグラン・トルリギオンと同調する事が必要だ。そんな事は……』


 表情が一瞬明るくなり、またすぐに暗くなった。どうもこの神様は、何時ぞやの邪神様と違って自分の事を良く知らないらしい。ちょっと得意げな顔になってカルロスは神に宣言する。


「生憎だが、そう言うのは得意分野なんだよな」


 カルロス・アルニカ。その五法の適性は物体を作り出す創法、事象を解明する解法、そして……他者への精神に干渉を行う融法。中でも自身の意識を別の物に同調させるのはカルロスの十八番である。

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