10 封印

 見かけ倒しとなってしまった大技を連発してくる模倣体の動きに変化が生じた。

 

「……何だ?」


 徐々にだが一度に出現する模倣体の数が減ってきている。出現してから動き出しまでが遅い。その僅かな間隙を突いて、ヴィラルド・シュトラインが片っ端から動き出す前に叩き潰していく。模倣体は碌な回避運動も取らずに撃墜されていった。

 

「偽物の動きが鈍いぜ」


 グリーブルも気が付いたのか、若干の困惑を混ぜてそうぼやいた。気が付けばグラン・トルリギオンの三つある首の内一つも元気を失って項垂れている。未だ神剣使いたちが相手へのまともなダメージを与えていない事を踏まえると考えられるのは一つ。内部で何かをやらかしている事だろう。

 

 ある意味期待通りの動きにグランツは口元に笑みを浮かべた。

 

 一方カルロス達はその予測通り、内部で動いていた。

 部屋の壁に手の平を当ててカルロスは軽く目を閉じる。そこを起点としてグラン・トルリギオンへの干渉を開始していく。自分の物に加えて、屍龍――の意識らしいトカゲの分も含めて。

 

「いい。しーちゃん? とにかくまずは自分の中にあったあれを見つけるのよ」


 仮面の女性が言い聞かせているが、果たして言葉が通じるのだろうか。鳴き声一つ返した姿からは判別が付かず、不安が募る。だがこのトカゲに期待するしかないのだ。だがしかし不安である。いっそ、自分の生み出したリビングデッドならば……! と思うのだが、屍龍は父の振りをしていた邪神フィリウスが作ったリビングデッドだ。むしろ意に沿わぬ行動を取る可能性すらある。不安しかなくなった。

 

 それでもくじけずにカルロスは自分の作業と屍龍とグラン・トルリギオンの中継を行う。そして。

 

「見つけた」


 予想以上に簡単にカルロスは模倣の大罪に接触した。むしろうっすらと感じる繋がりを手繰り寄せていくだけで良かったので楽な程だ。立て続けに複数の対龍魔法(ドラグニティ)と神権の権能を模倣しているのを察したカルロスは早速妨害に入る。それと並行してその権限を自分の方に奪還する事も始めていく。例えるならば、箱に張り付いた大量の触手を一本一本剥ぎ取っていくような行為。元々の優先権が自分にあるのか。そうするだけで次々と己の手元に懐かしさすら覚える感覚が帰ってくる。

 

「お次はこいつだ!」


 奪い返した模倣の大罪で先ほどまで複合大神罪が行っていた事と同じことをする。つまり、模倣した対龍魔法(ドラグニティ)らによる攻撃――ただし、目標は違うが。交戦中の神権機にはその光景が良く見えた。先ほどまでは自分たちに向けられていた攻撃がグラン・トルリギオンに向けられている事に。ここまでくれば彼らとて確信を抱く。内部で何らかの妨害行為を行っているのだと。

 

 永劫による防御も無い、模倣の制御も奪い取られた。守備の要であった二つの大罪を封じられたグラン・トルリギオンに複数の対龍魔法(ドラグニティ)の直撃。それは無傷では済まない筈だった。事実、被撃直後は無残な傷跡を晒していたのだ。しかし、瞬きする間にその傷も埋まっていく。その驚異的な再生速度。

 

『……駄目だ! 地脈から直接魔力を吸い上げている。大陸中の魔力を吸い上げるまでこいつの再生は止められない』

「そうか、ここは地脈の集結点……王都から伸びる地脈、そこに流れる魔力は全て奪われると言う事か。厄介な」


 地脈に関する研究が進んでいたアルバトロス。その指示を出していたレグルスが悔しそうに呻く。大陸中の魔力が使えるというのはほぼ無尽蔵の魔力と言っていいだろう。先ほどから大罪を連打しているにも関わらず消耗が見られない、その種が判明して中の面々は表情を歪めた。

 

「ちなみに聞いておくのねん。魔力が全て吸い上げられたらどうなるのねん」

「その地域のエーテライトが消失する事になる。まず単純に、エーテライトが採掘できなくなる。加えてエーテライトが埋蔵されていた部分に空白が生まれるからな。地形も少々変わる」

「死活問題なのねん……」

『地脈を塞ぐか、こいつをここから動かすか、或いは再生を許さぬほど一瞬で消し飛ばすか……』


 アルバが幾つか対策案を口にするがどれも難しい。強いてあげるならば二番目が一番楽だろうか。それとて多大な労力を強いる事になるのは間違いない。現状の戦力では厳しい。

 

「くそっ。また逆に侵食してきた……!」


 グラン・トルリギオンが再度模倣の大罪を奪おうと侵食してきた事に気付いたカルロスは悲鳴の様な声をあげる。苦労しながら引きはがして行った相手の支配権が急激に増加していく。相手が奪われた事に気付いて全力で取り戻しに来たのか。今の所一進一退だが、その綱引きはカルロスの方が先に音を上げるだろう。長時間邪神の一部と同調するというのはどう考えても自分に悪影響を与える物だった。

 

 だが逆に、相手の意識が模倣に傾いたのが助けとなったのか。そのタイミングでトカゲが良く分からない鳴き声をあげた。それを理解した仮面女子が顔を上げて告げる。

 

「準備出来たそうです!」

「直ぐに頼む!」


 永劫の大罪による自己の封印。それが成せるまでの時間、カルロスは模倣の大罪を維持してグラン・トルリギオンを痛めつければいい。それに加えてもう一つ。封印した後の布石を打っておく。この怪物の打倒の為に打てる手は全て打つ必要があった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 先ほどから自滅の様な行動を繰り返していたグラン・トルリギオンに、神剣使い達も様子を見るために距離を取った。現状、こちらに対して意識を割いている気配は見られない。

 

「シエスタ。一先ずもう良いぞ」

「本当かい? 助かったね……」


 疲れた様な声音と共にヴィラルド・カルベルスト掲げていた仕込み杖を鞘に納め、錫杖に戻した。そのまま正しく杖にするように縋りながら膝を着く。

 

「それで、何が起きてるんだい?」

「同士討ちみたいだな、姐さん」


 グリーブルが端的に状況を説明する。ネリンが己の推論を告げた。

 

「多分、後輩様が何かしたのですわ」


 見守っている内に、更に変化が訪れた。地面から影の様な物が生えてくる。それはグラン・トルリギオンが出現する前の不定形時の影とよく似ていた。それらは更に伸びると、グラン・トルリギオンの首の一つの様に変化し、本体へと食らいついていく。まるで鎖の様に絡み、拘束しそして――静止した。直前までもがいて逃げ出そうとしていた複合大神罪の姿をそのままに。不自然なタイミングで止まったせいで妙に躍動感のある彫像のようになってしまった。

 

「止まった……?」


 それが完全な停止なのかどうか。俄かには判断が付かずしばし彼らはその場で警戒を続ける。三十分ほど睨み合った後、動く気配が無いと判断したグランツが構えを解いた。

 

「一度下がるぞ。停止してくれたのならこっちにとっては有難い」


 そう告げて、全員が一度下がる。監視に使い魔を残していく。あの巨体、動き出せば使い魔は多少離れていても分かる。

 

 当初の集合地点――クレアの待機していた地点まで戻ると彼女と共に四人を迎える者があった。

 

「よ、遅かったな」


 そんな事を言いながら片手を挙げる二頭身の手のひらサイズぬいぐるみが四人の視線を釘付けにした。

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