08 虚無の平面

 命辛々、降り注ぐ巨剣を全て回避したネリンは、若干ふらつきながらもヴィラルド・キーンテイターを地面に降ろし、自身も着陸する。片膝を着いて、籠った熱を排出した事で周囲に蒸気が満ちる。周囲は地面に振り下ろされて壁と化した大剣の数々。

 

「ちょっと無理をさせ過ぎましたわ。次は歩いて避けて下さいまし」

「無茶言うな……くそっ、向こうはまだやる気だぞ」


 今しがた模倣した神権を討ち終えた偽物たちが消え、再度別の偽物が現れる。その数は先ほどの倍。キーンテイターだけでなく、シュトラインも入り混じった布陣。

 

「無尽蔵かよ」

「あれ全部避けるのはしんどいですわね……」


 徐々に増え、空を埋め尽くすかの如き模倣体。だが二人の声に先ほどまでの焦りの色は無い。十分に時間は稼いだ。置いて行かれた二つの神権もこの戦場に参ずる頃合いだ。

 

「万象等しく、極限の果ての地平をここに――『神権・平等(ヴィラルド・カルベルスト)』!」


 一斉に放たれた模倣神権。その全てがヴィラルド・シュトラインとヴィラルド・キーンテイターに叩き込まれていく。例え一発であったとしても大破は免れない。先ほどまで必死に回避していたそれを、二機は己の手にした神剣のみで軽々と捌いていく。そこには数の多さ以外に苦戦する様子は見られない。

 

「助かったぜ姐さん!」

「全く……先走りおって。しかし厄介なものね。こちらの神権を完全にコピーするなんて」


 そう言いながら現れたのは『平等』の神権機、ヴィラルド・カルベスト。機体本体はほぼヴィラルド・ウィブルカーンと同じ外観ながら、印象を変えるのはその武装だ。錫杖である。それを抜き放っているので仕込み杖と言うべきか。この機体が持つ神剣はそんな暗器めいた外観をしている。

 

「グランツ。アンタは撃つんじゃないよ。流石にアンタの神権は私も均せない」

「分かっている。そのまま敵の攻撃を防いでくれ。シエスタ」


 更に展開するは見慣れない複数の機体。それは先ほど瞬殺されたハルス軍の古式だろうか。そこからも模倣された対龍魔法(ドラグニティ)が放たれるが、それも精々が『|土の槍(アースランサー)』程度の威力にまで落ち込んでいる。神権機が飛ばした加工のされていない魔力で相殺される程度。対龍魔法(ドラグニティ)に込められている魔力その物が、大半を拡散させていた。それこそ今しがた神権機が飛ばした魔力と同程度しか使用されていない。

 その減衰を強制する物こそが平等の神権によって与えられた物。相手か自分か。その魔力総量を強制的に揃え、等しくする。直接的な攻撃力は皆無だが、影響力と言う点では他に類を見ない干渉型の神権。この状況において何より有効なのは、それが相手に真似されたとしても結果に変わりは無いと言う点だ。無論、こちらからの攻撃も同様に減衰される可能性があるが、元々模倣の権能で相殺されている今、そこに大きな違いは無い。

 

「ふん、大した知恵が無い分楽でいいね。敵の攻撃はこっちで適当に減らしておくから上手くやりな」


 当然欠点もある。一時的にならばまだしも、相手の攻撃の全てを減衰させるとなれば神権機とて他に手は回らない。そしてあくまでこちらと同じレベルにまで引きずり落とすだけで、無かった事に出来る訳では無い。一般的な攻撃レベルにまで落ち込んでいるとはいえ数が数だ。まともに浴びては神権機とて危険。グランツ程の腕が有れば無手でも捌けるが、ネリンとグリーベルにはそこまでの腕前は無い。

 

「……ちっ。模倣の大罪が厄介だな。せめてそれだけでも封じられればいいのだが」


 こちらの攻撃を何倍もの数にして返してくる権能。単純な破壊を齎す唯我の大罪の方がまだ幾らか与しやすい。こちらの攻撃をすればするほど相手の手数が増える結果になるというのは厳しい展開だ。

 

「戦端を開いた以上向こうもこちらを逃がしはしないだろう……ネリン、グリーブル。接近戦を挑むぞ。複合大神罪を盾にして敵の攻撃をやり過ごせ」

「さらっとしんどい事要求されましたわ……」

「お前はまだいいだろ……俺なんかこの鈍足でそれやるんだぜ?」

「行くぞ!」


 文句を言いながらも二人も動く。グランツの見立ては確かだ。決して不可能な事は要求してこない。だからこそ二人にはギリギリの所突いてくる鬼みたいな人と言う印象が叩き込まれていくのだが。

 

 だが実際問題、これだけの巨体を神権の権能無しで打倒するのは現実的では無い。模倣の大罪。それを如何にして攻略するかが鍵となる。

 

「そういえば、私の『|神意・飛翔(ヴィラルド・シュトライン)』は真似されるまでにしばらく時間がありましたわね」

「俺の『|神意・挑戦(ヴィラルド・キーンテイター)』は一発だったな」


 既に真似された両名が実際に模倣されるまでの時間を口にする。その時間差。そこに模倣されるまでの鍵がありそうだった。

 

「どうやら随分と気に入られた様だな」


 そう呟くのは集中砲火を浴びせられているグランツだ。三つの首に模倣体たちからの攻撃。その大半がヴィラルド・ウィブルカーンに注ぎ込まれている。回避するスペースなど無いように見えるが、グランツはそれらの攻撃を的確にいなしていく。

 

「ふん、本体と比べれば随分と貧弱だ。せめて奴の十分の一くらいは手数を増やして見せろ」


 その言葉にげんなりとしたのは若手二人である。

 

「邪神本体ってこの十倍以上の手数ですの……」

「下手したら三ケタとかだよなあ……」


 幸いと言うべきか。二人には散発的な攻撃しかきていない。その偏りにも疑問を覚える。ただ単に、新手に警戒しているだけなのか。そこでネリンはふと気が付いた。視線(・・)が合わない。

 

「グランツ様! その人型ですわ!」

「何?」

「私の時は、その人型がこちらをずっと見つめようとしていたのですわ。実際には私も動いていたので視界に捉えきれていなかったのですけど……」

「なるほど。俺の時は殆ど動かずにいたからずっと見つめられていた……つまりネリンが言いたいのは」

「その人型が模倣の権能を担当している可能性が高いですわ!」


 思えば、初撃はその人型を吹き飛ばしていたのだった。言い換えれば、相手が模倣するよりも早く人型を吹き飛ばす事が出来ればグラン・トルリギオンは『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』を使用できない。

 だが相手の驚異的な再生能力。それがある以上、一度吹き飛ばしたところでまた振り出しに戻るだけだ。それでも相手の模倣の条件の一つが絞り込めただけでも上出来である。


「ならば俺の役目は最大火力を相手に知覚されるよりも早く。あの人型に叩き込み、再生を許さない事か」


 口にしてみるとその条件の馬鹿馬鹿しさに苦笑が出る。到底尋常な手段で達しえる方法では無い。奥の手はある。だがそれは邪神に対する切札の一つを失うと言う事でもある。それを避けるためには――。

 

「貴様が頼りか。カルロス・アルニカ」


 取り込まれた模倣の大罪機。その所有者に一頑張してもらうしかなかった。

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