07 世界を覆う偽物
ネリンも模倣の大罪については知っている。カルロスが話していた内容を忘れることなく記憶していたのだ。対龍魔法(ドラグニティ)ならば完全にコピーして相手に叩き返す究極のカウンター。不完全な大罪でさえそれである。今の状態ならばそれこそ大罪、神権の権能でさえ模倣して来るのではないかと言う予測は有った。
だからこそ初手で放つ。
「その巨体で、私の速度に追いつけませんわ!」
『|神意・飛翔(ヴィラルド・シュトライン)』の肝はその速度だ。極論してしまえば他の何物にも許されない世界最速の刺突。その衝撃に耐える強度。その二つが肝要なのである。だからこそ、ネリンはグラン・トルリギオンが模倣出来ないと踏んだ。あの巨体で同等の加速など出来る筈も無い。或いはエフェメロプテラならば可能だったかもしれないが――。
「的が大きくなっただけですわよ!」
単機で四方八方から連続で攻撃を加え、相手の視線を引きつける。ケルベインの方に視線が向かない様に。その瞬間移動と見紛う程の連撃、背部の四眼はそれぞれの目で全てを捉えていた。そして。
「っ! 来ますか!」
グラン・トルリギオンの内部で魔力が高まるのを感じる。地脈その物から吸い上げた魔力を保持しているグラン・トルリギオンの魔力総量は常軌を逸している。唯我か、無二か、永劫か。いずれかの権能の発現の予兆。そのどれであったとしても大罪機が放つ物よりも強力になっている筈。だが同時にこれは好機でもあった。発動までの僅かなタイムラグ。並みの機体では短すぎる時間だが、最速を誇るヴィラルド・シュトラインならば話は別。
「『|神意・飛翔(ヴィラルド・シュトライン)』!」
二度目の発動。狙うは敵の腹部。魔力が最も集中している箇所。上手く貫ければ相手の魔力を目減りさせられる。暴走でもおこしてくれればしめた物だ。更に一撃加えた後はその勢いのまま離脱する事で相手からの追撃も回避する。何よりも安全なのが最速で動いている時だと言う事をネリンは理解していた。攻防兼ね備えた一撃。
ネリンに取っての誤算は、カルロスの語っていた模倣の大罪が本当に僅か一部だけの力しか発揮していなかったと言う事である。四眼の全てがヴィラルド・シュトラインを真っ向から睨む。その目が赤から青へと色を変えた。
最高速。己以外は存在できない世界に突如混じり込んだ異物。突き出した神剣の切っ先に、寸分のズレも無く剣先を合わせてくる。恐るべきはその精度。速度も、位置も僅かの狂いも無く、角度も180度反転させた鏡写し。あらゆる力が完璧に釣り合い、ヴィラルド・シュトラインはその速度を瞬時に零へと落される。
「な、にが」
起きたのか。ネリンは状況を把握できない。眼前に出現した奇跡的な調和の産物。なるほど確かに、‘これ’ならばヴィラルド・シュトラインの権能を完璧に相殺出来るであろう。当然である。ヴィラルド・シュトラインならば確かにヴィラルド・シュトラインの攻撃と全く同じ攻撃を繰り出せるはずだ。鏡写しの様に眼前に存在している己の愛機を見てネリンはそう思った。何よりも矛盾。二つと無い筈の神権機が二つ存在しているという有り得ない光景を前にさしものネリンも一瞬思考が硬直した。
そのせいで何よりも安全を担保してくれる速度が皆無という現状に気付くのが遅れた。
「しま……」
信じがたい光景が広がっている。自分を推し留めているヴィラルド・シュトラインらしきもの。更に自機の背後にも同じ形をした物が扇状に立ち並んでいる。その全てが、一様に刺突の構え。そこから何が繰り出されるのかネリンは熟知していた。無機質な響きが戦場に唱和する。
「仮想神権(テルミナス・ヴィラルド)、『|神意・飛翔(ヴィラルド・シュトライン)』」
世界最速の刺突。静止した現状では避け切れない。串刺しにされる。刹那の後の光景をネリンは幻視して――。
「おおおお! 『|神意・挑戦(ヴィラルド・キーンテイター)』!」
超極大の刃がその全てを上から叩き潰した。山でも落ちて来たのかと見紛う程の極大の刃は、ヴィラルド・シュトラインの背面を掠める程のギリギリで敵を排除した。
「よっし! 沢山いる方を潰したけど合ってるよな!?」
「……間違っていたらどうするつもりだったのですわ、グリーブル」
力の支点をずらす。それだけで相手は体勢を崩した。その隙を間髪入れずに突いて、ネリンは眼前の偽物を排除する。まさか真贋定かではない内に全て潰すという選択を取っていたとは思わなかったネリンは、窮地を救われたにも関わらず素直に礼を言いにくい。
「ところで今のはまさか」
「ええ。恐らくは模倣の――」
今しがた眼前で起きていた物。その推測を口にしようとしたところで更に驚愕が襲う。
「仮想神権(テルミナス・ヴィラルド)」
「仮想神権(テルミナス・ヴィラルド)」
「仮想神権(テルミナス・ヴィラルド)」
「仮想神権(テルミナス・ヴィラルド)」
「仮想神権(テルミナス・ヴィラルド)」
次々と響く声に二人は表情を引き攣らせる。
「冗談ですわよね」
「いやあ。今回のサイズは過去最高だと思ってたんだが……こうも並ぶと有難味が薄れるな」
天を覆い尽くす勢いで増えていく巨大な刃。それは先ほどグリーブルが繰り出した己が権能の発露と瓜二つ。
「『|神意・挑戦(ヴィラルド・キーンテイター)』」
豪雨の如く、空から降り注ぐ巨大な刃。
「うおおおお! 逃げろ逃げろ!」
「言われなくても逃げますわ!」
ヴィラルド・シュトラインがヴィラルド・キーンテイターを抱えて全力で飛ぶ。流石にあれだけの数を、単機で相殺できると自信は持てないのだろう。挑戦の神権は相手によってその威力を変動させる。つまりは正直撃つ時まで実際の所が分からないという短所もあった。ここで迎え撃つのは賭けの面が大きい。
「ありゃ模倣の大罪か!」
「ですわ! 聞いていた話と大分違いますけれど!」
カルロスの話では受けた攻撃を跳ね返すという物だったはずだ。飛翔は兎も角、挑戦の方は直接相手に当てた訳では無い。そして何よりもその数。あれは跳ね返すというよりも正しく模倣である。その使い手まで含めての完全な模倣。
「そういえば後輩様は神権機の腕で覚醒を押さえていると言っていましたわね!」
「それだよ! 制限なしだとこれかよ!」
逃げ惑いながら二人して叫ぶ。ネリン単機ならば回避は容易い。そこにヴィラルド・キーンテイターと言う重量級の機体が加わる事で回避の難易度を上げていた。
「あいつが神権機の腕を手に入れていた事に感謝しないとな! 完全な大罪機だったらのこのこ討伐に行って返り討ちに合う未来しか見えねえ!」
「同感ですわね!」
初見殺しも良いところである。最大攻撃を放てばそれが数倍になって帰ってくるのだ。無策で挑んで勝てる相手では無い。そして困ったことに、その無策では勝てない相手に、これから無策で挑まなければいけないのである。
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