06 振り下ろす刃

 王都のハルス軍戦力は既にアルバトロスと一当てした後の死に体であった。辛うじて残った数機の古式。王都襲撃の報を受けて近隣の砦から大急ぎで急行した二十機程度のケルベイン。それが全てだった。勝ち目など無い。彼らの狙いはただ一つ。身を挺してでもグラン・トルリギオンを王都から引き離そうとしていた。

 

 速度差からケルベインが先行する。彼らが攪乱し、少数の古式による対龍魔法(ドラグニティ)で意識を引きつけ、牽引する。それが作戦の全てだった。対してグラン・トルリギオンはその身を動かす事も無く、三つの首がそれぞれ接近してくる別々の大罪法でケルベインを迎え撃つ。

 

 塵も残さずに消滅した。正体不明の物質に押し流された。時を止めた様な彫像に姿を変えた。瞬く間にケルベインは数を減らしていく。

 

「やはり、大罪法を使ってくるか……」


 蹂躙と言うのも生易しい一方的な戦い。屍龍との戦いでさえ、ここまででは無かった。無制限としか思えない程の頻度で大罪法を連発しているグラン・トルリギオンに一定以上近寄る事すら許されずにケルベインの数があっと言う間に半数になる。

 

 グランツは静観の構えだった。シエスタも積極的に動くつもりはない。対してネリンは俯いて拳を震わせている。その様子に気が付いたシエスタが彼女を制止する。

 

「駄目よ、ネリン。今はまだ私の神権で奴に気付かれていない。でもここで動いたら確実に勘付かれる。そうすれば時間稼ぎも叶わない。分かるね?」

「ええ。分かりますわ、シエスタ様。ここはまだ動かない事が正しい。少しでも時間を稼いで、他の方たちの到来を待つ。一分の隙も無く正しい理屈ですわ」


 そうネリンはシエスタの判断を指示しながら面を上げた。その瞳には決意の光が宿っている。

 

「ですが! 私はあの様に人ならざる物から一方的に蹂躙される人たちを助けるために神権を受け入れたのですわ! ここで動かないと言う事は有り得ませんわ!」


 叫ぶと同時、止めようと伸ばしたシエスタの手を掻い潜ってネリンは己の乗機へと駆ける。その背を見送ってシエスタは溜息を吐いた。

 

「こういう時、もうちょっと背が欲しかったって思うわ」

「わりいな、姐さん! 俺もネリンと同意見だ! 先に行かせてもらうぜ!」


 続けてグリーブルもネリンの先行に楽しげな笑みを浮かべながら愛機へと足を向けた。その姿にグランツは溜息を一つ。

 

「全く……こういう時程己が薄汚くなったと感じる時は無いな」

「同感だね。長生きしてもあんまり良い事が無い」


 年長である二名は己が現状に溜息を吐くとクレアへと向き直った。

 

「さてそう言う訳だからお嬢ちゃん。ここは戦場になるよ。少しでも離れていた方が良いんじゃないかな?」

「そうね……いえ、私はここにいるわ」

「……言っておくが、我々にも余裕が無い。危機に陥っても助ける事は出来ないぞ」


 もしもそれを充てにしているのならば考え直せと言外に告げるグランツにクレアは口元に僅かな笑みを浮かべた。何だかんだと言っても、この人たちは人が良いと。

 

「大丈夫。本当の本当に不味そうになったら逃げるわ」

「そうか。ならばこちらも無理には言わない」

「……ねえ、これだけは聞かせて。カスは……カルロスはどうなっているのかしら」


 今正に戦場へと赴こうとする男の背へ、クレアは問いかけた。振り向かないまま、グランツは答えた。

 

「分からない。ただ、楽観できる状況では無いのは確かだ。外から切り離す事は難しい。中でも動きがあればいいのだが……」


 そう言い残してグランツも戦場へと向かう。今の言葉を、クレアは頭の中で反芻し、そして一つ頷いた。

 

「なら大丈夫ね。カスが何もしないでおとなしくしているなんて有り得ないもの」


 そう気丈に言いながらも、彼女の手はカルロスから渡された指輪を縋る様に握りしめていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 残されたケルベインは僅か六機。ほんの瞬きほどの間で僚機が半壊したにも関わらず最後の一機になるまで投げ出す事無く囮の役を全うする覚悟で攪乱機動を取る。元より全滅も視野に入れた作戦。後方の古式が対龍魔法(ドラグニティ)を発動する僅かな時間を確保できれば良い。

 

 そして遂にその待ち望んだ時が訪れた。六機の古式による対龍魔法(ドラグニティ)。この化け物めいた相手であっても、その攻撃は無視できない――その筈だった。事実、グラン・トルリギオンもそれらに対して無反応ではいない。

 

 眼前に迫る巨大な炎の槍、収束した光の矢、万物を腐食させる霧、地下水脈を利用した超高水圧での噴射、落下してくる巨大な岩塊。そしてそれら全てが一か所へと集中して攻撃を加える。その僅かに一瞬遅れて飛来する超高速の圧縮空気の弾丸。防御を崩してからの本命の一撃。陽動であったが、同時に必殺の意思を込めた一連の攻撃。例え龍族であってもこの波状攻撃の前には傷を負わざるを得ない。

 

 だが無傷。攻撃の全ては命中の寸前で、グラン・トルリギオンの巨躯に吸い込まれるようにして消えていた。背部にある人型。その四眼が妖しく光る。四本腕がそれぞれ別々の方向を指差す。そして現れたのは、今しがたの対龍魔法を再現した攻撃。きっかり六発分を、攻撃してきた機体へと返す。元より攻撃と防御の配分に偏りのある魔導機士。自分の放った最大攻撃を受けて耐えられる機体はそうはいない。一瞬で古式が壊滅させられたと言う事を、陽動役のケルベインは理解できない。

 

 それでも半ば本能に突き動かされるようにして機体を動かす。本命は既に潰えた。どうすればいいのか。その答えも出ないまま一秒でも長く生き残ろうと。そんな最後の抵抗を嘲笑うように、グラン・トルリギオンは一機一機、ケルベインを潰していき――。

 

「人の極点を示せ『|神意・飛翔(ヴィラルド・シュトライン)』!」


 音よりも早く、飛来した神権機による一撃が背中の人型を吹き飛ばした。

 

「神権守護騎士団第八席、ネリン・シュトライン。これ以上の狼藉は許しませんわ!」


 バラバラになっていた背部の人型が再生する。残骸が影の様な物体に変わり、本体へと呑み込まれると同時、背中から生えるようにして損傷など無かったかという様に元通りだ。そうして再生した人型の生物らしい感情を欠片も見当たらせない四眼が、ヴィラルド・シュトラインを睨んだ。

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