05 集う刃

「壮観ね」


 神権機で王都の郊外まで連れてこられたクレアは、そこに集った神権機を見てそう呟く。オルクスの港町アルッサスに上陸した際にも目にした神権機。あの時よりも数は少ないが、全機戦闘態勢に入っている。ただそこに居ただけの時とは段違いの威圧感。だが、とクレアは思う。

 

「たった四機であれを止められるのかしら」


 王都の中心。そこに鎮座している場違いな存在。三本の首と二本の尾。六対の翼に背から四本腕の上半身が生えた異形。複数の大罪機とイビルピースを取り込んで生まれた怪物。複合大神罪グラン・トルリギオン。それを相手するに神権機が四機と言うのは心許ない数字であった。

 

「予測はしていましたが致し方ありませんわね……封印の維持に残り四人が専念しているとなると、ここにいる四機で当たるしかありませんわ」

「それなんだけれども、元々が十機で共存の神権が失われたから今は九機の筈よね。もう一機は何処に行ったのかしら?」


 まさかこの危機的状況に放浪中で連絡が取れない、なんてことは無いだろうとクレアは思う。その問いかけに、ネリンは首を横に振った。

 

「始まりの神権は戦えません。決して戦ってはいけない物なのですわ。クレア様」

「それって……」


 更に問いを重ねようとしたクレアの言葉を遮る様に、背後から声が響く。

 

「ネリン! グランツ様が呼んでいる!」

「今行きますわグリーブル! クレア様。行きましょうか」

「ええ」


 一先ず現状、四機でどうにかするしかないと言う事が分かった。その理由までは今は知る必要のない事だ。

 

「集まったか」


 四人向き合った神剣使いを、少し離れた所からクレアは見守る。

 一人は帝都で、そしてアルッサスで出会った筆頭騎士、グランツ・ウィブルカーン。

 一人は長く同じ時間を過ごしてきた最も馴染み深い相手、ネリン・シュトライン。

 先ほどネリンを呼びに来た初見の騎士。グリーブル・キーンテイター。浅黒い肌にグレーの髪。クレアの知る中ではログニスの南部の方によく見られる髪色だった。何故かクレアは彼が気になってじっと見つめる。その視線に気付いたのかちらりと視線を向けて来た。

 

「何か用か? もしかして惚れた?」

「いえ、それは無いわ」

「冗談だったけど断言されるとそれはそれできついんだが……」

「何か貴方、知り合いと似た空気を感じて……」


 具体的にはトーマスと近しい雰囲気を感じる。主に失言面で。後切札を切った挙句にあっさり破られて噛ませ犬に成りそうな気配。流石にクレアもそれを口にすることは無かったが。

 

「はは。それはあれだろう。決める時にはびしっと決める奴なんだろうな」

「ええ、トーマスはそうね」


 微妙に噛み合わない会話を打ち切ったのは最後の一人だ。

 

「グリーブル。馬鹿なこと言ってないで集中しな」

「へい、姐さん」

「姐さん……?」

「シエスタ・カルベルスト。よろしくね、お嬢ちゃん」


 そう手を振るのは姐さんと言う呼び名も、自分の事をお嬢ちゃん呼びするのにも似つかわしくない容姿の少女だった。身長が140センチにも達していないだろう。平たく言えば十代前半の容姿だった。もしもこうして相対した場がその辺りの街角であったら確実にクレアは年少に対する接し方をしていただろう。そして嘗てネリンから神権機に選ばれた物は老化が止まるという話を聞いていなければ失態を犯す所であった。

 

「初めましてカルベルスト卿。クレア・ウィンバーニです。よろしくお願いします」

「……あれ、俺にはそんな丁寧な挨拶は」

「行き成り惚れた? 何て馬鹿な事を聞くからクレア様も挨拶をする気が起きなかったのではないでしょうか」


 さらっと心を抉るような事を言いながらネリンはグランツに向き直る。

 

「それでグランツ様。あれは一体何なんですか?」

「大体察しがついているだろうが、あれは複数の大罪機の融合体だ。更にそこへ邪神の化身も取り込まれてかつてない程に強力な個体となっている」

「複合大神罪か……面倒ね」


 シエスタが舌打ち交じりにそう言う。どうもこの場ではグランツに次いでの年長である彼女はその存在を知っている様だった。逆にネリンとグリーブルは疑問顔だ。

 

「過去にも交戦経験が?」

「あれは確か……三百年前だったかね」

「確かな。人龍大戦の影響も完全に収まって大陸内の情勢が一段落していた頃だ」

「その時にも出たのさ。と言ってもその時は大罪機二機分……どっちもそれほど大罪が覚醒していない相手だったから合体しても大したことが無かったけど。今にして思えば、その時から邪神はこれを狙っていたのかもしれないね」


 三百年越しの計略。人にとっては余りに長い、しかし神にとっては一瞬だったのだろうか。兎も角、その遠大な計画が有ったのではないかとシエスタは疑っている。

 

「……いや、流石に邪神とて未来を見通せる訳では無い。この時代にあれだけの強力な大罪機が揃う事は予測できなかったはずだ。三百年前から奴が暗躍していた線は薄いだろう」

「それでこいつはどっちなんです?」

「どっち?」


 グリーブルの問い掛け。主語の省かれたそれにクレアは首を傾げた。それにネリンが補足する。

 

「邪神は恐らく二柱いるんですわ」

「……人間を全滅させようとしている神と、人間を管理しようとする神。今回は恐らく管理しようとする方だろう」

「その根拠は何だい?」

「全滅目的ならば、あんなにお行儀よく待機しているはずがないからな」


 未だに動かない複合大神罪をグランツが親指で指しそう理由を述べると全員が納得の色を浮かべた。

 

「確かにあの狂犬みたいなやつの印象じゃないね」

「一先ず様子を見るぞ。封印の強化が行えれば他の神権機もこちらに来れる。下手に手を出して奴を目覚めさせるよりも――」


 グランツのその策は残念なことに無為に終わった。神剣使いに取っては相手はある程度既知の存在。だがハルスに取ってはいきなり王都を蹂躙した謎の敵だ。必然、アルバトロスの戦力と判断された。

 

「……いかんな」


 銃弾を浴びせられたグラン・トルリギオンがゆっくりと首を持ち上げる。あのまま放置しておけば時間を稼げたかもしれないが、その可能性は露と消えた。ハルスの王都守備隊の生き残りと複合大神罪。絶望的な格差を持つ戦いが始まった。

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