06 真の大罪機

 街中に突如として現れた魔導機士。大和ではほとんど目にする事の無いそれに、宿場町は騒然となった。

 

「転送成功ですわ。大和に飛ばすのは初めてだからちょっと心配だったけど上手く行ったみたいですわね」

「ま、帰りは徒歩だろうな。地脈が途絶えてる」


 二人だけに通じる会話。この場に無かった神権機を何らかの手段で移動したと言う事が明らかになった訳だが、その会話を聞いていないカルロスにはそこに込められた意味に気付かない。彼が今考えているのはただ一つ。

 

「神権機……破壊しないと……」


 そうしなければ生き残れない。それ以外にやるべき事など無い。そんな囁き声に身を委ねようとしていた。

 

 鍛冶場の裏に建てられた蔵。それを崩しながら中から魔導機士が姿を現す。元々はただの蔵だった物をカルロスが創法で地下を拡張し、膝を抱えた魔導機士が隠せる程度にした物。その偽装を投げ捨てて陽光に晒された姿――カルロスにも見覚えの無い物だった。


「何だこれ……」


 概ね、試作一号機と変わっていない。だが明らかに違うのは武装だ。魔法道具で作り出した数打ちであった長剣とは似ても似つかない。金色に輝く刀。それが柄から機体に癒着し、右腕を覆っていた。何故そうなったのかはカルロスには分からない。だが、そうなった機体の名前は直感で察せられた。

 

「グラン・テルミナス……?」


 模倣。その言葉が頭の中で木霊する。確実に言えるのは、これがカルロスの作った機体とはもう別物になってしまっていると言う事。先ほど聞いた大罪機と言う言葉が思い出される。有り得ないとカルロスは否定したい。だが現状にそれを否定できるだけの材料が無かった。

 

「やはり大罪機として目覚めている様ですわね」

「ああ。しかも侵食が速い。もう武装は完全に形成されているし、右腕も粗方だ」

「随分と速いですわね」

「忘れたのかよネリン、ここの地下にはエーテライトの代わりに日緋色金がたんまりだ。材料には事欠かないだろうさ……唯我の時もそうだったって話だしよ」

「そうでしたわね」


 カルロスの機体を一目見て二人は大罪機としての覚醒度合いを概ね把握した。そして出した結論は現状戦力で十分であるという物。

 

 ヴィラルド・シュトラインは細身の機体だ。この場に立つ三機の中でも最もスリムな形状をしており、手にした神剣もレイピアの様に刺突に重点を置いた物だ。如何にも機動力が高そうな見た目をしている。反面、防御力にも攻撃力にも欠けた見た目だ。

 そしてヴィラルド・キーンテイターは対照的に最も重厚な雰囲気を醸し出す機体だった。四肢も胴体も並みの機体よりも太い。そしてその太さを存分に生かすかのように手にした神剣は剣と言う物の定義を問いたくなる大斧。魔導機士よりも巨大な筈のそれを、全く意識させる事無く振り回している。

 

 神権機が二機に、未だ不十分な覚醒の大罪機が一機。本来ならばカルロスに勝ち目は無い。ただこの場の誰にとっても誤算であったのはそのカルロスの適性の問題。

 

「飛躍に、挑戦の神権。どちらも文明を発展させる為に必要不可欠な要素。抹消優先度高……くそっ。何なんださっきからこの知識は!」


 頭の中に次々と浮かんでくる知りもしない筈の知識。神権とは即ち、この大陸で人が文明を築くために神の与えた権能。そのお蔭で人間はこの大陸で文明を築くことが出来た。他の三種族よりも遥かに劣る肉体でありながら。そうした文明の根幹を与えた神権はまた別だが、成長させるために大きく関係した神権はこの二つである。

 神の与えた権能の中でも最も罪深き者。カルロスの中に生じた出所不明の知識はそう告げている。何よりも優先して清算するべき罪であると。

 

 その知識の正体は分からない。今はただこの場を切り抜けるためにもそれに縋るしかなかった。急速に知識を引き出していくカルロス。それに比例するように大罪機としての覚醒も進んでいく。

 

「それじゃあネリン……お先に」


 そう言い残してヴィラルド・キーンテイターが先に前に出る。鈍重そうな見た目とは裏腹にきびきびとした動きで横合いから大斧を振るう――が、その前にグラン・テルミナスの姿が掻き消えた。

 

「んなっ!?」

「上ですわ!」


 軽業師の様に宙を舞う機体。その空へとヴィラルド・シュトラインはまるで空を歩くかのように追いついた。突き出した神剣の切っ先。それが恐ろしい程正確にグラン・テルミナスの刀の切っ先に受け止められた。一瞬ネリンは驚きに目を見開くが、動じることなく追撃。だがその追撃さえもまるで鏡写しの様に迎え撃たれる。その二機の応酬は常識はずれな滞空時間の中で行われた。通常の倍ほどの時間をかけて着地した二機は弾かれたように距離を取る。その中間地点に刻み込まれたのは重量武器を軽々と振り回したヴィラルド・キーンテイターの一撃。

 

「グリーブル! 援護遅いですわ!」

「無茶言うなよネリン。飛躍の権能使ってる機体に援護なんかできるかよ」

「ええ。私は今権能を使っていた。使っていて互角の滞空時間だったのですわ。その意味。理解できないとは言わせませんわ」

「ああ、やべえなこいつ。今お前の神権を完全に真似てたぜ。模倣の大罪と言った所か」


 敵機の権能を見破ったグリーブルの声音に余裕はない。もう一つ傍から見ていた彼には分かる事があった。それはネリンが空中で繰り出した剣技。初見の筈のそれをカルロスは互角に打ち合った。それはつまり、後から出した筈のグラン・テルミナスの剣戟が、ヴィラルド・シュトラインの剣戟に追いついたと言う事である。

 

「おい、ネリン。これはやべえかもしれないぞ」

「そう、ですわね」


 こんな事ならば、書類仕事に忙殺されていたグランツも連れてくるのだったとネリンは後悔する。今尚成長を続けているこの大罪機は――。

 

「唯我級、ですわね」

「ったくついてないぜ……未覚醒の内に仕留めるっきゃねえな。手加減は無しだ」


 ヴィラルド・シュトラインが、ヴィラルド・キーンテイターがそれぞれの神剣を構える。二人の口から零れるのはそれを与えた神への祝詞。

 

「此処に天の理を示す」

「代理人の名の元に神罰を執行する」

「我が銘、飛翔の神権よ。ここに在れ。『|神意・飛翔(ヴィラルド・シュトライン)』!」

「我が銘、挑戦の神権よ。ここに在れ。『|神意・挑戦(ヴィラルド・キーンテイター)』」


 片や、一度鞘に納められた神剣から抜き打ちで放たれた神速の突き。その刺突に合わせて瞬間移動を見紛う程の踏込。見る物の目にも止まらない一撃。

 片や、大斧の刃がスライドして行き、現れたのは長柄の大剣。それが更に巨大化していく。大きく。大きく。最早機体の方が小さく見える程に巨大になった神剣を超重量武器として敵へ叩きつける。

 

 最速と最重の一撃。どちらもこの世界を支えてきた神権の発露として相応しい神意の行使。

 

 ただ問題は、それを繰り出した相手が悪かったと言う事である。

 

「『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』」

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