05 刺客
ネリンと名乗った女が最後の言葉を言い切るよりも先に、カルロスは行動に移していた。躊躇うことなく足元に仕掛けていた釦を踏みつけてそれを起動させる。
壁に仕込んでいた魔法道具。矢が飛び出す仕掛けのそれはカルロスが万が一の備えとして用意しておいたものだった。長屋の方にも同じような物があるが、追手を足止めするための殺傷力のある罠。完全な不意打ちだったはずのそれを、ネリンは短く吐息を漏らすと一瞬で抜刀し、全て叩き落す。
外套の下から現れたのはやはり女性の姿。灰色の髪を肩口で揃えた少女の姿。そのまなざしが真っ直ぐにカルロスを射抜く。あっさりとこちらの罠を切り抜けてくれた相手に、カルロスは冷や汗を流す。多少なりとも学院で剣を齧っていたからこそ分かる圧倒的な格差。尋常な腕前では無い。そしてその手に握られている長剣。それも生半可な物ではないと察せられた。
咄嗟に手に取った自作の刀。それが一瞬で弾き飛ばされた。その次の一閃を回避できたのはただの偶然だ。鍛冶場の工具に躓いて尻餅をついた。その結果長剣の切っ先がカルロスの髪の毛を数ミリ短くしただけで済んだのだ。背後に炉の熱を感じる。もう少し下がれば自分に燃え移るだろう。
突きつけられた長剣は美しかった。師である老人が打った最高の一振り。それが竹光か何かに感じられる程の違い。あれが剣だとしたら自分が見て来た剣は一体何だったのかと問いたくなる程だった。鍛冶の業は食べていくためだと考えていたカルロスでさえ、魅了する輝き。一瞬見とれていた事に気が付いたカルロスは気を取り直す。そんな事を考えていられる状況では無い。
とは言え、真正面から挑んではどう足掻いても勝ち目は無いのも事実。必然カルロスが頼るのは腕っ節では無く口になる。
「アルバトロス、それともログニスからの追手か?」
「アルバトロス? ログニス? 何の話かしら」
おや、とカルロスは思う。相手の反応。心底からその挙げられた国名が分からないという顔であった。そういえば、この女がここに来た時も戒と呼ばれた。カルロスでは無い。つまり、この二人はログニス、アルバトロスからの追手とは考えにくい。
「……何者だ。お前ら」
「神権守護騎士団。ネリン・シュトラインですわ。短い間ですがお見知りおきを」
「同じく、グリーブル・キーンテイター」
その名前には聞き覚えが無かったが、所属には十分に覚えがあった。
「オルクスの神剣使い……!」
ますます以て分からない。何故そんな人物たちがこんな大和にまで来て、自分を殺そうとするのかが。その困惑が伝わったのか。グリーブルを名乗った男が顎に手をやる。
「うーん。これはもしかすると、当人自覚が無いパターンかもしれませんね」
「ああ、なるほどですわね……まあ別件で後ろ暗い事があるみたいですわね」
そう言いながらも、二人の視線はカルロスから外されることは無い。グリーブルがフードの下で快活そうな笑みを浮かべて言う。
「ま、お兄さん運が悪かったと思って諦めて死んでくれ」
「冗談じゃない……! 訳も分からず何もしていないのに死ねるか!」
「ええ。その様子からすると本当に訳も分からず、そして何もしていないのですわね。まだ」
「まあでもこの感じじゃ後一月もすれば自覚が出るだろうし、もう一月もすればお前の方から俺達の方に来たかもな」
「何の話だよ!」
現在絶賛逃亡中の自分が大陸の南東部にあるオルクスへ向かうんだと言われても納得できる筈も無い。むしろこの二人は単なる頭のおかしくなった連中なのではないかと思えてくるほどに話が繋がらない。だがそうは思わせてくれないのは超絶的な剣技。神権守護騎士団と言う名乗りが騙りには思えないのだ。
「――大罪機。私達はそれを追っているのですわ」
「おい、ネリン。それは」
「良いじゃないですかグリーブル。何も知らずに殺されるのはこの肩だって納得が行きませんでしょう?」
「大罪機……?」
聞いた事の無い名前だった。何故そんな名前も今初めて知った様な存在が自分に関わってくるのだろうか。
「まあ非常に簡単な説明をしますと、それは唐突に発生する。それは文明を破壊する。それは私達神権を滅する……だから見つけ次第滅ぼすのですわ」
「そしてお兄さんはその大罪機に選ばれたって訳だ。まあ運が無かったな。野盗にでも襲われたと思って諦めてくれ」
「はっ」
余りに一方的な言い草にカルロスは鼻で笑って返した。冗談としては最低の出来だった。
「生憎だけど、そんな訳のわからない理由で殺されるのはごめんだね」
「うーん。一月後に仕掛けるべきだったかもしれませんわね」
「いや、そうなってたらそうなっていたで今度は大罪に踊らされていたこいつと対面しただけで結果は変わらなかったと思うけどな」
「まあそうですわね……ちなみに遺言が有れば聞くくらいはしてあげますわよ?」
「そりゃ気が利いてる……二人揃ってくたばれ」
鍛冶場に仕掛けたもう一つの絡繰りを作動させる。レバーを引くことで天井から壁が落ちてくる。それは狙い澄ましたかのようにカルロスと二人を別つ。あの剣の腕からして、あの程度の壁は大した足止めにはならないだろう。何よりも一度外に出て迂回してくれば簡単に回り込めてしまう。時間稼ぎ以上の意味合いの有る物では無かった。
故に、そこで生じた貴重な時間を使ってカルロスは己の切札を取りに行く。新式魔導機士の試作一号機。それはこの鍛冶場の蔵の中で眠りについていた。大和ではエーテライトが希少で、どうにか貯蔵タンクに一杯にすることが出来たが、恐らく二度目は無い。主に金銭的な事情で。何よりも一度動かせばもうこの町にはいられなくなる。だが最早形振り構ってはいられない。あの二人を排除し、アリッサを回収する。そして全力でこの町から逃げるのだ。またどこかでやり直すしかない。
蔵へと駆けこんだカルロスの後姿を見て、ネリンが呟く。
「……気配が強くなりましたわね」
「皮肉なもんだ。俺達が来たことで急速に覚醒している」
「器となりえる魔導機士。大和には無い筈でしたわよね」
「まあ持ち込んだんでしょうな……さて、結局こうなる訳だ」
そうぼやきながらグリーブルは自身の神剣を鞘から引き抜く。ネリンも改まって己の眼前に掲げる。
「ヴィラルド・キーンテイター! 出番だ!」
「出ませい、ヴィラルド・シュトライン!」
その声と同時。大和に二機の神権機が降臨する。
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