37 墓守作戦:9

「何、を」


 的外れならば戯言と。そう切り捨てればいい。それが出来ない時点でカルロスの言葉を認めたも同然であった。それを自覚していたかはさておき、思い当たる節は有る様だった。

 

「お前の本音はそれだ。本当は――」

「言うなっ」

「ただ誰かがそう願っていたのを実現したくて、その誰かの言葉を口にしているだけだ」


 相手の心に秘めていた物を暴く。それはカルロスが融法を扱える様になってから自粛してきた事だ。誰にだって秘密にしたい事はある。その禁を破ったのは既にレグルスがそんな線を超えて来ていたから。だがカルロス一人ではきっと気付けなかった。カルロスの融法は他人と同調する事にはそれほど長けていない。有ると分かって探りを入れないと相手の思惑を察知する事も出来ない。

 

「誰かは知らないがその人は本当に真摯に今と未来の事を考えていたんだろうな。それを蔑にされたから怒ったか? いや、それだけじゃないな。その誰かは志半ばでこの世を去ったな?」


 だからそのきっかけ、一番最初にそんな秘密が有ると教えてくれたのは、カルロス並みの融法の位階を持ち、カルロス以上に他人の意識を探る事に長けていた少女――アリッサだった。彼女が息絶える寸前にカルロスの耳元で囁いた言葉。

 

「あの人は自分に嘘をついています」

 

 それが無ければ探す切っ掛けすら掴めなかった。


「その口を閉ざせと言っている!」


 今まで漂わせていた余裕など既に消し飛んでいた。これまで以上に必死で攻めたててくる。振り回される大剣は頭に血が昇っていても尚エフェメロプテラを破壊しつくしてお釣りが来るほどの威力だ。それを回避しながらカルロスは口撃を止めない。

 

「だからお前は後を継ごうとした。だけど残念な事にお前はその誰かとは違って暴力的な行為でしか解決できない。その結果がこれだ! 争いを無くしたいと言いながら争いを起こす! それが必要な事だと言い訳していたか? 己に覚悟があるからと正当化していたか?」


 カルロスの言葉をきっかけに、レグルスの表層意識に様々な考えや情景が浮かび上がってくる。それはレグルスが動揺しきっている証。融法は何よりも雄弁に、相手の心情をカルロスに伝えてくる。それが分かるからカルロスは悲しくなった。許すなんて有り得ない。どれだけ言葉を重ねられても奪われた物が戻ってくることは無い。それでも――彼の最初の願いだけは本物だった。奇しくもイングヴァルドと同じ感想を抱いたカルロスは、トドメの一言を発する。

 

「その戦乱に巻き込まれた者にとって、お前こそが争いの根源たる邪神だ!」

「黙れぇっ!」


 言葉と同時に振り下ろされた大剣を神剣で受け止める。至近で機体同士が睨み合った。

 

「賢しらに、人の胸中を覗き見て……死人にはお似合いの姑息さだ!」


 流石にこれだけ情報が揃えばその結論にも至るだろうと、カルロスは思った。特に今回の長期間地面の下に潜っていたのは分かりやすすぎる。そんな事が出来る存在は限られているのだから。


「お前たちのお得意戦法だろうが!」


 これほど見事なお前が言うなもそうそう見られる物では無い。そんな即座に反論されるような言葉しか出てこない辺り、レグルスも相当に余裕がなくなっていた。

 

「人の、誰かの願いを叶えようとして何が悪い! 他人から影響を受けない人間がどこにいる!」

「悪くなんかないさ。それは人間として当たり前の事だ」

「ならば――」

「だからこそお前は間違えた! 人の願いが誰かへと影響を与えられると分かっていながら、その為の手段を惜しんだ。手を振り払われた? 一度や二度でお前は諦めたんだよ!」


 真に平和を求めるのならば、レグルスは剣を手に取るべきでは無かった。空いた手を幾度振り払われようと差し伸べ続けるべきだった。そうできなかった時点で、誰かの夢はただの妄言に堕ちたのだ。

 

「輝いていた誰かの夢を、ゴミ屑にお前は変えたんだよ!」


 過程を間違えていただけでは無い。その願いその物さえ汚したのだと突きつけられて、グラン・ラジアスは数歩後ずさった。それは操縦者の動揺を反映した動き。相手の心の動きを見ながら、一番弱い所を突いた。それはまるで心に刃物を突き立てるような行為。ずたずたに引き裂かれて尚、レグルスは折れなかった。

 

「――大罪よ」


 圧縮された魔力が滲み出るようにグラン・ラジアスを包み込む。過剰な程の魔力を注ぎ込まれて日緋色金の大剣が形を変えていく。大罪法の予備動作。

 

「お前は正しい。俺の道程は間違っていたのかもしれない」


 カルロスの言葉を肯定する言葉。それはレグルスにとっては敗北宣言に等しい。ここまで彼を突き動かしてきた願いが敗れ去った事を認める言葉。

 

「だが、だからこそ俺は止まれない! ここで止まったらこれまでの犠牲が全て無駄になる! 死んでいった戦友達に顔向けが出来ない……!」

「――賭け事には向かないな。お前」


 間違っていると認めながらも、その先が行き詰りだと分かっても。それでも止まれないとレグルスは叫ぶ。支払った物に見合う成果を。死者と釣り合う成果なんてあるはずがないというのに。

 

「……お前の戦友だって、お前の足枷になるのは本意じゃないだろうに」


 それだけはカルロスの混じりけ無しの本音だった。死者が生者の足を引っ張る。それだけはしてはいけない。それがカルロス達の絶対のルール。きっとレグルスの戦友達も自分たちと同じように思っただろうと確信できる。それが通じたのか。レグルスが微かに笑みの気配を含んで言った。

 

「かもな」


 だからもう理屈では無いのだろう。ただ感情だけが負けを認めたがらない。開き直り。最後のあがき。大罪法による決着をレグルスは望んでいた。

 

 カルロスにはそれに付き合う必要はない。だが逆に、乗らない理由も無かった。このまま戦ったとしても最終的な結果はどう転ぶかは分からない。それに何より、この男には言い訳のある敗北を与えたくなかった。全ての手を叩き潰されたのだと。それくらいの意趣返しはしておきたい。

 

「神権より落ちし影よ」


 カルロスもレグルスに応じる。初代よりも更に深度の増した大罪。その一端を開帳する。それは何時かの帝都の再現。無二と模倣の大罪が再びぶつかり合おうとしていた。

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