36 墓守作戦:8

 二機の魔導機士が、切り結ぶ。言葉は互いに平行線。ならば交錯するのは刃だけだ。ここに至ってはカルロスもエフェメロプテラには神剣と、岩斧を握らせている。本来魔導機士ならば両腕で持ち上げるのが精いっぱいの超重武装。四本腕のエフェメロプテラ・セカンドだから成し得た二刀流だ。

 

 一撃でも当たれば終わりという暴風の中、グラン・ラジアスは舞う様に剣戟を放つ。その切っ先の鋭さ。それは怖気が走るほどに美しい一太刀。敵手であるカルロスでさえ魅了する妙技。先ほどまでとは動きが違う。皮肉なことに――個人の戦闘力としては僚機はレグルスに取って足枷にしかならない。他者へ意識を割かずに、己へと没入する事でレグルスはその真価を発揮できる。

 

 その在り方は将帥の物では無い。ただただ純然たる武芸者の物だ。底冷えする様な太刀筋を見てカルロスは相手を揶揄する。

 

「野蛮さが随分と板についてるぜ。王子様なんかよりよっぽどな!」

「……かもな」


 相手を挑発するための一言だったのにもかかわらず、肯定されてしまったカルロスは肩透かしを食らったような気分だ。相手のペースを乱す為の言葉が自分のペースを乱していては世話が無い。

 大剣を自在に操り、こちらの大ぶりになりがちな攻撃の隙を的確に突いてくる。どうしても、二機分の操作をしている関係上カルロスの操縦は忙しないものになる。細かな技巧を凝らすよりも手数で圧倒すべしと判断したのだが、早計だったかもしれないと思い始めている頃だった。まだ辛うじて装甲の表面に傷を付けられている程度だ。だがその内完全にこちらの動きを見切るのではないかと言う予感がある。

 

「余は為政者としては無能であろうよ。これだけの人間全体の危機にも関わらず、他国に賛同の一つも得られないのだからな!」


 大剣を地面に突き立てる。それを足場としてグラン・ラジアスが跳躍。両足蹴りをエフェメロプテラの頭部に叩き込んでくる。予想外の動きにカルロスも反応が遅れた。足裏が頭部の装甲を破壊し、機体の右目を潰す。だがただではやられない。魔眼投射。石化の魔眼はしかし、その効果を十分に発揮する前に無二の権能によってその大半を不活性化した魔力へと変えられた。それでも多少の効果はあった。グラン・ラジアスの脚部の先端。一部が石化している。先ほどまでの様なアクロバットは難しいだろう。


「何故誰も分かろうとしない。何故誰も見ようとしない。幾ら言葉を尽くしても、聞こうとはしない」

「だから力づくで言う事を聞かせようっていうのかよ?」

「それの何がいけない! 無自覚か否か。相手が神か俺かの違いだけだ! 姿の見えない相手に気付かぬうちに操られる傀儡であることを良しとしたのだ! そうされても文句はあるまい!」


 その叫びは、本気の怒りが込められていた。ただ何故だろうか。レグルスは怒っている。それは間違いない。だがそれは、本当に自分に対する仕打ちへの怒りなのだろうか。そんな考えが浮かんだのは――茶色い髪をした少女の遺した言葉が有ったからか。

 

「誰かの掌の上が嫌だというのならば、最初の段階で立ち上がるべきだった! 俺達はその言葉を伝えた! 手を差し伸べた! 最初に振り払ったのは貴様らだ!」

「生憎だけど」


 見せ札の岩斧の一撃。分かりやすい、致命の一撃を回避した。それこそが罠。レグルスは相手の思惑通りに動いてしまった事に気付いて防御姿勢を取る。間一髪で防がれた神権の一閃。雷光の様に振り下ろされた攻撃を防いだ事でレグルスの意識が防御から攻撃に移る。そこまでカルロスの攻撃の流れだ。岩斧を捨て、拳一つを握り締めてグラン・ラジアスの腹部を全力で殴り飛ばす。更に唯我の権能、その模倣。振動破砕の一撃が装甲を、フレームを、そして操縦者をも揺さぶる。

 

「俺達末端の人間にまでその責を求められても困るな!」


 レグルスの理論は完全な暴論だ。結局の所どれだけ言い訳を重ねても、レグルスは言う事を聞かない相手に強引に聞かせようとしているに過ぎない。よしんばその理屈が罷り通ったとしても、その対談――恐らくは国の首脳クラス――に参加していない人間にとっては寝耳に水だ。王も要職に就いていた人間も、民衆が選んだ訳では無い。その決断の責は問えない。尤も歴史なんてものは勝った方が正しいのだから、その意味ではレグルスはこの上なく正しい。王などと言うのは最も高貴な山賊の末裔などと揶揄する声すらあるのだ。

 

 再度握りしめた拳を、剣の柄で弾かれる。柄まで隈なく日緋色金製の大剣はそんな型も何もない一撃だけでも十分な威力を発揮した。追撃を諦めて再度岩斧を握る。再び開始される剣戟。互いに機体へダメージを蓄積していく。その深刻さはエフェメロプテラの方が高い。完全な大罪機では無いエフェメロプテラは装甲強度に若干の差がある。同じだけの攻撃を浴びても残るダメージは相手の方が軽微なのだ。相手もエフェメロプテラの大罪法『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』の詳細は分かっている。故に迂闊に奥の手は切らないだろう。無理やりにでも使わせるには、やはり相手の平静さを奪う必要があった。

 

 こうして戦って、言葉を刃を交わしてカルロスにも分かった事がある。それはこれまで見えてこなかったレグルス・アルバトロスと言う人間について。

 

 レグルス・アルバトロスは歪だ。その行動論理、戦い方共に王族らしさが無い。むしろ暴力による支配を肯定している。そして優雅さとは無縁な泥臭い戦い方……どこぞの傭兵団の様な在り方でさえある。その癖、人類全体の事を考える視点。どうにもアンバランスだ。何故そんな人間が出来上がったのか、興味が無いわけではないが重要なのはこの一点だ。彼は|アリッサ(・・・・)が遺した情報に気付いていない。無自覚に意識から外している。本当に、その考えを考慮に入れてすらいない。先ほど感じた違和感。今を軽視した行動。それと合わせれば、結論は一つに収束する。後は出た所勝負。

 

「何故、分からないんだ!」

「どうかな。お前が思っている以上に俺はお前の事を分かっていると思うけどな」

「何……?」

「気付いていないのなら教えてやる。お前は別にこの大陸の行く末に興味なんてない」


 それはレグルスに取って、全ての前提を覆す言葉だった。

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