38 墓守作戦:10

 帝都で目にした無二の大罪。あらゆる物質を不活性化エーテライトに変え、無価値なゴミ屑へと貶める魔法による文明に真っ向から異を唱える罪。その能力にはカルロスも一度地を舐めさせられた。大罪機としての完成度も完全な大罪へと至る一歩手前――操縦者が大罪に侵される事の無いギリギリまで踏み込んでいる。完成した大罪の侵食に耐えられるのはレヴィルハイドの様な極々一部の例外だけであることを考えれば、望みうる最高性能を獲得していると言っても良い。

 

 ならば、エフェメロプテラ・セカンドはどうか。大罪機としてはまだまだ発展途上である。大凡五割程度と言った所か。だがその核たるカルロスの適性が段違いだ。引き出される力は互角と言っても良い。ただやはりネックとなるのは模倣の大罪の性質。その権能は強力ではあるが、攻め手には欠ける。あくまでカウンターなのだ。だがそれは今この場では問題とならないだろう。相手は真っ直ぐにこちらに撃つ気満々であるのは誰の目にも明らかだった。そんな見え見えの誘いにカウンターを合わせるのは難しい事では無い。

 

「今ここに顕現せよ」


 剣を捧げ、魔力を込めているグラン・ラジアスを見てカルロスはふと思った。下らない考えである。

 

 無二と唯我。言葉の意味合いとしては二つは良く似ている。だがその性質は真逆と言えた。

 

 唯我はその実、一人で全てが完結している。他者は不要。世界には己一人在れば良く、己一人以外は必要ない。ただ唯一の小世界。それを実現させようとするのが唯我の大罪だ。人と人が繋がり合う事で成立している文明を根本から否定する始まりの大罪。

 対して無二は一つ物で染め上げたいという渇望。それは種族であったり思想であったり。その対象は様々だが、いずれにしてもそれは他者がいて初めて成立する事。たった一人では染め上げる事は出来ない。単一で組み上げられた多様性の乏しい文明。それは何れは行き詰る。そうした意味では人を滅ぼすには足る権能だが――同時にこれほど他者を必要とする物も無い。

 

 その姿勢と、大罪。レグルスの叫び。そうした事からカルロスは馬鹿な想像をしてしまった。まるで、誰かに理解してほしいと咽び泣く子供の様だと。

 

「世の理を塗り潰す威をここに示したまえ」


 脇道に逸れた思考を引き戻す。己の中の大罪。その存在を意識する。他者の作り出した物を掠め取るだけの醜い権能。

 

「礼節には礼節を。恩には恩を。罪には罪を。災厄には災厄を。万象等しく返礼すべし」


 与えられた物を全てそのまま相手に返す。それが模倣の一面。例え龍をも堕とす一撃であろうとそっくりに真似て相手へと叩き込む。嘗ては大罪の前に敗れた。しかし今回はその様な不手際は踏まない。

 初代エフェメロプテラの鍵爪の代わり。それは唯我の大罪機であったゴールデンマキシマムの右腕。元々大型だった腕が、魔力を注ぎ込まれて更に太くなる。それはもう通常の魔導機士の胴周りよりも太い物。広げた掌が機体を覆い隠せそうなほどである。この手で、無二の大罪も掴み取って見せるとカルロスは機体を構えさせる。四本足に変形させ、機体を地面に固定させた。

 

『大罪法(グラニティ)――』


 二人の声が唱和する。

 

「全てを呑み込め。『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』!」


 渾身の力を籠めて振り下ろされる大剣。そこから迸る光はまさしく滅びその物。星の輝きさえも呑み込む漆黒の光は何時かの再現の様にエフェメロプテラを呑み込もうと迫る。そこに、カルロスは機体の右腕を合わせる。そして静かにその言葉を唱えた。

 

「己が姿を見よ――『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』」


 黒い光が虹色の残滓へと変換されていく。そのペースは帝都の時よりも遥かに速い。あの時は大罪を理解できなかった。だが今は違う。その乗り手も含めて『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』と言う物への理解が進んでいた。だからもう、これは正体不明の闇では無い。姿形のある何かだ。そして姿形の在る物ならば、模倣の大罪に再現できない物は無い。

 

 黒の極光全てを、エフェメロプテラは握りつぶす。その拳に同種の輝きを乗せながら。そうしてその拳を一気に突き出した。己の力さえも上乗せしたありうべかざる偽物。その全てを開放する。

 

「仮想大罪法(テルミナス・グラニティ)、『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』!」


 まるで時を逆さまに回したかのような光景が顕現する。己が放ったものと全く同種の攻撃が目前に迫る。だがそれを見てもレグルスの心は揺れない。模倣が本領を発揮したのであれば大罪法(グラニティ)であっても跳ね返されるのは分かりきっていた。ならばそれに抗するためには限界まで絞り出すしかない。疲労感の溢れる肉体に喝を入れ、レグルスは再び大剣を肩に構えた。

 

「一つに染め上げよ。『|大罪(グラン)……無二(ラジアス)』!」


 二連発。先ほどの一撃と遜色ない一撃を再度繰り出す。流石に模倣大罪であろうと自分にまで到達しない物は飲み干せない。レグルスの目論み通り、跳ね返された大罪法(グラニティ)は相殺された。だがこれではただ、相手の二倍消耗しただけである。あらゆる攻撃を跳ね返す相手から勝利をもぎ取る為には、限界を飛び越えて全てを燃やし尽くすしかない。二つの大罪法(グラニティ)が打ち消し合い、周囲に黒い光を撒き散らして視界を染め上げた中で、グラン・ラジアスは三度剣を振り上げる。

 

「己さえも呑み込め! 『|大罪・無二(グラン・ラジアァァァァス)』!」


 三連発。その無茶の代償は操縦者、機体双方に支払われる。レグルスは操縦席の中で血反吐を撒き散らし、過負荷に耐えかねた機体は魔力の伝達系を中心に溶解を始める。

 だがその常識外れの大罪法(グラニティ)三連打にエフェメロプテラ・セカンドは反応出来なかった。緩慢な動きで右腕を持ち上げようとして――しかし何かを成す事も出来ずにその機体が呑み込まれた。何かを求めるように伸ばされた右腕が流れの外に伸ばされ、力尽きてそれも流れに呑み込まれた。微かな虹色の光が空へと立ち上る。

 

 そうして黒い光が消え去った後、そこにはエフェメロプテラと言う機体が存在した痕跡は何一つ無くなっていた。

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