33 墓守作戦:5
初代エフェメロプテラが高性能な機法を機体側が十全に活用できないという意味での欠陥機だとしたら、二代目エフェメロプテラであるところのエフェメロプテラ・セカンドはそもそも常人には操縦する事が出来ないというレベルの欠陥機である。
その最大の問題点は操縦系にある。
カルロスの作る操縦系は操縦者が魔導機士を動かそうとする意志、操作等を魔法道具側で読み取り、それに対する最適な駆動系の操作を行うという物だ。その根底には操縦者が機体をどう動かしたいのかというイメージがある。それ故に四肢を持つ人型しか作る事が出来なかったのだ。例え四足歩行の獣型の魔導機士を作ったとしても、それは四つん這いになっている人以上の動きが出来ない。這って移動していた時代の記憶は大概の人間には無いため、どうにも不恰好な動きとなる。
ならばエフェメロプテラ・セカンドは何故異形の四本腕を実現できているかと言えば、これはもう裏技を使ったとしか言えない。
◆ ◆ ◆
ワイヤーテイルを解禁したカルロスは、八本ものそれを周囲の建物に突き刺し機体を宙に舞わせる。その牽引力はエフェメロプテラ・セカンド本体の駆動系出力と比較しても遜色がない。重量のある機体その物を自在に動かせるだけのパワーがあった。容易く建物の屋根の上に降り立ったエフェメロプテラの武装を再度切り替える。銃を手にして高所からの発砲。ベルゼヴァートは自身も三次元の動きをしているからか、即座に発射地点を割り出して回避運動を取っている。そうなれば狙い打つのも難しい。舌打ち一つでその苛立ちを捨て去り、未だ発射地点を割り出せていないエルヴァートに狙いを定める。
実の所、現状はカルロスにとってもそれほど余裕がある訳では無い。一番脅威なのはグラン・ラジアスでは無く、数の居る新式だ。その武装の大半が物理現象による物で魔法を介在していない以上、エフェメロプテラ・セカンドとて当たれば壊れる。機法による攻撃が減少してくると予想される今後の魔導機士戦闘において、エフェメロプテラ・セカンドは最適解には程遠い機体であろう。
そんな事はカルロスも承知していた。それこそ大陸の誰よりも。ヘズンが感じていたような寂寥感は彼だけの物では無い。魔導機士に携わっていた者ならば誰だって一度は感じる。自分たちが生涯を捧げて来た物が近い内に陳腐化するという現実を突きつけられる。
だが、今はその古式殺しとも言える性能が必要だった。並みの新式では対処の出来ない大罪機。それを狩る為だけにエフェメロプテラ・セカンドは生まれた。それ故に、グラン・ラジアスと一対一になる状況を作らなければいけない。カルロスにとって最初にして最大の難関とも言えた。先ほどの包囲攻撃は実の所そこまで余裕のある攻防では無かったのだ。再度同じ攻撃を仕掛けられた場合に無傷で凌げる保証はない。
高所に陣取ったエフェメロプテラを叩き落とそうとベルゼヴァートが跳躍する。それを狙い打とうとし、しかし空中で軌道を変えたベルゼヴァートによって宙を切った弾丸。
ベルゼヴァートの各所に取り付けられた噴射装置。それが空中での軌道変更を可能にしている。三次元格闘性能ではそっちの勝ちだな、とカルロスは素直に認めた。だが対空攻撃という面ではこちらの方が上であるという確かな自負と共に。
死角から滑り込むようにして伸びたワイヤーテイルが宙に有るベルゼヴァートの脚に絡み付いた。それはあたかも軟体生物の様に。噴射装置の弱点は、一度の使用後は即座に使えない事だ。恐らくは魔力を直に機体から取り込んでいないのだろうとカルロスは予測していた。あれは一種の機法の様な物だ。それを連発されては機体の魔力は一瞬で枯渇する。それを避けるために、機体からの魔力を一度貯蓄し、その貯蓄の中でやりくりしているのだろう。ケビン経由で見たベルゼヴァートの調査でもそのくらいの事が予測できた。
ワイヤーを振り回す。その先にいるベルゼヴァートを分銅の代わりとして叩きつけるのは同時に跳躍してきた別のベルゼヴァート。僚機が激突した事でバランスを損なったベルゼヴァートは辛うじてエフェメロプテラが居る建物に不時着した。言い換えればそれは、敵の前で体勢を崩したと言う事であり。次の瞬間には神剣によって上半身と下半身を別たれていた。部品が散らばり、断面から水銀が漏れ出す。
一歩踏み出したエフェメロプテラの脚で水銀が跳ねて装甲を汚した。まるでそれが血のように見えてしまったアルバトロス軍は平静さを徐々に失っている。自分たちが今相対しているのは本当に魔導機士なのだろうかと言う疑問。そのまま隙を晒してくれれば良かったのだが、それに先んじてレグルスが一括した。
「虚仮脅しに惑わされるな。再度包囲して攻撃を仕掛けるぞ」
それこそが一番相手の嫌がる事だと見抜いたレグルスの指示によって陣形が立て直される。アルバトロス軍が平静を取り戻した事が人目で分かる光景にカルロスも溜息を一つ。
「そう簡単には行かない、か」
こうなってしまっては簡単に心理効果で相手を鈍らせることはできないだろう。本音を言えばもう三機か四機は減らしておきたい所だったカルロスとしては面白くない展開だ。
グラン・ラジアスが機法によってエフェメロプテラの足場となっていた建物を崩しにかかる。何の変哲もない煉瓦造りの建物。強度的には魔導機士が一機、屋根に立っても耐えられる程だったが、流石に機法の攻撃に耐えられるような物では無い。瞬時に黒い正体不明の物質に成り下がった建物はその強度を損ない、崩れ始めた。
この地域の住民避難は完了していたのだろうか。そうであってほしいとカルロスは願う。人の住む王都を戦場に選んだ時点でそんな事を願う権利も資格も無くなってしまったと分かっても尚。
崩れ行く建物から飛び降りたエフェメロプテラを取り囲もうとベルゼヴァートが前進してくる。速度だけならば最速の機体。それよりも早く動くためには、人の動きでは難しい。だからカルロスは別の方法を考えた。
八基のワイヤーが全て正面を向く。一斉に撃ちだし、機体を牽引する。殆どスリングによって撃ちだされたような勢いで飛ぶエフェメロプテラ。その着地の慣性を殺す為に、両足が展開する。前後に分割され、それぞれが杭の様な細長い足首を持つ。その四本の杭を地面に突き立て、強引に勢いを殺していく。地面を削りながら滑走する姿を予期していなかったのか。ベルゼヴァートの包囲地点は完全に抜け出されていた。乱れた隊列に再度銃弾を叩き込む。
歪な四本腕に、四つの脚部。そして八基のワイヤーテイル。人型から完全に外れた異形。そんな形状になったのは何も心理効果だけを狙った訳では無い。それらの異形はあくまで結果論だ。その本質は――神権と大罪の融合の為にある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます