34 墓守作戦:6

 大罪と神権の反発。それを解決しない限りはその二つを一つの機体に乗せる事は出来ない。初代の様に完全な切り替えと割り切ってしまえば運用は可能だが、それでは総合性能は初代エフェメロプテラとそう大差ないものに成る。

 

 カルロスにとって問題だったのは何となく大罪と神権って相性悪そうだよな、というふわっとした理解だけだ。後は自称神から得たどちらも神の眷属という存在である事。カルロスにとって両者の関係はそこで終わっている。

 

 開発中に何度ネリンが居ればと思った事か。完成後、カルロスが王都の地下に潜んでから帰って来たネリンは確実にタイミングが悪い。

 

 悩みに悩んだカルロスが行き着いた結論は、これだった。

 

「そうか。二機あればいいんだ」


 という物。少しばかり頭が煮詰まっていた末に思いついた考えだったが、真面目に検討してみたら可能だったというちょっと間の抜けた経緯。

 二代目エフェメロプテラは厳密には一機の魔導機士では無い。その内部に二機分の魔導機士の構成が含まれている。即ち、二×二の腕と、二×二の脚。二×二の魔導炉。二系統用意された水銀循環式魔力伝達路。そして二系統の操縦系。

 二機分の魔導機士を一人で操縦する。そこが一番のネックだった。それを解決したのも力技だ。二機分の操縦を、一つの操縦席から行う為にカルロスは操縦中に瞬時に大罪側の操縦系統、神権側の操縦系統と切り替えている。その忙しさは尋常では無い。その切り替えの大本にはリレー式を、そしてそこから先をライター式と言うハイブリッド。

 

 エフェメロプテラ・セカンドはまさしく今現在のカルロスが持つ技術を全投入した機体だ。そして、それは同時に魔獣素材への扱いについても同じことが言える。これまでに使ってきた全ての素材を再検討し、最適化して活用している。それはワイヤーテイルのワイヤー部分であったり、最もカルロスが有用だと感じていた物であったり。

 

「迷彩被膜起動。不可視モード」


 装甲の表面に薄く張り付けたジャイアントカメレオンの被膜。被弾したらその部分が剥がれるという欠点には変わりがないが、逆を言えば被弾しない限りはその隠蔽性は陰らない。市街地の中で姿を消すエフェメロプテラ。だがそれはアルバトロスにとっても既知の物。

 

「本当に消えている訳では無い! 奴の移動の痕跡を見逃すな!」


 レグルスはそう叫びながら隊を集め方陣を組む。互いに背を預けながら、正面に注力する。それは確かに姿の見えぬ相手に対する最適解の一つだろう。ただレグルスは忘れていた。ベルゼヴァートの基本戦術。それを元にしたのは誰の戦闘データだったか。

 音はする。だがその移動の結果――即ち足跡がどこにも見当たらない。先ほどの様な杭めいた足ならば確実に足跡が残るはずだったがそれもない。

 実の所、あの四脚形態は高所からの着地、或いは高速移動の制動にしか使われていない。理由は単純。幾ら何でも前後脚の操作を切り替えながら移動するのはカルロスにも無理だった。故に、通常移動は二脚。だがその足裏が特別性だった。従来の様に鉄のスパイクを持つのではなく、ハルスで発見されたゴム素材を使用している。その静粛性に真っ先に目を付けたのがカルロスだった。エフェメロプテラ・セカンドの足裏はゴム素材によって痕跡が最小限になるようにしている。それ故に見つけられない。

 漸くその所在を掴んだのはカルロスが機体を大きく跳躍させた事で生じた物。だがそれが跳躍であると咄嗟に判断できたのは僅か一機。その操縦兵が機体の頭部を上に向け、それに僅か遅れてクロスボウを向けようとしたところで――上空から舞い降りた金色の拳が一撃で頭部毎操縦席を叩き潰した。

 

 方陣の中に出現したエフェメロプテラを迎撃しようとクロスボウを構える――が撃てない。射線上に味方がいる。果たして今撃って、本当に当てられるのかどうか。その躊躇いが隙を産んだ。右腕が背から武装を手に取る。デュコトムスが扱っていた岩斧。それを更に巨大にしたような岩塊を片手で振り回して数機のベルゼヴァートを纏めて鉄くずへと姿を変えさせた。

 

「後は……六機!」


 既に四分の三を撃破した事を確認したカルロスは岩塊を放り投げて更に一機減らす。フリーになった右腕で敵を殴り倒し、離れた敵へは銃弾を馳走する。残り四機。

 

「貴様っ」


 レグルスが大剣を横薙ぎに振り払う。その大剣に、拳を合わせる。衝撃が周囲に撒き散らされる。だが大剣は拳を切り裂くことなく、逆に拳も大剣を砕くことなく拮抗。それを隙と見たか、背後から残りのベルゼヴァートが襲いかかる。死角。だというのに、その四機は眼が合った。敵機の後頭部に存在する第二の顔に睨まれている。それに気付いた時にはもう遅い。

 

「魔眼投射」


 背部魔眼投射機構に装填されていた魔眼は石化の魔眼。ポピュラー故に入手しやすいバジリスクの魔眼。生きていた頃よりも強力な石化の眼差しを浴びたベルゼヴァートはまとめて石像へと姿を変えた。それを容赦なく打ち砕く。

 

「さあ、後はお前だけだ」


 この間わずか十数分。その短時間でレグルスが連れてきた王都攻略用の精鋭部隊は全滅した。拡声器を使ったレグルスへの宣言。それに対する応答は、エフェメロプテラ腹部への蹴り。その反動で距離を取るグラン・ラジアスからは戦意は失われていない。

 

「友軍は全滅。敵の本拠地で孤立無援か……なるほど中々に絶望的な状況だが……それで勝ったつもりかカルロス・アルニカ」


 応じる言葉はやはり拡声器による物。帝都での邂逅から二年近く。漸くこの二人は言葉を交わした。

 

「勝ったつもり、じゃない。俺達の勝ちだ」

「勝利宣言には早いのではないか? ここでお前が敗れればハルスは落とせる」

「かもな」


 あっさりとそれを認めるカルロスの返答。それにレグルスは疑問符を浮かべた。相手が何を言いたいのか理解できない。それは拭えない程の不快感。通信機が微かな音を立てる。どこかからの通信。既に友軍は全滅している。ならば相手は一体。その答えは直ぐに出た。

 

「だがお前がここにいる時点で俺達の……ログニスの勝ちなんだよ」


 超長距離通信。レグルス機と極少数の機体だけに設置されたそれは、アルバトロスでも虎の子の古代魔法文明時代から発掘された魔法道具だ。その相手は現在ヴィンラードと、帝都の作戦本部。

 

「で、殿下! 緊急連絡です」

「……話せ」


 帝都からの連絡。嫌な予感がした。直前のカルロスの言葉。まるで見計らっていたかのようなタイミングだ。

 

「港湾都市エルドより最終連絡! ろ、ログニス王党派にエルドを奪取されました!」

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