32 墓守作戦:4

 王城へと向かわせようとした部隊が的確に狙い打たれたのを見て、レグルスは警戒心を引き上げる。単独としての戦闘能力では然程見るべきところは無いと思っていたが、それはあくまで先代エフェメロプテラの話。今の機体は比べ物にならない程に強化されている。

 それは単純な新式試作機とデュコトムスまでの技術進歩であり、製作者であるカルロスの大罪機、神権機に対する理解が深まったと言う事でもある。

 

 だが高性能な大罪機と言うのはレグルスにとっても望んでいた物でもある。何より、屍龍によってゴールデンマキシマムを確保し損ねたのは痛恨事であった。その穴を埋める事が出来るのならば文句は無い。新式から大罪機への変化と言う目論みは形になっていない。或いはそこにも搭乗者の何かしらが関わってくるのかもしれないが、現状ではアリッサのエルヴァリオンが最も可能性が有ったという程度の話しかない。大罪機を一機鹵獲できるのならば例え新式を何機犠牲にしようともおつりがくる。

 

 とは言え、鹵獲を優先して加減が出来る程余裕のある状況では無い。あくまでハルスを落とすそのついでで可能ならば。

 

「とかなんとか考えているんだろうな……」


 カルロスがレグルスの思考をトレースできるのは、ハルスに残っていた資料などを読み漁ったというのもあるが、こうして相対した事で融法による干渉が可能になったからだ。本来、カルロスの融法は接触対象にしか使えない物だ。射法の適性が無いため自分に触れている物という制限が存在している。

 その制約を取り払う為にカルロスはこの付近の建物に中継用の魔法道具を大量に設置していた。それはハルスに提供した融法を妨害するための魔法道具。その中にカルロスは自分だけは融法が使えるようにする抜け穴と、それを自身の魔法の中継点とする機能を組み込んでいた。つまり、この魔法道具が設置されている場所に限って、その有効範囲内に居るカルロスは自身も射法の適性がある様に振る舞える。本来の位階程の能力は発揮できないが、相手の意識の表層。次の動きを予測する位の事は出来る。

 

 王都にはそうした対アルバトロスとしてログニスが多くの魔法道具を提供している。その設置の最中、エフェメロプテラも地面へと埋めたのだ。

 

 故にこの場においては数は兎も角カルロスにとって不足は無い。レグルスを仕留めるために場を整えた。

 

「……いや、待て。貴様、何時からそこにいた?」


 ふと、レグルスが気が付いた。この場所はどう見てもここ最近に掘り返した跡は無い。ならばこの機体は、そしてカルロス・アルニカは何時から地面の下で待ち構えていたのか。その思考がきっかけとなって様々な思考が彼の頭を巡り、彼が持つカルロスの情報から一つの結論に達した。

 

「貴様、まさか――」


 その結論を口に出すよりも早く。カルロスが動く。

 

「悪いが」


 左手の銃を背に戻す。代わりに引き抜いたのは――長剣。

 

「何が何でもお前を生かして返す訳には行かなくなった」


 それは嘗て分かたれた物。接合するのが精いっぱいだった、しかし並みの古式の武装を凌ぐ業物。即ち、権能を失った神剣である。

 

 左手の主副腕で構えた神剣とグラン・ラジアスの大剣が噛み合う。その一合でグラン・ラジアスは数歩後ずさる。デュコトムスをベースにしたエフェメロプテラ・セカンドはそのパワーにおいても秀でている。格闘戦に置いて大型機による出力の上昇はアドバンテージだった。片手で振り回される剣に、両手持ちの大剣で漸く拮抗できるという事実。

 更に空いている右腕でも殴り掛かってくるのだからレグルスにとっては溜まった物では無い。更に右肩の副腕は副腕でレイピアの様な細剣を握り、隙を潰してくる。

 その変則的な動きにレグルスは戸惑っている。完全な初見殺し。或いは一対一ならば対応しきる前にそのまま畳み掛けられたかもしれないが、ここにいるアルバトロスはレグルスだけでは無い。攻め立てられている主君を救おうとエルヴァート、ベルゼヴァートが前に出て、二機の間に割り込んだ。

 

「殿下お下がりください!」


 レグルスが何かを言うよりも先に、そう言って前に出た機体をカルロスは叩き伏せる。初代エフェメロプテラにあった打撃力の不足。それは完全に克服されている。だがそれも腕の数以上には武装が持てない。一対多の常として、アルバトロスは包囲陣形を取る。例え囲みの内三機が瞬殺されようとも、残った機体でダメージを与えれば良いという割り切り。その犠牲を前提とした作戦にカルロスは嫌な顔をする。

 

「それがお前らの一番嫌いな所だ。人死にを避ける。平和を作る……そう言いながら今の犠牲を許容する!」


 拳で、細剣で、長剣で。接近してきた機体を叩き潰す。上だろうが下だろうが。機体が何であろうが平等に。ベルゼヴァートにはきっと子供が乗っている。アリッサと同じように、そうしたかった訳ではないだろうがそれ以外に選べる道が無かったが故に肉体を犠牲にして戦う道を選んだ子供が。

 だが手加減はしない。容赦などない。既にカルロスの腕は護りたいと抱えた物で溢れている。そうでなければ、そうでなければあの日。心の底で救いを求めていた少女の手を取らなかった事がおかしなことになってしまうのだから。

 

 残る機体がエフェメロプテラに迫る。機体の腕は引き戻すのに間に合わない。ならば足を使うだけだった。

 

 スカート状に並んだ部品。その全てが一斉に立ち上がる。それはスカートでは無く――先端に鋭利な杭が付いたワイヤーテイル。計八基。移動にも使える装備だが、今は攻撃武装として機能している。強靭な魔獣素材によって実現させた伸縮可能なワイヤー。見せしめの様に一機を穴だらけにして宙に張り付ける。残ったワイヤーテイルで他の機体を牽制する。

 

 囲んでもそれを意に介さず、どころか余計なパフォーマンスまで入れる異形の機体。それはカルロスの趣味だけでは無い。彼にとっては理解しがたい事だが、エフェメロプテラの形状は他人には恐ろしい物に見えるらしい。それ故の心理効果。今のエフェメロプテラ・セカンドはアルバトロスからすれば残虐な得体のしれない魔獣に見えていた。そこまでの効果はカルロスも予測していなかった。

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