31 墓守作戦:3

 まず地面から突き出たのは左腕。既にこの時点で異形である。デュコトムスベースであろう大型機の系譜に連なる事は間違いない。その機体サイズからも明らかだ。その右腕の特異性。それは肘からもう一本小型の腕が生えているという点である。小型と言ってもそれは通常の魔導機士サイズ。まるでそこが肩であるかと言う様に、腕が伸びているのだ。その右左副腕は嘗てのエフェメロプテラの右腕。神権機の一部を受け継いでいた。

 

 初代とは違い、その装甲色は純白。だがどこか不吉な、まるで骸骨めいた印象を与える白。上半身が姿を現す。その時点で既に異形だ。頭部は初代と同様に反面を仮面で覆った左右非対称。複眼状だったエーテライトアイは継承され、色合い以外は初代と似通っていると言えよう。

 続けて右腕。こちらはこれまでの装甲色と異なり、肩から下が金色に染まっている。よくよく見ると右腕は関節が一つ多い。それだけで人体から外れているという印象を持ってしまう。その理由はまたシンプルな物。元々別の機体の右腕を肩毎、別の肩から下に取り付けているのだ。ゴールデンマキシマム。ハルスを守る盾から受け継いだ右腕は通常サイズの魔導機士としては大型の物だったが、流石に大型機程のサイズでは無い。そのサイズ差を埋めるためにこのような配置となったのだ。

 そして新造された肩。そこからも別の腕が伸びている。左右非対称の四本腕。最も細く、骸骨めいた印象を与える右副腕は手招きするように揺れている。

 

 背中には多量の武装を背負っていた。それは剣だったり斧だったり、銃だったり。一つとして同じ形状の物は無い。

 

 下半身が地面から抜け出て来た。一見すればおかしなところは無い。真っ白な脚部、その大腿部は上半身のサイズと比較すればやや細く感じられる程。対照的に膝から下はその倍はありそうなくらいに太い。その足を覆い隠す様に、後ろ半分はスカート状の装甲が並んでいる。

 

「……変貌……いや違うな。機体を新造したのか」


 レグルスが驚いたように呟く。考えてみれば道理であった。元々エフェメロプテラは大罪機としては不完全にも程がある機体だった。殆ど新式のままで、大罪機としての力などその大罪法にしか見られない未完成品。それが完成を迎えたのかと思ったが、流石に機体のサイズまでは変えられない。ならば新造されたと見るのが良いだろう。

 

「状況的に……カルロス・アルニカが乗っていると見て間違いないだろうな」


 だがたったの一機である。レグルスは考えた。恐らくは今しがた消失したリビングデッドと連携を取る予定だったのだろうが、その目論みが崩れているとレグルスは嗤った。一人でこの場に立った度胸は認めるが、判断ミスであると。

 王都を落とす部隊と、エフェメロプテラ・セカンドを仕留める部隊。それを分けようとレグルスは決断した。王都――ハルスの重鎮たちは早期に抑えないと王都を脱出される可能性がある。そうなっては元の木阿弥だ。既に相手の防衛戦はガタガタ。少数でも王都は落とせる。

 そして、大罪機は大罪機を以てして当たる。

 

 その二面作戦を――カルロスは正確に読んでいた。レグルスの戦い方をカルロスは可能な限り集めた資料から分析していた。速度に拘っている。それは犠牲を出したくないという仕掛けてきたという事を考えれば常人には理解しがたい理屈からの動き。言ってしまえば感情的な話だ。では戦場でそれを実現する場において、レグルスが多くとる戦術は陽動と本命。相手を圧倒できる陽動を用意しながら少数の本命で相手の頭を狙いに行く。

 ハルス対アルバトロスで見ればアウレシア戦線の陽動と王都の本命。そしてこの場で見ればエフェメロプテラを押さえる陽動と王城を落とす本命。分かりやすすぎる動きにカルロスは舌打ちしかねない表情で叫ぶ。

 

「ワンパターンなんだよ!」


 左腕で背中にマウントしていた銃を引き抜く。主腕で照準。発砲。動き始めようとしていたエルヴァートの操縦席を正確に撃ち抜いた。更に連射。狭い市内でアルバトロス軍が散開する。カルロスがエフェメロプテラに装備させた銃はデュコトムスなどと同じ回転式連射機構を組み込まれた最新型の物だ。今までよりも射程を長く、命中精度も威力も上がった銃。六発発砲すれば弾切れ。

 それを敏感に察したベルゼヴァートが上下からの波状攻撃を仕掛けながら距離を詰める。それに対するカルロスの一手は右腕で殴りつけるという暴挙。飛びかかるベルゼヴァートをただの拳殴り飛ばす。装甲は弾け飛び、その機体骨格さえ歪ませる。明らかに何らかの魔法が働いている。唯我の残滓。振動による衝撃力の増大。ゴールデンマキシマムの一部である右腕にはその魔法の一部が遺されていた。

 

 そして左腕。その主腕は変わらず相手を照準している。そしてその再装填は――副腕が行っていた。流れるように動きながら弾を詰め直す。再装填の隙を狙っていたベルゼヴァートは咄嗟に腕を盾に操縦席を守ろうとした。両腕によるガード。両腕を失うと言う事は戦闘能力を失うに等しいが、それでも死ぬよりはマシだと判断したのだろう。そんな願いを嘲笑うように、銃弾は両腕を貫き、操縦席を貫き、更にその背後からその機体を盾に進んでいた別の機体を貫通して脚部を奪って行った。

 

 ただの銃が常識はずれな威力を発揮したその正体は『分解』の魔法だ。カルロスが持つ最大の攻撃手段。これまではその魔法その物に素材が耐えられなかった。エフェメロプテラの鍵爪ならば可能性はあったが、万が一耐えられなかったらカルロスは切札の一つを失う事になる。だがそもそもが使い捨てである銃弾ならば話は別だ。耐えきれずとも問題は無い。存分に使い捨ててしまおう。

 

 短時間で三機のベルゼヴァートを撃破。一度見たトリッキーな動きに戸惑う事も無い。既に相手の情報はカルロスの頭の中に入っている。ベルゼヴァート、エルヴァートに隠し玉が無い事は把握済みだ。

 

 その段になってレグルスも気付かされた。カルロスが単機で此処にいる理由。それは判断ミスでも予想外による物でも無い。

 もっと単純な話だ。彼は、この場での勝利を確信している。だからこそこうして姿をさらしているのだと言う事に。

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