27 龍と龍:4

 これでようやく話はシンプルなものに成る。妹分に助けてと言われた。だから助ける。別に言われなかったとしても勝手に助けるのだが、一人でも大丈夫だから帰ってと言われて黙っている訳にもいかない。

 

 機龍の装甲がスライドして武装が姿を見せる。全身から砲口を露わにした姿は龍と言うよりもハリネズミの様な印象さえ与えさせる。的は大きい。屍龍に当てるだけならば細かな照準は要らない。トーマスは次から次へと碌に狙いも定めずに弾幕を張る。当初は屍龍も避ける仕草を見せていたが、命中しても効果が無い事が分かると避ける事もしなくなった。

 

「大罪法か……」


 どんな物かはいまだに不明だが、防御力を高めているのは間違いない。幸いと言うべきか、機龍の収束衝撃砲や螺旋爪辺りは効果が有るのである程度の攻撃力を持つ物ならその守りを突破できるのは既に実証済みだ。ならばとトーマスは考える。自分が新たに手にした力は通用するか否か。問題はトーマスが機法を自分の周囲以外で発動させることが出来ない事だ。機龍の背中に接続している現状、屍龍が機龍を押し潰しでもしない限り近接戦闘の機会は無い。

 

「……まさかライラ達のやってたことを参考にする日が来るとは思わなかった」


 魔法道具を作る際に、射法の才が無い者はどうやって遠距離に魔法を発現させるか。その答えは簡単だ。魔法で飛ばせないのならば、物理的に飛ばせばいい。帝都で魔法道具をスリングで投げていた錬金科二人を思い出す。撃ちだす弾丸の一つに、己の機法である爆発を刻み込む。瞬時に炸裂しそうになるそれをどうにか抑え込んで、起爆よりも先に飛ばす。至近である事が幸いした。相手の表層に命中した瞬間に爆発を引き起こし、屍龍の守りを貫く。

 

 咆哮。取るに足らぬ攻撃だと思われていた中に手痛い一撃が含まれていた事に怒りを露わにする屍龍にトーマスは鼻で笑った。

 

「雪玉の中に石を詰めるよりは可愛いもんだろ」


 雪が降った日の騎士科の雪上訓練……と言う名の雪合戦で本当に合った事である。

 

 九割は無害な攻撃の中に、機法を紛れ込ませることで屍龍の意識もそちらに割かざるを得ない。そうする事で本命である機龍の攻撃も通りやすくなっている。相手の動きには戸惑いが見えた。それを見てイングヴァルドが吠える。

 

「停滞し時の流れよ!」

「戦闘中もそれなのかよ!」


 さっきまで泣いていたとは思えない勇ましさと、ぶれないキャラクター作りにトーマスは驚く。だが、イングヴァルドの言にトーマスも賛成だった。

 

「人の意思が入って怖さが無くなってんぞ!」


 良くも悪くも、今屍龍に指示を出している人間は凡庸だ。少なくとも突出した天才では無いし、今のアルバトロスの現状に動揺しない程の鉄面皮でも無い。壊走しつつあるアルバトロス軍の方を気にしているのが分かる。屍龍の防御力と攻撃力を考えればただ只管にゴリ押しされるのがこちらにとっては一番嫌な展開なのだ。何しろ基本的に攻撃力も防御力も再生力も何もかもが機龍の方が劣っている。力押しされたら抗しきれない。

 

 これならまだがむしゃらに本能で責め立てられた方が怖かった。

 

「尾を使うぞ、ルド!」

「うむ!」


 尻尾は特別性だ。本来の龍体の骨格を取り外した代わりに取り付けられたのはワイヤーテイルの技術を応用した長大な鎖剣。テイルブレードとでも呼ぶべきか。それは多数の刃のロックを外し、ワイヤーを展開する。そのままでも自身の正面への攻撃が出来るが、その真価を発揮するのは尾を振り回した時だ。

 連装の刃が弧を描いて奔る。細かい刃。巨大な刃。一見すると乱雑に並べられたそれは効率的に肉を切り裂くための構造をしていた。鞭の様にしなるそれが屍龍の表面を撫でる。何事も無く通過したかのように思えた次の瞬間。重々しい音を立てて屍龍の右前脚が切断された。それだけでなく腹部へも深い深い傷を残した。その代償としてテイルブレードの刃は幾つかが弾け飛び、歪んだが大戦果である。

 

「行けるぞ!」

「我が秘奥を見せる時!」

 

 ここが勝負どころと判断したのだろう。イングヴァルドが機龍の切札を切る事を宣言した。機龍の腹部。その装甲がスライドし、その奥に秘められた最大の武装が姿を見せる――。

 

 そのタイミングで屍龍の目が怪しく光る。途端、機龍の動きが止まる。困惑したようなイングヴァルドの声がトーマスの頭の中に響く。

 

「これ、は……?」

「どうしたんだルド!」

「動けない!」


 虚飾を全て取り払った返答は彼女も切羽詰っている証だった。屍龍に集っている魔力。トーマスには魔法に対する素養は然程ない。そんな彼でも分かる。今屍龍が使おうとしているのは不味い物だ。

 

「大罪法の最大展開……! カルロスが使ってるあれみたいな奴か」


 『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』は相手の魔法を完全にコピーする物だった。ならばこの屍龍の大罪は何なのか。その答えはこれまでの中から見えてくる。

 

「炎さえ凍り付かせる停滞。自分を傷付けさせない防御力……こいつの大罪は」

「永劫。人の営み、文明の新陳代謝を否定する邪神の歪んだ管理欲!」


 『|大罪・永劫(グラン・ベルバータ)』。それこそがこの紛い物の龍が宿す大罪であった。永遠の物が有れば人は新たな物を産み出さない。壊れるから。死んでしまうから。だから人は新しい物を、人を産み出すのだ。それを否定するこの大罪はまさしく人の世を否定する大罪だった。

 今機龍の動きを止めているのはただの余波だ。まだ最大展開では無い。それを受けたらイングヴァルドは永劫解けぬ停滞の中を漂う事になるのは間違いなかった。機龍に対抗する術は無い。

 

 だが、トーマスのデュコトムスは別である。機龍には含まれなかったのか。屍龍に取ってデュコトムスなど敵では無い故に視界に入っていなかったのか。その理由は定かでは無い。だが千載一遇の好機であることは違いなかった。接続を解除して、機龍の背中で立ち上がる。運命の悪戯か。或いは己で掴み取った物か。必要な物はここに揃っていた。日緋色金の槍を構える。

 

「……対龍魔法(ドラグニティ)」


 今の自分には手に余る奇跡。トーマスはそこに手を伸ばす。

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