26 龍と龍:3

「わ、我が身に許しなく触れるとは……」


 動揺が激しいのか。イングヴァルドの罵倒にも常の難解さが無い。トーマスもトーマスで今の接続がイングヴァルドにどんな影響を及ぼしているのか知らない。何か変な声出していたな、くらいにしか思っていないのだ。そんな事を考える余裕も無かったと言える。

 

「手伝いに来たぜ」

「手助けなど……」


 渋る気配。トーマスはイングヴァルドが彼の言葉を拒絶しようとしているのを敏感に察した。だからイングヴァルドの言葉を続けさせない為畳み掛けるように口にする。

 

「ルド一人じゃ機龍の武装全部使えないだろう」

「我が権能に不可能など無い!」

「いや、強がっても現実として使えてないからさ……」


 機龍には多量の銃火器も搭載されている。それらが屍龍にどれだけ有効かは確かに疑問だが、牽制くらいにはなるはずだった。イングヴァルドはそれらを使っていない。というよりも、使い方が分からないらしい。龍族である彼女は肉体の延長にある機能は活用できるが、装甲の下から飛び出す銃口には適応できなかったらしい。

 それ故に、トーマスが役に立つ。各所にある銃火器による援護。そして今はそこに機法も加わる。決して役立たずでは無かったはずだった。

 

 龍と龍がぶつかり合う。その衝撃に、トーマスは機体をしがみ付かせて耐えながら声を絞り出す。

 

「足手まといにはならない。俺にも、一緒に戦わせてくれ」

「されど……」


 イングヴァルドとてトーマスの言葉が正しい事を認めていた。少なくとも彼の存在はマイナスにはならない。拮抗しているバランスに、一押しを加える事は有り得るだろう。

 だがそれとは別の所で忌避感がある。その感情がイングヴァルドには自分でも分からない。初めて会った時から胸に不快な感覚を覚えさせる男だった。ルドと呼ばれる度にその感覚は強くなった。だけど嫌いでは無い。そう思っていた。だが今一刻も早くこの場から遠ざけたいと思ってしまう。

 分からない分からない分からない。イングヴァルドは戦いに割く意識と、己の中の情動を分析する意識に分かたれている。どうしてこの戦いに彼を参加させたくないのか。いや、そもそも――メルエスと言う国を守っていた頃から戦いに他者を参加させたいと思った事が有っただろうか。そう考えれば答えが出てくる。

 

「や……」

「うん?」

「ダメ」


 控えめながら否定の言葉。それを聞き返したトーマスに帰って来たのはイングヴァルドの泣きそうな声。

 

「死んで、欲しくない」


 その願いに全てが集約される。皆皆皆。誰一人だって死んでほしくなかった。だけどアルバトロスとの戦争。そしてその中のイビルピースとの戦い。死んでほしくないと思っていた人たちは次々と散って行った。イングヴァルドを守る為。この世界を守る為。彼らはその命を捧げた。

 それが、イングヴァルドにとっては堪らなく悲しい。自分が強ければ防げた事態だった。自分が立派だったら掬い上げられた命だった。自分が、自分が、自分が。その自責の念は消えることなくイングヴァルドを縛る。龍皇である。皆を率いる物である。未成熟であってもその為に自分はあると定義していた。本当は自分が皆を守らなければいけないのに。そうする事が出来ない。出来るのは精々が遠ざけて、巻き込まないようにすることだけ。

 

 そんなイングヴァルドの思いは全てではないがトーマスにも伝わっていた。その上で。

 

「馬鹿じゃねえの」


 トーマスはそう言い切った。

 

「なっ」

「俺も偉そうなこと言える立場じゃないけど……ルドの今の考えが間違いだらけの大間違いだってのは分かるぜ」


 自分が。そう思った事はトーマスだって何度もある。五年前のあの日。新式の試作機が奪われた日。即ち彼ら第三十二分隊が命を落とした日。カルロスはヴィンラードに敗れた。クレアは連れ去られた。そして他の七人は……戦った末に敗れた。その敗北の原因は自身にあるとトーマスは思っていた。騎士科三人が前衛として立つ中で一番最初に斬られたのがトーマスだったのだ。それをフォローすべくケビンとガランが奮戦し、後ろに下げられたトーマスは最期まで見ていた。他の六人が斬られていく光景を。まだ息が有るか無いかの様な時にテグス湖へと投げ入れられる瞬間までトーマスはずっと思っていたのだ。自分が持ちこたえられていれば。そうすれば自分たちは――。

 

 だからイングヴァルドが自分さえしっかりしていればと言う想いは分かるのだ。だがそれをトーマスには認められない訳が有った。

 

「お前はまだ本来守られるべき側だろうが!」


 大陸での成人は概ね十五歳。国によっては十八歳だ。その意味で、あの時のトーマスは既に成人を迎えていた。だから、その選択の責任は自分に帰結する。だがイングヴァルドは実年齢は兎も角精神年齢はまだ十四歳だ。ギリギリその要件を満たしていない。

 

「子供が大人を守るなんて考えなくて良いんだよ!」

「わ、余は1400の時を――!」

「中身がそれに伴ってないんだよ!」


 その言葉はイングヴァルドに深く突き刺さったらしい。種族的な特性だから仕方ないとしても、他の種族と比べると成長が遅いというのは彼女のコンプレックスでもあった。

 

「よ、余は王で……」

「王様だったら後ろでふんぞり返ってればよかったんだよ。お前が体張って一人で傷付く必要なんてない」


 見誤っていたのだとトーマスは思う。誰も彼もがイングヴァルドと言う少女の本質を見誤っていた。彼女は確かに誰かを守りたいと思う善性の持ち主だ。その為には戦う事も辞さない。だが――。

 

「怖いなら怖いって言って助けを求めてくれよ。一人で強がんなよ」


 出撃前に彼女は震えていたのだ。怖いと。

 こうして相手と同調してそれが掛け値なしの事実だと分かる。トーマスが見誤っていたのはその度合いだ。イングヴァルドも本当は泣き出して投げ出したいくらいに怯えているのだと。その癖他人にはそれを味あわせない様に遠ざけようとする。不器用にも程が有った。

 

「――けて」


 誰も、イングヴァルドにその言葉を投げてやらなかった。それがトーマスには腹立たしい。王としては正しいのかもしれない。弱みを見せてはいけない。強い姿を見せないといけない。王様に対する哲学の分からないトーマスにとってその是非は問わないし問えない。ただ、1000年を超える時を生きて来たという言葉に惑わされて、イングヴァルドの本質に目を向ける者が少なかったのではないかと思えて仕方がない。

 

 親とは幼い日に死に別れたという。もしかしたらその感情を言葉にした事が無いのかもしれない。だからこそ。

 

「助けて……トーマス……」


 こんな子供なら何度言ったかもわからないような助けを求める言葉を出すのにこんなに手間取ってしまったのだ。

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