25 龍と龍:2

 遠目にも、機龍は傷付いていた。前回以上に多い損傷。特に左半身が酷い。屍龍の能力が上がった訳では無いだろう。その理由を考えトーマスは思い至った。屍龍は前回以前の戦いとはその知性を変化させている。アルバトロス軍との連携を可能にしたその変化。戦術の変化と言うのが挙げられるのではないか。

 

 その推測は眼前で裏付けられた。敗走しかけているアルバトロス軍を追撃しようとするハルス軍。それを狙った屍龍の攻撃を、機龍はその身を挺して防いでいたのだ。それが前回以上の損傷の理由。半身にのみダメージが集中した訳だった。

 

「馬鹿野郎……」


 その行為でどれだけのハルス兵が救われただろうか。その代償として機龍はジリ貧の状況に追い込まれていた。その窮地を救うべく、トーマスは手にしたパイルハンマーを片手に屍龍の脚へと走る。恐らくは大罪法によって防護を固められている脚部。それを突破すべく自身を通して機体の魔力を練り上げる。

 ずっと機体の加速に使っていたこの機法。それは本能的にトーマスがこれから役立つ機法は火力では無くそう言った機動力、防御力などの部分だと察していたからだ。魔導機士を倒すのに対龍魔法(ドラグニティ)の様な火力は不要。発展している銃火器の類で十分すぎる物だった。ならばその得られた特異性を対魔導機士で活かす為にはそれ以外の箇所に振るべきだと判断していた。その結果がこの指向性を持たせて加速に使う爆発だ。

 

 ならば逆に、魔導機士以外。それこそ龍族の様な相手に対抗するためには。これまでと同じ対龍魔法では効率が悪い。今ある武器に何かを上乗せする形で威力を高める。その結論に達したのだ。

 

 故に。

 

「ぶ、っとび、やがれ!」


 パイルハンマーのハンマー部。その末端が火を噴く。連続的な爆発による推進力。柄が悲鳴を上げるがその全てを無視してカルロスは強引に加速させたハンマーを屍龍へと叩きつける。更に激突地点に指向性を持たせた爆発。龍鱗と、その上に展開する大罪法による守りを纏めて貫こうとする。それでもまだ足りない。事ここに至って躊躇う理由など無い。鉄杭の連続開放。一瞬で五発の杭が寸断無く撃ち込まれ……遂に屍龍の守りを突破した。

 

 たった一本の杭。肉へと潜り込んだそれが炸裂する。完全に小物として意識していなかった魔導機士から痛撃を与えらえて、屍龍は怯んだ。その隙を見逃す機龍では無い。右手の爪を展開させた螺旋爪が屍龍の肉を抉り取って行った。


 手痛い傷を負わされて、この戦いで初めて屍龍が後ろに下がった。一体誰の意思が反映されているのかは不明だが、アルバトロス軍の敗走も関係しているのだろう。屍龍だけがこの場に残っても然程の意味が無い。

 その見せた僅かな猶予。それを逃さずトーマスは機法とワイヤをも駆使して機龍の背中へと駆け上がる。パイルハンマーは全ての杭を打ち出して役に立たないので投棄。身軽になったデュコトムスは一気に機龍の背部へ到達する。僅かな身動ぎはイングヴァルドの当惑を示している様だった。

 心中でトーマスはイングヴァルドに謝る。これからやる事は当惑では済まないだろうという確信が有った。

 

 モールドの様に加工されているが、巧妙に偽装された足を掛ける為の箇所にデュコトムスの脚部を固定する。強化試作型とは言え、四肢の末端部はデュコトムスと変わらない。しっかりと噛み合い、機体が固定された。

 

 小型の盾。これはもう完全に梃子として持ち込んだ物だ。ライラから指示された箇所。その装甲版の隙間に盾の先端――本来ならば打突に使い、敵にダメージを与えるために細くなっている箇所を押し込んで梃子の要領で外す。これでこの盾の役目は終わりだった。躊躇いなく投げ捨てる。

 

 露出したのは一つの接続部。最後の工程はそこにデュコトムスの左拳を叩き込む事。

 

「ふぎゃっ!?」


 途端に聞こえてきたのはイングヴァルドの悲鳴だ。本来、完全に機龍と同化しているイングヴァルドとは通信は不可能だ。通信機と言う物を自分の一部として認識できなかったイングヴァルドにとって己の意思を外に伝えるのは声しかない。だがその声も拡声器を搭載する時間が無かったため、外には出せない。

 ならば、イングヴァルドと意思疎通をする為にはどうすればいいのか。

 

 テトラとライラは考えた。声を外に出さずに精神を一体化すればいいんじゃないだろうかと。天災の発想である。だが当然の様にその悪魔的な発想は却下された。ついでとばかりに提案していた合体機能も認められることは無かった。

 

 カルロスはそれで安心していた。だからその後に提案された一つの機能を特に何も考えずに了承してしまったのだ。その時、二人が浮かべていた笑みに気付くことは無く。

 

「や、そこ……だめぇ」

 

 緊急時の外部からの制御掌握機能。それは必須とも言える物だった。万が一。本当に万が一機龍が奪われるような事に成れば大損害である。アルバトロスは屍龍の精神体と言う物を作り出した実績がある。それを使えば機龍を奪う事も不可能では無い。そうした時に外部からコントロールする手段は必要だった。

 その為機龍には二つの操縦系が存在する。一つはイングヴァルド自身が機龍と一体化する龍族の龍言魔法による制御。こちらは完全な龍族依存の能力である。テトラ達が仕込んだのはもう一つ。魔導機士の操縦系を応用した物だ。カルロスの操縦系では人型にしか対応していない。強引に当て嵌めても精々が四つん這いになっている人程度の再現しか出来ず、それで龍の身体を自在に操る事など不可能だ。出来て矛盾した指令を出す事で機龍の動きを止める事くらいである。

 

 だがそれは転じて一つの身体に二つの意思を反映させると言う事である。それを狙っていたあの二人とハーレイは努力を続け、制御系の融法を転用してイングヴァルドと外部接続者の意思を通じ合わせる方法を確立したのだ。トーマスがやろうとしていたのはそれである。

 

「あっ……」


 では何故こんな悩ましい声を出しているかと言えば。

 イングヴァルドは機体と完全に同一化している。それは隅々までに己の意思を届けるための措置だ。そこに、トーマスと言う第三者の意思を反映させようと操縦系を介した物が全身に行き渡った。それはトーマスに動かす気が有る無しには関係の無い物だ。結果としてイングヴァルドは今、全身を走る他人の意思に悶えている。

 

 それは例えるならば、服の隙間から手を入れて全身隈なく撫でまわすかのような所業である。精神年齢十四歳の少女に、二十三歳程の男が。事案であった。

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