28 龍と龍:5

 対龍魔法(ドラグニティ)とは何か。その問いかけに対してトーマスは答えるべき言葉を持ってはいない。

 知識としては相応の物がある。古式魔導機士の秘奥。対龍族の切札。人龍大戦時はその業を以てして龍を屠った人の生み出した極限。カルロスから聞かされた知識の全てを覚えている訳では無いが、幾つかの術式名を知りもしている。

 

 それは先ほど撃破したヴィンラードの『|飛雷収円刃(フルムーンライトニング)』。機法でもある雷の力。それを円環状に変形させた大鎌に纏わせて投擲する遠距離攻撃の技。自在に軌道を変える円刃は空に在っても龍族や眷属たる竜種の翼を裂き、地面へと叩き落したであろう。

 それはカルロスの義兄であるイーサの駆るガル・エレヴィオンの『|滅龍の炎獄(インフェルノ)』。空に放てば遠距離攻撃、地に放てば広範囲攻撃。収束した炎を打ち出す一撃は地面すらも溶解させるだけの熱を持つ。更にもう一つ。炎を自身の背で受け、加速に使う爆翼陣。その極致たる『天翔流星(ハイぺリオン・シューティングスター)』。音さえも置き去りにする超速の突進は日緋色金の突撃槍の強度もあって並大抵の防御では防げない。城壁さえも貫けるだろう。

 それはアレックスが乗機、ガル・フューザリオンの『|封龍の永久凍土(コキュートス)』。斧から放射される海さえも凍らせる永久凍土を産み出す力。どんな熱であってもその温度を失わせる絶対零度はやはり彼の機体が持つ氷の力を極めた物。

 

 何れも共通しているのは機体の持つ機法を極限まで拡大した物と言う事だ。ならば、まず向かい合うべきは自身の機法について。その正体を知らなければいけない。

 

 爆発だ。その効果をトーマスは加速にしか使っていないが、爆発であった。それを如何に極めるか。

 

「やべ、思いつかねえ」

「我が従者よ!?」


 思わず零れた本音にイングヴァルドが慌てた。

 だがそれがトーマスの偽らざる本音だ。爆発。それは良い。ではそれを拡大して行ったら何が出来るか。言うまでもない。大爆発である。想像してみる。その大爆発が屍龍に命中したところを。まあそれなりに傷は与えられると思う。だがそこまでだ。知識にある――或いは目にしてきた対龍魔法(ドラグニティ)とぶつけた時、打ち勝てるイメージが全く浮かばない。それはこれから相手が見せる大罪法においても同じ事で。

 

「『|大・爆・発(スーパーボム)』! って言って何とかならないかな……」

「眼に現世を映すべし!」


 現実逃避をするなという叱責の意思を感じてトーマスは再度頭を悩ませる。そもそも、機法を使っている時も殆ど本能的に使っていたのだ。改めて知恵を絞っても良い案など浮かぶはずもない。そう言う頭脳労働はカルロスやグラムと言った賢い組の担当である。カルロスは実の所脳筋だが。

 

 魔力を込める。今のデュコトムスに遺された魔力を全て注ぎ込んだ日緋色金の槍は木が枝を伸ばす様に巨大化していく。そこに、砲弾の機法を乗せた要領で機法を封じ込めていく。――カルロスが見たら何をしようとしているのか気付いただろう。そして悲鳴を挙げた事は間違いない。トーマスがやろうとしている事はそれほどの暴挙だった。

 

 機龍の背中から跳躍する。更に爆発によって高く。屍龍を見下ろせる高さまで跳んだデュコトムスは全身を振り絞って槍を番える。それは投擲の構え。

 

「喰らいやがれ!」


 爆発による推進力。位置エネルギーを運動エネルギーに変える為の高さ。デュコトムス自身の膂力。それらはただの槍投に龍鱗を貫くだけの威力を与えた。今の屍龍は大罪法を放つ為に全身に纏っていた永劫による防御が消え去っている。それ故に単純な物理攻撃も通用するようになっていたのだ。果たしてトーマスがそこまで読んでいたか。

 

 貫通し、体内に埋まった槍。そこにはまだ、トーマスが先ほど山ほど封じ込めた機法が眠っている。対龍魔法(ドラグニティ)にも耐えられるだけの増幅装置である日緋色金。トーマスの機法はその増幅限界まで一瞬で到達させる。

 

 トーマスは自身の機法を爆発だと思っていた。

 

 だがその実態は違う。爆発はトーマスの機法が齎した結果に過ぎない。彼の本当の機法は――加速。空気の中に含まれている極小の素因。それを限界まで加速させたことで温度が急上昇し、空気の体積が一気に膨張した事で爆発と言う事象になっていたのだ。

 それを、日緋色金にも当て嵌めた。魔力を込めて体積を増やす物質。その増加を加速させたらどうなるか。その答えは今目の前に広がっている。

 

 屍龍の全身から伸びた金色の棘。それは膨張した日緋色金が破裂したかのような勢いで伸ばした物。栗か雲丹かと言った見た目に変えられた屍龍。リビングデッドである以上、大原則からは逃れられない。即ち、コアとなるエーテライトが砕かれたら終わり。本物の龍族ならば、この傷であってもまだ仕留めきる事は出来なかっただろう。

 或いは人が操るのではなく、当初の精神体だったのならば。その本能でトーマスの投槍を受けてはいけないと察して迎撃か回避を選んだだろう。

 

 屍龍の巨体が崩れていく。地面に吸われるようにどんどんと希薄になっていく。イングヴァルドの龍体だった物はもう彼女の手から離れている。親から送られた己を守るための鎧が塵へと消えていくのを見て、イングヴァルドは静かに嗚咽を堪えていた。そんな彼女にトーマスは言った。

 

「我慢することねえって。泣きたい時は泣けばいいんだよ。俺なんかしょっちゅう泣いてるし」

「我は、龍皇なれば……」

「立場で泣いちゃいけないなんて法はねえよ。どうせ俺以外に聞いている奴なんていないんだし」

「ず、ずるい」

「何が」

「そんな事を言われたら……我慢できなくなる」


 本当に、不器用な育ち方をした困った妹分だとトーマスは苦笑する。

 

「だから我慢する事無いんだって」


 その言葉で、堰を切ったようにイングヴァルドは泣きじゃくる。母親の名を繰り返し呼んで、謝罪を続ける。その哀切さに、トーマスも涙が出そうなほどの情動を覚えた。だが、仮初の肉体はそれを許してはくれない。

 しばしの後に泣き止んだイングヴァルドはしゃくりあげながらトーマスに問う。

 

「我が従者よ」

「うん?」

「この戦いが終わったらどうするのだ?」


 直球の問い掛けにトーマスは口ごもる。この戦いが終わったら。考えた事も無かった。否、考えないようにしていた。何故なら、この戦いが終わった時、自分たちは――。

 

「……何だ?」


 ふと、トーマスは自分の身体に違和感を覚えた。地の底に引き込まれるような感覚。今しがた頭を過った事態が現実になったのかと慌てる。だが違う。これは――。

 

「カルロス!?」


 その叫びを最後に、トーマスの身体が霧散していく。魔力で編まれた肉体が消え失せる。それは彼だけでは無く――。

 

「これは!?」

「おいおいおい!」

「あーあるあるか……」

「不味い……マークス!」

「ダメ、分解の方が速い……アッシャー!」

「っ、耐えられない!」


 眼前で、六人の身体がほつれるように消えていくのを目の当たりにしてクレアが動揺する。

 

「皆!」


 その先の言葉が続けられるよりも先に。

 第三十二分隊はこの大陸から姿を消した。

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