24 龍と龍:1

 後方に戻り、機体から降りたところでトーマスは安堵の息を吐く。ケビン機をガラン機とトーマス機で抱えながらの後退。まともに戦えるのが一機という状況は心身にかける負担が大きかった。だがアルバトロス軍は最早壊走を始めている。奇襲の可能性は低いと頭では分かっていても、だ。

 

 同様にケビンもガランも機体から降りたところで。

 

「いきてたかこのやろー!」


 と、テトラがガランの背中に平手一発。そこから続けて。

 

「生きていたなら手紙位だせー!」


 とライラが突き飛ばす様な勢いで。

 

「えっと、お、おかえり!」


 カルラが唆されたのか力加減のしていない様な勢いでタックルを。

 

「お帰りなさい」


 割と淡々とクレアが優しく肩を叩き。

 

「無事で嬉しいよ」


 グラムがいたわる様にケビンの背中に手を軽く当てた。

 仲間が帰還した。その事にそれぞれの形で喜びを示していた。何故このタイミングかと言えば行きはハーレイが何も意識せずにガランに機体を渡してしまったからである。ついでとばかりにトーマスとケビンも倣っておく。

 

「出てくるタイミング見計らっていただろお前」

「通信入れなかったのはちょっと演出しようとか思っていなかったか?」

「してねえよ!」


 二人の邪推にガランは全力で否定する。そうしたところで顔を見合わせて三人して腹が痛くなる程笑いあう。そんな彼らを少しだけ羨ましそうにネリンが見守る。そうして、代表してトーマスが言った。

 

「仇、討って来たぜ」


 その言葉にクレアを除く面々が静に頷いた。それが一つの区切りであることは間違いなかった。それぞれがそれぞれ、終わりを受け止めている。その中でトーマスだけがまだ止まっていない。イングヴァルドの救援に行くべく、次の行動を起こす。動かせる機体の確保。生身で助けに行く訳には行かない彼としては当然の選択だった。

 

「手酷くやられたみたいだね」


 おっとり刀で駆け付けたハーレイに、トーマスは若干焦りの見える口調で己の要望を告げる。

 

「アストナード先生! 直ぐにこいつを動かせるようにしてくれ!」

「いや、そんな無茶を……」

「無茶なのは分かってるけど急いでくれっ」


 ハーレイはトーマス機の損傷を見て首を横に振る。胸部装甲の損傷と、破損した右の指。確かに部品交換で済むような物ではあった。ただ問題がある。


「これは……いや、無理だ。ここにある設備だけじゃ本格的な整備が出来ない。操縦席周りだけでも一時間はかかる」

「くそ……だったら武装とエーテライトの補給だけで良い。装甲の隙間を広げれば視界位は……」

「流れ弾で死ぬつもりかい君は!」

「……良く分かんねーだけど、そんな急ぐ理由があるのなら俺の機体を使ったらどうだ?」


 現状が良く分かっていないガランが親指で自分が乗っていたデュコトムス強化試作機を指して言う。その手が有ったかとトーマスは表情を輝かせる。トーマスのその感情の動きの理由が分からないガランはやり取りを見守っていた女性陣+1に尋ねた。

 

「何であんなにトーマスは焦ってんだ?」

「愛だね」


 異口同音に女性陣が口を揃えて言った。ますますわからないという顔をしたガランはグラムに視線を向ける。そうすると彼は肩を竦めて答えた。

 

「まあ愛じゃないかな?」

「いや、本当に何が有ったんだよ……」


 ガラン機へと駆けていくトーマスを見送りながらガランはぼやく。だが、しばらくすると口元に笑みを浮かべた。

 

「何だろうな。しばらく見なかったうちに良い顔するようになったじゃねえかアイツ」

「……思えば、トーマスだけは先に進もうとしていたな」


 停滞し、最期の瞬間を続けている彼らの中で、トーマスだけは一人変化を起こそうとしていた。結果として詐欺だったが結婚しようなどと考えたのは彼だけだ。自分たちはもう終わっていると。そう考えながらも終わらせないと動いていたのは彼一人だった。

 

「トーマス! この地点に僕達でトラップを仕掛けてある……上手く誘い出せばそれなりに役立つはずだ!」

「ありがとグラム!」

 

 投げ込まれた地図に目を通して場所を頭に叩き込む。屍龍相手にどれだけ効果があるかは未知数だが、足止め位ならば叶うかもしれない。慌ただしく補給されていく機体を見上げているとテトラとライラ、ハーレイもやってくる。

 

「機龍の援護に行くんでしょー?」

「当然」

「だったら大事な事を教えてあげよう。一度しか言わないからよーく聞くんだよ?」


 そう前置きされてライラから告げられた内容に、トーマスは流石に困惑した。

 

「え、正気でそんな機能付けたの? ルドとかアルに怒られない?」


 本気では無く正気と言った所に彼の困惑度が現れている。それに対する彼女の解答は何一つトーマスを安心させる要素の無い物だった。ここまで不安を掻き立てられる返事と言うのも珍しい。


「大丈夫! 知らないから!」

「……頼むから後で弁明してくれよ? 俺知らないよ? 知らぬ存ぜぬで通すぞ?」

「男らしくないなあすれすれ」


 罪を被る事が男らしいというのは如何な物かと思わずにはいられなかったが、有用な情報ではあった。一つ礼を告げてトーマスは機体へと乗り込む。

 機体への補給も完了した。対龍装備、パイルハンマーにワイヤー付きのクロスボウ。そこに小型の盾。そしてもう一つ。

 

「折角だ。こいつも」


 戦場から回収してきたヴィンラードの槍。日緋色金製のそれは機法を扱えるトーマスにとっても重要な物だ。機法の最大出力。対龍魔法(ドラグニティ)には欠かせぬ物だった。ヴィンラード用の物であるそれを使いこなせるかと言う不安はあるが、無いよりはマシだと割り切った。少なくとも増幅装置としては役に立つ。

 

「……待ってろよ、ルド」


 妹分を助けるべく。トーマスは単身戦場へと舞い戻る。強化試作型のデュコトムスに、己をコアユニットとして発現した機法。そしてグラム達が用意した罠。それだけが自分の持つ手札だ。それがどれだけ龍同士の戦いに役立てるか分からない。だがここで生還するという選択肢は有り得なかった。

 再度足裏に爆発を――それでも大分手加減しながら――起こして加速していくデュコトムス。地響きを立てながら組み合っている二体の龍型の元へと向かっていく。

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