23 アウレシア戦線:12

 あの日。地下の魔導炉を自爆に導いたガランは、ほんの僅かな猶予を無駄に過ごす事はしなかった。

 自爆操作をしたら即座に自爆する訳では無い。そこには五分少々の時間が有った。だが地上に出るのは屍龍を動かす可能性が有るので論外。だが、ガランには一つ試してみたい事が有った。それは一番最初の作戦計画。即ち隠し通路からこの地下魔導炉へと潜入し、自爆させるというプランだ。

 あの時、危険ではあるが決死隊であるという空気は無かった。翻って、逃げるだけの時間はあると言う事ではないかと考えていたのだ。

 屍龍が要塞上部に舞い戻るまでの時間、ガランは地下室を探し回る。余り期待していた行為でも無かった。何しろ、元々の用途が要塞を奪われた時の自爆だ。隠し通路の存在は容易には見つからない場所に隠されているだろうと思っていた。

 ――見つかったのは本当に偶然だ。地上を更地にする為に暴れた衝撃か。地下室も一部が崩れていた。その崩落していた場所に隠し通路への扉が有ったのだ。

 

「……階段の段の隙間とか良く作ろうと思ったな」


 段を丸ごと一段取り除く形で露わになったその通路こそがガラン生存の鍵だった。自爆操作を終えた彼は即座にそこに飛び込み、只管真っ直ぐに走る。そして五分が経ち、自爆した魔導炉が要塞跡地を崩落させていた頃、ガランは如何にかその崩落に巻き込まれない場所にまで逃げ延びていたのである。

 

 そこからが大変だった。

 

 元来た道は完全に崩れ、押し潰され。灯りの一つも無い暗闇の中、手探りで進む。その果てにあったのは行き止まりと言う既知の現実。隠し通路が埋もれていたから行われた失墜作戦だ。こうなっているのは分かっていた。だからガランに落胆は無い。ただ、地道に。その土を取り除くことに取り組むことにしたのだ。

 土木作業に特化した魔法使いが作業してもそれなりに時間のかかる崩落現場だ。ただの人間ならば掘り抜くよりも先に酸素が尽きる。それを乗り越えても食料が無い。リビングデッドであるガランでなければクリアできない条件だった。そして指先をボロボロにしながら、只管数か月掘りつづけ――ガランは遂に地上への帰還を果たしたのである。

 本当は誰かが反対側から掘ってきてくれると思っていたのだが、完全に死んだと思われていたガランに、今となっては開通させる意味の無い隠し通路。そうした事情が重なって放置されていた。完全にカルロスの失策である。

 

 そして決戦部隊に資材を運ぶ補給部隊に紛れ込み、本陣で待機するハーレイと合流し、機体を受け取ってここまで来たのだ。

 

「お前……生きていたのか」

「死んでるけどな」


 感極まって、震えた声を出すケビンに、ガランは何時もの調子で答える。

 

「いぎででよがったよおおおおお」

「ったく、お前は変わらねえな」


 涙声でガランの帰還を喜ぶトーマスに彼も流石に苦笑を返す。それは何一つ変わっていない戦友たちに安堵の笑みでもあった。

 

「ところで済まん。アストナードの奴から早く行けって蹴り出されて全く状況が分かっていないんだが……あそこで戦ってるのは何だ? 何かこう、俺達の戦争とは次元の違う戦いをしているんだが……」

「そうだ、ルド!」


 龍族の参戦を知らないガランの問い掛けにトーマスは意識を引き戻した。まだ戦いは終わっていない。彼女の援護をし、屍龍を打倒して漸く終わるのだ。

 

「この機体では戦うのは無理だな……一度退くぞ、トーマス。ガラン、援護を頼む」

「あいよ……その前にトーマス。やる事が有んだろ?」

「え? ああ。そうだな」


 やる事と言われて、トーマスは一瞬分からなかったようだが直ぐに納得して頷く。

 

「俺で良いのか?」

「どう考えても殊勲賞はお前だ」

「堂々と行け。堂々と」


 二人に後押しされて、トーマス機はボロボロの機体を引き摺りながらヴィンラードの槍を引き抜く。破壊された左腕を突き差し、そしてそれを天に掲げて叫んだ。

 

「敵の大将は討ち取ったぞ!」


 ヴィンラードの残骸を見て、アルバトロス軍は今度こそ完全に崩壊した。総大将を失ったという動揺が瞬く間に全軍に広がり、統制を失っていく。その乱れた連携にデュコトムス部隊が切り込み、更に混乱を広げた。辛うじて拮抗していた戦線が崩れていく。それを見届けて、ガランは二人を先導する。

 

「それじゃあ一度後方に戻るぞ」

「……ああ!」


 一瞬、トーマスはこのまま屍龍と機龍の戦いに向かいたいという表情をしたが、それをどうにか押し留めて一時後退を決意する。補給をしなければこの機体状況ではまともに戦えないと理解したのだろう。

 

 アルバトロス軍は敗れた。だがまだ屍龍は健在であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 地上でその決戦が行われていた頃。

 

「……やはり、ここで魔力が澱んでいたか」


 単独行動を続けていたアルは地下空間を先へと進んだ。その先こそが、ハルスの各地を回って魔力の流れがおかしくなっていた原因だと突き止めたのだ。

 

「強引な地脈への魔力の流入現象。それさえもここに収束している。これだけの魔力を、一体何に……」


 呟きながら歩を進めるアルの耳に、乾いた手の叩く音が響く。

 

「いや、お見事。まさかここが突き止められるとは……」

「貴様……何者だ」


 静かに、指先に魔法を宿しながらアルは誰何する。長い年月に応じた実力をアルは持っている。そのアルでも手の叩く音が聞こえるまでそこに誰かいると認識できていなかった。動揺を表に出さない様にするのは然程の苦労は無かった。しかし暗がりから出てきた相手の顔を見た時は流石に抑え込むのには労を要した。

 

「ただの死霊術師さ」

「ただの、だと。随分と謙遜しているな」


 似ているとアルは思った。顔の造形が、カルロスに似ていると。

 

「カルロス・アルニカの縁者か」

「ほう。愚息を知っているのか。ならば話は早い。耳の長き者よ」


 愚息と言う言葉に、その関係が親子だと察したアルは悪い冗談だと思う。余りに違い過ぎる。


「貴様、何者だ」


 二度目の問い掛け。それは相手の正体の一端に触れたから出てくる言葉。問いかけながらもアルは既にその答えに確信を持っている様だった。

 

「その反吐が出るような魔力……人間が持つ様な物では無いぞ」

「流石長生きが取り柄の長耳族だ。この魔力を知っているか」


 うっすらと、非人間的な笑みをフィリウスは浮かべる。

 

「だが答える義理は無いな。お前は知り過ぎた。ここで死ね。落伍者の末裔」

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