22 アウレシア戦線:11

 パワーに優れたデュコトムスがベースだが、それでも片腕で下になったのでは分が悪い。穂先がじりじりと胸部装甲へと近付いていく。

 戦いながら移動していたのが徒となった。周囲に即座に援護に入れそうな機体は居ない。長剣に、それに手が届けばまだ戦える。だが押さえつけられた機体は自由に動けない。新たに得た機法は、今のトーマスでは機体の表面にしか発生させられない。そも、連続した機法使用によって機体の魔力は一時的に枯渇している。創剣の魔法道具すら使えず、戦い続けるには手を伸ばすしかなかった。

 

 穂先が装甲に触れる。徐々に食い込んでいくそれはデュコトムス強化試作機の胸部装甲を歪ませていく。その様が、トーマスには眼前の投影画面が撓んでいくという光景で理解させられる。

 

 間に合わない。トーマスはそれを理解した。数秒。数秒時間が稼げれば。だがその手立ては何もない。穂先がいよいよ装甲を突き破り、トーマスの肉眼で見えるようになったタイミングで――。

 

 どこからか飛来した弾丸がヴィンラードの装甲に弾かれた。

 

「む?」


 装甲を貫通できない程度の威力。それは有効射程を超えた弾丸が偶々当たった、つまりは流れ弾の様な一発だった。だがそれも数発続くと話は変わる。流れ弾がそんなに収束するなど有り得ない。つまりこれは、銃の限界距離からの狙撃。トーマスを援護するための銃弾。求めていた数秒。それが得られた。

 

 銃弾はまだ続いている。遠巻きに、一機のデュコトムスが銃を撃ちつづけながら接近してきているのが分かった。それを完全に無視する事も出来ずに、ヴィンラードは一瞬、視線をそちらに向けた。その隙に、機体の指先が長剣に触れる。そこを取っ掛かりに柄を手元へと引き寄せた。

 

 ヴィンラードの視線がこちらに戻る。その時にはもう、デュコトムスの長剣は振るわれていた。ヴィンラードの左肘が切り離される。崩れた体勢。それを見逃さずにトーマスは機体の足を振り上げる。ヴィンラードの腹部にデュコトムスの足が突き刺さる。バランスを崩していたヴィンラードは耐えきれずに後ずさる。

 残った魔力を開放。自機の背中に爆発を起こし、強引に機体を叩き起こす。左手に握った長剣を両手でつかみ、振り下ろす。先ほど刻んだ胸部装甲。それを今度こそ断ち切り、操縦席へとその刃を滑り込ませた。中途で長剣が折れる。その刃だけを操縦席に残して。

 

 痛みは感じなかった。

 操縦席を薙いで行った長剣は中身も等しく切り裂いた。腰の辺りを潰されたヘズンは思っていたよりは痛くないなと少し場違いな感想を抱いた。恐らくは痛みを感じるような場所が丸ごと消え去ってしまったからだろう。僅かばかりの活法で肉体を癒そうとするがそんな物は焼け石に水にも程がある。そもそも携行型魔導炉を操作して魔力を産み出そうにも、その魔導炉自体が粉々になっている。

 

 何かを言おうとして、喉元から血の塊がせり上がってくるのを感じた。それを吐き捨てて呟く。

 

「……ここまでか」


 道半ばで散る事は覚悟していたつもりだった。だがそれはつもりでしかなかったと言う事を思い知らされる。後少し。あと少しで自分たちの大願が成就するというのに、ここで脱落するというのは悔しくて仕方がない。

 同時に見事だという想いもある。ヴィンラードで槍を振るった。その状況で上を行かれた。そうなるともう相手への称賛が浮かんでくる。良くぞ己を打倒したという爽快感。

 妻を思い出す。十年も待ち続けた頑固者。結局、夫婦らしいことは殆どしてやれなかったという後悔。

 

 そうした幾つもの感情が入り混じっていた。冷たい鉄の塊に体温を奪われ、あと数十秒で自分は死ぬと見つめ直してヘズンが取った行動は。

 

「……対龍魔法(ドラグニティ)」


 その命が燃え尽きる一瞬まで戦う事だった。

 

 紫電を纏いながらその穂先を凶悪な形状に変形させていくのを見て、トーマスは驚愕の言葉を吐く。ゆるゆると天へと掲げられる槍の穂先。生涯最後の一撃を放とうとしているのは間違いなかった。

 

「こいつ、まだ生きて!」


 間違いなく瀕死。後一分と持たない命でありながら最後まで戦う事を選んだ相手にトーマスは驚嘆する。その命を燃やし尽くす様な生き様は、仇敵であろうと感じ入る物が有った。無論呆けていた訳では無い。だが妨害をしようにもトーマスの機体にはもう武器も魔力も残ってはいなかった。上空に、光が広がっていくのが見えた。

 

「天よりの裁きよ、来たれ。|天墜轟(フォールスカイサンダー)――」


 雷(ボルト)と。その名を告げるよりも先に、先ほど以上に接近していたデュコトムスが銃弾を撃ち放つ。連射されたそれらは残ったヴィンラードの右肘を破壊して、機体から両腕を奪った。掴む腕が無い以上、槍も手から離れ対龍魔法も不発に終わる。纏いかけていた雷の力が周囲に解放され、光を解き放った。上空の光が霧散する。最早ヴィンラードに余力は無い。そしてヘズンももう全て燃やし尽くした。

 

「――すまない――ト。先に逝く……他の連中と待っている、ぞ」


 己の最後の一撃が不発に終わったのを見届けて。ヘズン・ボーラスはその命を散らした。その生涯の大半をこの戦いの為に捧げ、その最中でカルロス達の運命を大きく変えた男は志半ばで33年の生を終えた。

 

 完全に沈黙したヴィンラードを見てトーマスは漸く肩の力を抜いた。終わった。その思いが胸中に去来する。五年前から続いていた因縁が一つ、ここで断ち切られたのだ。

 

「ケビン、大丈夫か?」

「ああ。機体は手酷くやられたがな」

「こっちもだ……この機体はもう駄目だな」


 機体自体は動かせるが、操縦席正面の装甲毎投影画面が潰されたので有視界戦闘となる。流石に死角が大きすぎた。ケビンの機体は魔導炉以外は殆ど無傷だ。どうにかこちらの魔導炉をケビン機に移せれば動かせるのではないかと言うばかげた考えが頭に浮かんだ。そんな事を考えるよりも今は如何に後方へと引くべきかを考えるべきだろう。

 

 そんな事を愚痴りあっていると援護をしてくれた恩人の機体が近寄ってくる。それはケビン達と同じ、デュコトムスの強化試作機。乗れる人間が限られているはずの機体に一体誰が乗っているのかと見つめていると、懐かしい――涙が出る程に懐かしくもう一度聞きたいと思っていた声が聞こえてきた。

 

「賭けは俺の勝ちだな。きっちり奢って貰うぜ。トーマス」

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