21 アウレシア戦線:10

 反応が遅れた。最後の爆発的な加速。それが機体の足裏に発生した文字通りの爆発である事にヘズンが気付けたのは致命傷となりえる攻撃を辛うじて防いでからの事だ。偶々であった。槍の柄――そこさえも日緋色金――を咄嗟に盾にした事で胸部に深い亀裂を刻まれただけで済ませられた。それでもそのパワーでヴィンラードが後方に下がる事を止める事は出来なかったが。

 激しく揺さぶられた操縦席でヘズンは今見た物を思い返す。

 

「……馬鹿な」


 この機体は間違いなく新式の筈だった。元々足裏に魔法道具を仕込んでいた……考えにくい。もしも今のが切り札だとしたら、脚部が貧弱に過ぎる。多用すれば骨格が先にイカれてしまうだろう。機法と魔法道具の最大の違いはその多様性にある。基本単一の魔法しか使えない魔法道具はその応用も難しい。本当に決められた事しか出来ないのだ。そう言う意味ではカルロスが作った創剣の魔法道具は、かなりの柔軟性を確保した傑作と言える。

 機法は操縦者の意思に応じて様々な運用が可能になる。それこそ機体に纏わせる。撃ちだす。任意の箇所で発動させる。そう言った選択肢を持てるのだ。

 

 あの使い方はそれであった。それはつまり、この眼の前の機体は古式であると言う事。だが爆発を扱う古式――それをヘズンは知らない。アルバトロスの持つ情報には無い機体――どころか人龍大戦時代の逸話にも存在しない。転じて、それが意味する事はヴィンラードと同じように歴史から秘匿された機体か、新たに生み出された機体である。

 

 そのどちらだとしても危険であることには変わりがない。

 

 脅威を覚えるヘズンを置き去りに、トーマスは更に理解を深めていく。

 

「手が届かないのが歯痒い」


 もっと遠くまで手が届けば。守れる場所も増えるのに。そんな願いが形になったのだろうかとトーマスは思う。そも、古式のコアユニットの材料がブラッドネスエーテライトであることは分かっていたが、具体的にどう加工するのかはカルロスも把握していなかった。それ故に過去の機体も何故そのような機法を得るに至ったのかを知らない。カルロスが古式の化身と対話しようとしても彼らもそれを語ろうとはしなかった。

 

 だから全てはトーマスの推測。理由は正直どうでもいい。それを得た結果、自分はもっと遠くまで手を伸ばせるようになった。その事の方が何倍も大事だ。

 

 爆発的な加速で最後の距離を詰めて切り付ける。さしものヘズンも、弾丸並の速度で突っ込んでくる相手を見切るのは難しい。迎撃の為に突きを出そうにも、飛び込んで来る前に繰り出せば引き戻すよりも早く切り付けられる。だがこの瞬間的な加速に合わせる事は彼の腕前を以てしても難しい。

 

 一瞬の交錯。その度に機体は傷付いていく。それはヴィンラードだけではなく、トーマスのデュコトムスも同じだ。機体の限界を超えた加速に、自滅して行っていた。機体の脚部が、加速中に振るう腕部が、叩きつけるような勢いで扱われている長剣が悲鳴を上げている。

 

 そしてその超至近距離の殴り合いにも似た激しい応酬にケビンは手を出せない。今の自分があそこに飛び込んでも足手まといになるだけなのは分かりきっていた。狙うのは相手がトーマスへと完全に意識を向けた時だ。今はまだこちらにも注意を払っている。その余裕さえなくなった時が自分の出番だと。

 

「……トーマス」


 その思わず呟いた言葉は果たしてどんな感情に起因した物か。弟分が追い越して行ったことへの悔しさ。一人役に立てない悲しさ。その才を開花させたことへの羨ましさ。そうした物が混在して、全て溶けて消え去った後に残ったのはシンプルな物だった。

 

「行け……!」


 拳を握りしめてトーマスを応援する。頑張れと。たったそれだけの思い。それで良いとケビンは思う。悔しさも悲しさも羨ましさも今更だ。

 

 何合目かの剣戟。ヴィンラードはこれまでにない程の損傷を刻みながらも健在。今の一撃は遂に駆動系の一部に傷を付けた。左腕は今までどおりには動かせない。そしてデュコトムスは――。

 

「しまっ!」


 爆発による跳躍からの着地。遂に脚部が限界を迎えた。機体の膝があらぬ方向にねじ曲がる。繰り返しの跳躍と着地。頑強に作られていた筈の関節部が先に悲鳴を上げてしまった。その隙を、ヘズンは見逃さなかった。体勢を崩した機体へ、振り向きざまの一閃。デュコトムスの右手の指が宙を舞う。長剣を握り締める事が出来ずに手から零れ落ち、刃が地面に突き刺さる。そして本体は地面を転がって、装甲が弾け飛ぶ。片足を失ったデュコトムスは咄嗟に起き上がる事が出来ない。

 

「……手古摺らせてくれる」


 ギリギリの綱渡りだったのか。焦りの滲んだ声でヘズンがそう呟く。一瞬の弛緩。声が聞こえた訳では無いが、ケビンはその気配を敏感に感じ取った。背後へと回り込んで位置取りは既に済んでいる。

 

 覚悟、と。心中で小さく叫んで最短距離を駆け抜ける。突き出された長剣を――ヴィンラードは振り向くことも無く無造作に伸ばした腕で掴み取っていた。

 

「お前の存在を忘れたと思ったか? 大鎌を捌く姿はこちらの気配を良く読んでいる事が分かった。そんな相手が視界にいない。ならば間違いなく弛緩した瞬間を背後から突いてくると思ったぞ」


 ケビンの奇襲が失敗した理由は一つだ。ケビンは自分を過小評価しすぎていた。他に脅威が有れば意識から消え去る程度の小物だと。だがヘズンはその防御の巧みさにこそ注意を払っていた。

 奇襲を防がれた動揺から武器を手放すのが遅れた。突き出した勢いのまま長剣を引っぱられ、体勢を崩す。体格差など物ともしないのは力の使い方が上手かった。そして腹部への鋭い突き。的確な一撃は魔導炉を貫き、デュコトムスから魔力が失われていく。それでもケビンは残った最後の僅かな魔力で戦友の援護を選択した。倒れ込む機体に合わせて握っていた長剣を離す。あたかも制御を失ったかのように。

 

「お前の番だ。謎の古式」


 脚部を破損して、動く事の出来ないデュコトムスへと止めを刺すべく、ヴィンラードは槍を構えた。操縦席を目掛けた突き。しかしトーマスは諦めない。まだ動く右腕の残った三本の指で穂先の根元を掴んで少しでも時間を引き延ばそうとする。悪あがき。

 

 残った左腕は必死で手を伸ばす。その先には、ケビンが繋いだ長剣が転がっていた。

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