16 アウレシア戦線:5

 ハルス軍に与えられた最後の休息の日。その一日を思い思いに過ごす。

 ある者は何時も通りに。ある者はやり残していた事を。ある者は逆に新しい事を。それぞれに生きて帰るという決意を固め直す為に。

 

 トーマスはそうした中で何時も通りに過ごそうとしていた。過去形である。結果として今は何時もとは程遠い行い――人探しに邁進する事になっていた。

 

「ルドの奴どこに行ったんだ……?」


 一応現在の直接の上司になる自分の年齢の70倍――だけど見た目や中身は自分の半分程度の龍皇を探してトーマスは基地内をさ迷い歩いていた。ここしばらくはイングヴァルドにトーマスの話を聞かせるのが日課となっていたのだ。それを何時も通りにこなそうと思っていたのだが姿が見えずにこうして探し回る羽目になっていた。

 

「まあいないならのんびりしてればいい気もするんだが……」


 そうさせる気にならないのは、何となくではあるが自分がイングヴァルドの保護者であると自認しているからであろう。邪神について調査すると言ってバランガ島から旅立ったアルにイングヴァルドの事を頼まれたというのもあるし、そのアルから聞いた話もあった。

 

 家族の愛に飢えているというアルの言葉。特にここしばらくは龍皇の言葉を真に理解できる物も無く、孤独感を味わっていた龍皇。だからこそ、その真意を理解できる人にそれを与えてあげて欲しいという願い。懇願にも近い言葉とその半生にトーマスは思わず涙し、イングヴァルドの兄として振る舞おうと決めたのだ。

 その後イングヴァルド本人に拒絶されたりと色々とあったが、最終的に根負けしたのか、イングヴァルドも受け入れたのか、ルドと呼ばれて可愛がられる事となったのだ。

 

 尚ここまで全てアルの策略である。嫌がるイングヴァルドを説き伏せ、割と本気の拒絶に心が折れそうになるトーマスを励まし、擬似家族とでも言う様な関係を作り出したのだ。その時点でアルの目的はほぼ全てが達成されていた。逆を言えばその関係性が構築される前ではアルも旅立てなかっただろう。

 

 そんな訳で始まった関係だったが今となってはトーマスも無意識にイングヴァルドを気にかけている。身近に接するようになって気付いたことだったが、案外無防備な性質でこうしてふらふらとどこかに消えてしまう事があるのだ。心配せずにはいられない。

 

 散々探し回って漸く見つけ出したのは建物と建物の隙間。人目から隠れるような場所だった。何でこんなところにいるんだと思いながらも彼女の背後に近寄る。そこで気が付いた。イングヴァルドはただ無意味にここにいた訳では無い。声をかけて振り向いた彼女の顔。フードに隠されていたが、良く見れば分かる。彼女は泣いていた。

 

「……どうした?」

「我が怯懦なる精神が悲鳴を上げていた」

「まあそりゃ怖いよな……」

「我が玉体の成れの果て。その輝きは濁れども薄れる事は無く。さりとて我が仮初の肉体は嘗ての輝きは無い……」

「皆頑張ってたけどやっぱ本物と同じって訳には行かなかったか……」


 イングヴァルドの言葉を纏めるならば、屍龍の戦闘力は自分の頃とそれほど変わってはいないが、機龍はそれと比べると一段か二段は劣る。それが分かってしまったが故に恐怖を覚えていた。彼女はそう心情を吐露していた。

 

「故に問いたい。徒人達は如何なる秘技を用いて怯懦を封じ、雄々しく立ち向かうのか」


 どうしたら怖くなくなるのか。その問いかけにトーマスは首を横に振った。雄々しくなんてとんだ皮肉である。そんな風に自分を評した事は過去一度だってありはしない。何時だって、自分の中身は変わっていない。それこそ五年前から。

 

「怖さを封じ込める事なんて出来ない。俺は今だって出撃の前は震えてるし、戦ってるときだって怖くて仕方ない」

「何と……」


 そんな方法など無いというトーマスにイングヴァルドは表情を曇らせた。この恐ろしさをこれからも抱え続けなければいけないというのは、今の彼女にとって途方もない恐怖だった。

 

「ならば何故戦えるのか」

「他の奴は知らないけど……俺はそれよりも怖い事があるからだ」


 トーマスは片膝を着いてイングヴァルドと視線を合わせる。

 

「昔は臆病だって思われるのが嫌だった。弱いって思われるのが嫌だった。だから俺は騎士に成ろうと思ったんだ。戦いを怖いって思っても、それ以上に周りからの目が怖かったから」

「天より降りし審判の眼か……」

「今は自分が戦わない事で大切な誰かを失う事の方が怖い――人は割とあっさり死んでしまうって知っちまったからな」

「誰か……」


 言い切った所でトーマスは気恥しくなった。柄にもなく語ってしまったと照れ隠しに鼻の頭をかく。

 

「まあ俺の戦う理由なんてそんなもんだ」

「妾にも……出来るだろうか」

「王様だろ? ならきっとその時に成れば覚悟も決まるだろうさ」


 励ます様にトーマスはイングヴァルドの頭を二度程軽く叩く。イングヴァルドが長耳族達を大切に思っている事は見ていれば分かる。それならばいざという時に臆する事は無いだろうとトーマスは思っていた。

 

「だから今回も力を貸してくれ。アルバトロスがいたら何時まで経っても危険なままだからな」

「うむ……」


 流石にこれだけじゃ駄目かとトーマスは小さく溜息。自分じゃ上手く励ます事も出来ないと悔しくなる。ガランのトーク術が懐かしいとさえ思う。

 

「我が従僕よ。なれの言う大切な――いや。何でも無い」

「何か言ったか?」

「気の迷いよ……気にするでない」


 言いかけた言葉をイングヴァルドは呑み込む。その言葉は龍皇として口にするべきでは無い。そう自制してしまったのだった。だからトーマスはその言葉を聞く事は出来なかった。

 

「さて、そんじゃ今日はこの前の選考会の話でもするかな」

「ふむ。新たなる風の紡ぎし時か」


 そうして何時も通りに日常へと回帰していく。イングヴァルドの中に棘の様に突き刺さった思いは放置されたまま。

 

 機龍に搭乗したイングヴァルドとは殆ど会話が出来ない。結果として、ドルザード要塞へと辿り着き戦闘が開始されるまで約二日。トーマスとイングヴァルドが会話をすることは無かった。

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