17 アウレシア戦線:6

「話が違うじゃねえか畜生!」


 大混戦となったドルザード要塞跡。機龍を主軸とし、進軍してきたハルス軍は予定通り屍龍との戦闘に突入した。ここまでは予定通りだった。予定外だったのはその後。アルバトロス軍が参入してきたのだ。

 同士討ちを恐れて別行動を取っていた筈なのに、現れた理由。それはその後の戦闘で明らかになる。拙いながらも屍龍とアルバトロス軍が連携を取って戦い始めたのだ。そうなると、一番辛いのは機龍だ。屍龍の様な出鱈目な防御力も再生力も無い機龍は魔導機士の攻撃であっても十分にダメージを受ける。それを避けるためにはハルス軍がアルバトロス軍を誘導して二手に分かれるしかなかった。相手もそれに乗ってくるあたり、最初からそうする事が狙いだったのか。

 

「くそっ、ルド!」


 そうした流れにトーマスも乗せられていた。屍龍の攻撃が苛烈を極め、魔導機士では迂闊に近寄れないという事情もあった。

 魔導機士では屍龍相手に碌な援護も出来ない。だがそれと援護をしない事はまた別の話だ。孤立無援の状況に陥った龍皇をトーマスは心の底から心配していた。出撃前の様子が気にかかる。放置しておいたら取り返しのつかない事になるのではないかと言う予感。

 そして困ったことに、彼は自分の予感が良く当たる事を知っている。

 

「待て、トーマス。今お前が一人で行っても偽龍にやられるか、お前以上の数を引連れていくことになるだけだ」

「だけど……!」

「だが、それも相手に指揮を執る人間がいてこそだ。この部隊の頭を討てば敵の統率は崩れる。偽龍との連携が乱れれば更に良い」

「つまり、敵の大将を討とうって?」

「そう言う事だ」


 ケビンの言う事は一理ある。だが問題が一つ。当然ながら、大将と言うのは前線に出てくることは稀だ。この戦場においても敵の大将機――ヴィンラードは最後方に位置していた。

 

「どうやってあいつの所まで行くん、だよ……!」


 ケビン機とトーマス機は互いに背中を預けながら周囲から迫りくる敵機を蹴散らしていく。本来ならば援護を得て二人とも切り込んでいくのだが――今はその援護をする相手にが居ない。こうして迎え撃つのが精いっぱいだった。

 

「決まっている……!」


 叫びながらケビンは切りかかってきたエルヴァートを一刀の元に切り捨てる。ハーレイから与えられたデュコトムスの強化試作機――デュコトムスネイキッドと呼ばれることになる機体は元々強力だった戦闘力を更に高めていた。装甲が薄くなったとはいえ、それを補って余りある。

 

「此処にいる敵を蹴散らしてだ! 変則的だが予定していた作戦が応用できる筈だ」


 その声と同時。後方で準備を終えたデュコトムス部隊が前に出る。その内の二機が変わった装備をしていた。複数の銃身を束ねた巨大な銃器。弾倉らしき物を背負って重そうに歩いてくる。予定していた作戦、その前準備である。

 

「切り離されて落下されて居た物だ……動作不良を起こすかもしれないから過信するな!」


 特殊装備の二機を守る様に部隊は布陣している。それは誰から見てもその二機が重要であると知らしめる行為。ミハエルの注意喚起とほぼ同時に、敵の中でも群を抜いて反応の良い一群が移動によって生じた陣形の隙を突破しようと飛来する。ベルゼヴァートの突進をケビン機は盾で受け止めた。相手も軽量型のベルゼヴァートだから出来た芸当だ。

 

「くそっ!」


 相手が子供だと知ってしまっているケビンは苦悩に満ちた声でそのベルゼヴァートを押し返す。思わず声が漏れる。

 

「何故あんな男の為に必死になる!」


 答えを期待した叫びでは無かった。だが予想に反して相手からの応答が有った。

 

「貴様たちが皇子を語るな!」


 やはり若い、子供の声。その事にケビンは表情を歪める。

 

「奴がどれだけの非道を成したか……!」

「だがアルバトロスでは大勢が救われた! 皇子を詰るお前たちは飢えて死にかけていた僕達に何かしてくれたのかっ?」


 この一点に於いて。アルバトロスの人間とその他の国の人間では絶対に分かり合えない。例えその理由がどこに有ろうと、自国においてレグルス・アルバトロスは国を建て直し版図を広げた偉大な英雄で、他国にとっては最低にして史上最悪の侵略者にして征服者だ。どうあっても分かりあえないと、ケビンはこの短い会話で理解させられてしまった。

 

「ケビンさん下がって!」


 ミハエルの言葉にケビンは大きく飛び退く。そうして生まれたのは例の二機のデュコトムスの正面に空いた空間。先ほどまで居た邪魔な壁であったデュコトムスは左右に分かれて、ベルゼヴァートの前に道を作り出していた。その道を躊躇うことなく駆けるベルゼヴァート。その空間を、無数の弾丸が薙いだ。

 毎分三百を超える弾。ハルス軍で最大の火力を持つ重火器。魔導力多銃身機関砲。装備すればデュコトムスですら満足に動けなくなる程の重量だが、その火力は絶大。僅か一分の掃射で、アルバトロス軍の一角に穴を開けた。機龍に括り付ける事でこの場までの輸送を可能にした虎の子の兵器はその労力に見合った戦果を叩き出していた。その比較する物が居ない火力にケビンが呟く。

 

「……話に聞いてはいたがとんでもない火力だな」

「俺の時はゴム弾で本当に良かった……」


 それに応えてしみじみとトーマスが呟く。一度この暴風雨に飛び込んだ身としては、二度とごめんだと声を大にして言いたい所だった。これまでの銃器とは比較にならない制圧力。弓の延長であるという認識を持っていたアルバトロス軍にこそその衝撃は大きかった。見るからに動揺しており、動きも鈍い。

 

 道は拓かれた。陣形に空いた穴にデュコトムス部隊が飛び込んでいく。機関銃とは恐ろしい物であった。あれだけの暴風を前に生き残れるかどうかは運でしかない。技量などが話に出てくるのはまずその運を乗り越えた後の話。そうした諸々を全て察していた訳では無いだろうが戦場の様相が大きく変わっていくことを肌で感じていた者は多い。

 

 開戦早々、この戦いの帰趨を占う状況が出現しようとしていた。或いはそれは、今後数百年の戦場の在り方を決める戦いでもあったかもしれない。まさしく戦場から古きものが消える時であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る