11 沈黙の機龍

 興奮が冷めた後、理性を取り戻したハルス軍は緊張の面持ちで機龍を取り囲む。ハルスからも秘匿してログニスが建造したこれは、彼らからすれば所属不明の謎の兵器でしかない。直前に大暴れし戦闘力を見せつけた事もあって厳戒態勢である。

 

 そして機龍は悠然さすら漂わせてそのハルス軍を睥睨している。ただただ無言で圧をかけてくる姿にハルス軍は知らず一歩下がった。何かきっかけがあれば暴発しそうな空気の中。既に正体の知っているケビンが心なしか気の抜けた口調でトーマスに問いかける。

 

「で、彼女は何故あのままなんだ?」

「うーん。多分あれは魔力切れで動けないな」

「……まだ十五分も戦っていないぞ?」


 幾ら何でも燃費が悪すぎないかと言外に伝えると、トーマスが肩を竦めた様な気配を感じた。

 

「バランガ島からここまで飛んできたからな……大分魔力を使った」

「……そう言えば飛んでいたな。あれ」


 あの巨体でどうやって飛んでいるのかと不思議には思ったが口に出せる空気では無かったのだ。当然であるが、内陸部のこの地点とバランガ島は遠く離れている。その距離を単独で移動したというだけでも驚きだが、更に飛行したという言葉が付くとそれも倍増だった。

 

「まあ龍族だからな」

「龍族だからか」


 この大陸に於いて、大概の不条理はその言葉で済む。明らかな上位種であるという認識が染み付いていた。だがその龍族に、龍族自身の力を借りたとはいえ人の作った物が匹敵するというのはとても恐ろしい話ではないかとケビンは思う。

 

「ソレ抜きにしても二時間しか動かせないらしいけど」

「俗にそれは欠陥品と言うのではないだろうか」


 もしかすると、ここで屍龍が引かなければ敗北していたのではないかと言う疑惑が拭い去れない。だが逆を言えば、そんな状況にも関わらずに助けに来てくれたと言う事でもある。まずはその事に感謝しないといけないとケビンは思った。

 

「ありがとう、トーマス」

「ん? 何がだ」


 そんな風に言ってくれる相手が居る事は、ケビンにとっても胸を張って言える幸運の一つだと思っていた。

 

 そのやり取りはさて置いて、問題は機龍である。実体は魔力切れで動けないだけなのだが、ハルス軍からすると無言で威圧している様に見える相手だ。緊張した空気の中、銃口こそ向けてはいないがそれも時間の問題だろう。誰かが感情を暴発させればその瞬間からハルス軍の総攻撃が始まってしまう。

 

「さて、俺はルドの奴を下ろしてくるか」

「……何?」


 ちょっと今聞きなれない言葉が有った事に気が付いたケビンは思わず聞き直すが、その真意はトーマスには伝わらなかったらしい。

 

「ああ、あれな。実は操縦席……席じゃないらしいけど、まあそっから一人じゃ降りられねえんだよ。魔導機士の補佐が無いと乗るのは兎も角降りるのは危険でな……」

「いや、そこじゃなくてだな」

「おっと。早いところルドを下ろして敵じゃねえって説明しないとな。ちょっと行ってくるわ!」

「待て、無防備に近づくな! 俺の方から指揮官に話を通すから少し待て!」


 ルド呼びについて問いただしたい所ではあるが、無軌道に飛び出すトーマスを制するのに必死になるケビン。あのまま無防備に近寄って行ったらそれが引き金になって攻撃が始まりかねない。必死で制止しながらケビンはミハエルを通じて指揮官へのコンタクトを取るのであった。

 幸い、機龍について知っていると伝えれば即座に話を通す事が出来たのは僥倖だった。向こうも何でもいいから情報が欲しかったのであろう。簡潔にログニスが建造した兵器であることを伝えて――まさか中に本物の龍族が入っているなどとは伝える事はしなかったが――魔力切れで動けなくなったので搭乗者を救助する事を認めさせた。

 

 そうした経緯を経て漸く、ケビンはトーマスが機龍に近づく事を認めさせることが出来たのだった。年季の入ったデュコトムスが気楽な足取りで機龍へと接近した。操縦席――厳密には違うらしいそこから降りる為のハッチは魔導機士を踏襲したのか。はたまた偶然の一致か。背面首の付け根辺りに存在していた。頭部と言ってもこの機龍の場合は武装の様な物なので、そこに操縦席を取り付ける訳には行かなかったのだろう。

 

 中から姿を見せた操縦者は遠目にも小柄に見える。離れて見守っているケビンにはその事への驚きの気配が感じ取れた。魔導機士に乗っていても――否、乗っているからこそ操縦者の動揺と言うのは表に出やすいのだ。操縦系が嫌でも操縦者の心理の動きを読み取ってしまう。

 

 ローブを目深に被り、足首まで覆う程の長い裾を捌きながらトーマスの差し出したデュコトムスの腕に飛び移ろうとし――自分で自分の裾を踏ん付けて転んだ。そのまま背面装甲の傾斜を滑って落下しそうになる所をトーマスがどうにか救助をした。その数秒間で随分と見守っているハルス軍はハラハラさせられたらしい。転んだ瞬間は何機か前のめりになっていたし、掬い上げられた時には露骨に安堵する様子を見せていた。

 

 心臓に悪い時間が過ぎて、トーマスとイングヴァルドはハルス軍の指揮官と面会を果たしていた。専ら喋るのはトーマスの仕事であった。何しろイングヴァルドは喋らせると大半の人間には何を言っているのか理解できない。下手をしたらふざけているのかと怒鳴られる可能性もある。――実の所龍体なしだと割とメンタルが弱いイングヴァルドが怒鳴られでもしたらパニックになって話が進まないと見込まれていた。

 だからと言ってトーマスと言う選択肢も危険極まる。何しろトーマス、余計な口を滑らせて窮地に陥ったのは一度や二度では無い。主にその下手人はライラとテトラだが……。

 

 今現在はハルスに出向中の身であるケビンはその二人を援護する事も出来ない。ハラハラしながら指揮官の天幕に入っていくトーマスを見送る。ふとガランの軽口を懐かしく思った。こうした待つだけの時間、当時は無駄口だと思っていたがガランはあれでこちらの神経をリラックスさせてくれていたのだと今更になって思い知らされた。

 

「……やはり俺達は三人で一つのチームだったな」


 ケビンとトーマスだけで小隊行動を取るのは難しい。それが今回の別行動に繋がっていた訳だが、それは戦術的な話だけでなくこうした何気ない一幕でも一人欠けた事の影響を感じさせられる。だからと言って新しい人間を招き入れる気にもなれない。戦って行く上でいずれは避けられないだろうが、今はまだ。

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