10 屍龍対機龍

 突如として眼前に現れた鉄の龍にハルス軍は困惑した。全長百メートル近い銀色の巨体。よくよく見れば関節部などは魔導機士の形状に通ずるものがある。サイズは桁違いだったが。

 誰であったとしても初めて目にする巨大構造物。少なくとも平和目的のモニュメントでは無い事が確実と考えれば真っ先に気になるのは敵か、味方か。

 

 その中でただ一人これは敵ではないと確信している者がいた。

 

「トーマス」

「待たせたなケビン! 間に合ってよかったぜ」


 正直に言えば別に待ってはいなかったがケビンは一先ずその突っ込みを脇に置いて簡潔に問いかける。ケビン自身、開発の最終段階はバランガ島から離れていたために完成形を知らないのだ。

 

「これがそうか?」


 その確認に対してトーマスは機体を頷かせる。何気なくやっているが実は頭部を自在に動かすというのは結構高等操作だったりする。


「ああ。擬似龍体……通称機龍だ」


 トーマスがそう告げると同時、機龍がエーテライトアイを煌めかせながら屍龍に向かって打つかっていく。巨大質量の物体が二つ、取っ組み合いを始めた事で周辺は魔導機士でさえ直立が厳しい程に地面が揺れる。そしてその二体の格闘戦は巻き込まれただけで魔導機士など致命傷を負うだろう。

 

 一度ぶつかり合って、互いにダメージはほぼ無し。だが心理的な衝撃は屍龍の方にこそ大きかったようだ。身体こそ千年以上を生きた龍の物だが、そこに宿っている意思は一年も経っていない擬似霊体。経験と言う意味では、本家には到底及ばない。

 イングヴァルドは自分よりも強い存在を――より旧き龍達が居た事を知っている。だが屍龍はそうでは無い。己に匹敵する様な存在が居ると言う事は理解の埒外であった。そのせいかどこか怯えた様子さえ見える。

 

「そうだ。奴はやはり大罪を持っていた。龍皇単独では――」

「それなら心配は要らないぜ」


 金属質の咆哮を一つ。その衝撃波を機龍は咥内に押し留めて一気に解放する。『龍の吐息』とはまた違う攻撃。指向性を持たせた衝撃波――収束衝撃砲を至近距離から浴びせられた屍龍には明確に傷が負わされていた。それも即座に再生して行くが傷は傷だ。大罪など無いかのようにダメージを与えていく光景はまるで先ほどまでの苦戦が無かったかのようだった。酷くシンプルな話。相手の防御力を突破できるだけの攻撃力で殴ればいいと言わんばかりの戦い方にケビンは不覚にも屍龍に同情してしまった。

 己の奥の手をこうもあっさりと無力化されては奴も立場が無いだろう、と。

 

 傷を負わされた屍龍が返礼とばかりに咥内に光を宿していく。絶大な威力を持つ『龍の吐息』。幾ら機龍が頑丈と言えどもその直撃に耐えられる程の装甲は乗せられない。喰らったら先程の収束衝撃砲によって与えたダメージなど比較にならない程の損傷を負わされるだろう。そして機龍には屍龍の様な再生機能は無い。

 

 だが屍龍は迂闊だったとしか言いようがない。知らぬとは言え、己の身体の元の持ち主が誰であったのか。その問いかけへの解答を考えれば火を見るよりも明らかな結果。

 

 発射までのわずかなラグ。そのタイミングを機龍は盗んだ。自身の首を、相手の首に絡ませて強引に上を向かせる。空を割いて光が天に昇る。それは美しい光景ではあったが、攻撃としては何の価値も無い。まるで求愛をしているかのように首を絡ませ合う両者だが、間違ってもこれはそんな情緒に満ちた行為では無い。その密着姿勢のまま、互いに至近距離で前肢同士が殴り合う。

 

 その殴り合いは屍龍の方に分があった。互いに与えるダメージは等量だったが再生能力を持つ屍龍の方が最終的なダメージは少ない。それを機龍も察したのだろう。一度首を振り解いて距離を取った。優雅だった銀色の装甲は正面が拉げ歪んでいた。その程度の損傷、気にする事ではないと言わんばかりに機龍は果敢に殴り掛かった。

 

 今度は前肢に折りたたまれていた長大な爪が展開している。爪の先端が三角形の頂点の様に配置されている爪。それを真っ直ぐに突き立てようとする機龍に、屍龍も己の爪を合わせる。器用にもその爪の先端同士をぶつけ合う両者。しかし強度的には雲泥の差だ。龍族と言う肉体そのものが強力な武器であるのに対して、機龍はただの鉄だ。真正面からでは分が悪い。

 

 だから、機龍は一捻り加える事にしたのだろう。――手首から先が、高速で回転する。生物だったら絶対に不可能である動きを披露しながらその三本の爪も高速で回転して、予めその動きに合わせてつけられた刃が屍龍の爪を断ち、指を落とした。屍龍の絶叫が周囲に轟く。

 

 完全に切り離された部位の再生には多少は時間がかかるのか。黒く固まった血を流しながら屍龍は後ずさる。

 そんな自分に気が付いた屍龍は怒りに身を震わせた。幼いとさえ言える情動は容易く冷静さを失わせる。単調な、それでも動きの一つ一つが大陸に比肩する者の居ない強力な物。それを身に浴びて無事でいられる相手など存在しない。その動きの全てを見切っている相手で無ければ。

 

 がむしゃらに振るわれた尾を、前脚で抑え込む。そのまま収束衝撃砲を立て続けに三発。縫いとめた尾に叩きつけ、その先端を叩き取る。無残に荒らされた肉は見ているだけで痛々しい。そして屍龍の再生も若干緩やかになってきていた。短時間で幾度も再生を繰り返した結果、魔力が不足し始めていたのだ。

 

 屍龍が『龍の吐息』を放つ。先ほどで学習したのか。タメを短くし、射程を犠牲にした一撃。この僅かな時間でその発想に至るという点で、屍龍の持つ戦闘本能が高い事を伺わせる。だが今度も機龍の妨害が間に合った。僅かな攻防の結果、今度は地面に目掛けて放たれる。

 

 そして遂に屍龍は屈辱的な選択を――後退と言う選択を取った。己の足元目掛けて放った『龍の吐息』。それによって生じた土煙を目晦ましとして逃走したのだ。数十秒後に土煙が薄れた時には既に全力での後退の結果、それなりの距離を稼いでいた。機龍は悠然と、それを追う事も無く逃げるに任せた。

 

 屍龍が撤退したと言う事を理解するのには数秒が必要で、その後の歓声が収まるには数分を必要とするのであった。

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