09 交錯

 物理的な圧さえ感じられる咆哮。その迫力にデュコトムス部隊が怯む。それでもそれに屈することなく勇敢に前に出た男もいた。芽生えかけた恐怖心を己の雄叫びで押し殺しながら二発目のパイルハンマーを崩れ落ちた屍龍の頭部へと叩きつける。

 

 生まれた結果は――自身の勢いで拉げ潰れた鉄杭。そしてそれによって爆散し、ハンマー内の残り三本の杭も誘爆して一瞬で火達磨となったデュコトムスの姿だった。

 

「うおおおおお!」

「地面に転がれ!」


 悲鳴の様な声を上げてミハエルがその操縦兵にその窮地から逃れる方法を伝える。敵の前で無防備な姿を晒す事になるが、あのままでは操縦席周りが頑強と言えども何れ蒸し焼きになってしまう。当然、それを見殺しにはしない。数機のデュコトムスが死地にある仲間を救助しようとハンマーを携えて吶喊する。

 

「総員傾注! 敵頭部の強度は段違いだ! これまで通り足元を狙え!」


 今の光景を見た直後ではそれも当然の判断と言えるだろう。通常あれだけの体重を支える足の方が頑強そうにも思えるが、ここまで頭部との強度差があるとは予想外であった。ならば確実に足回りを潰す。叩けるところから叩いて行けばいいという判断。

 

 隊は足元狙いと、頭部に取り残された一機の救助へと別れる。

 

 想定外だったのは足元に向かった方の部隊だ。

 

「もう再生しているぞ!」

「速すぎる……」


 先ほどまで見るも無残な肉の塊と化していた脚部は既に七割方が再生していた。そう時を置かずに元通りになるだろう。だがそうはさせないとばかりに槌を振り下ろす。龍鱗が再生前の足は容易く潰せる――筈だった。柔らかそうな赤い肉を覗かせている部分にさえ鉄杭が通らない光景を目撃して愕然とした空気が流れる。

 

「馬鹿な……」

「魔法かっ」


 前回は相手にとって戦いとも認識していないものだったのかもしれない。ここに至って相手も自身の能力を曝け出して戦いに臨もうとしていた。

 恐らくは活法か創法の類だろうと彼らは当たりを付けた。実の所大外れである。龍族には五法を扱えないのだから。ただ、結果として現れる現象についてはそのものズバリと言えた。改めて言うまでもない。外殻強化。先ほどまでとは段違いの防御力を有している。

 だがケビンは別の事を考えていた。出撃前に聞いた話と矛盾している。龍族の肉体強度は魔導機士並、一生物としては破格ではあるが全体としてみればそこまで出鱈目では無い。重機動魔導城塞の方がまだ硬いかもしれない。その防御力を支えているのは龍鱗による魔力の拡散で、対魔法なら兎も角純然たる物理攻撃である鉄杭が弾かれるのは道理に合わない。

 

 そしてケビンはカルロスからその道理に合わない事象の正体を既に聞いていた。

 

「大罪法……!」


 もしかしたら、というレベルの根拠しか無かった様だったがこうして実際に目にすれば明らかな不条理が形を成している。続けてカルロスに言われた事を思い出す。その場合は――。

 

「逃げろ、だったな。カルロス。だが俺がそうしない事も分かっていたのだろう?」


 他の生きている人間を見捨てて一人おめおめと在り続けるなど、耐えられる筈がない。

 

「例え国が敗れ、頂くべき主君を見失っても俺は騎士を志した人間だ。逃げられる訳がない」


 たとえそれが自身の消滅に繋がるとしても、だ。ガランの様にそれに殉ずることがケビンにとって理想的な終わり方だった。

 傷を与える方法については再検討が必要。ならば今優先すべきは情報の収集と、仲間の救出。それ以外には無い。

 

 前者は兎も角、後者は手遅れだった。再生した前脚で火を消そうと地面に転がっていたデュコトムスが薙ぎ払われた。数十メートルは吹き飛ばされ、装甲をへこませて関節を破損させながら数回飛び跳ねて漸く止まった。だがまだ機体は原型を留めている。デュコトムスの頑強さは流石だと思いながらミハエルはその操縦者へと声をかける。

 

「生きているか!?」


 見込みは十分にあった。操縦席周りは見る限り無事だ。あの着地の衝撃で中で頭を打ちでもしなければ生きている可能性は十分にあった。しかし返事は無い。通信機に反応は無かった。機体も、ピクリとも動く気配が無い。

 

「くっ……」


 駄目だったかと唇を噛んだところでミハエルは気付いた。転がった機体に違和感がある。その違和感を辿って行き、戦慄した。

 吹き飛ばされて尚残っている火。それが揺らいでいない。まるでそう言う形のオブジェだったかのように機体の周囲に纏わりついて固体化している。まるで時を止められたかのように。

 

「まさか」


 今しがた覚えた己の直観を否定するようにミハエルは呟く。そんな事があるはずがない。もしもそんな事が現実だったとしたら、相手の能力はこちらの理解を遥かに超えている事になってしまう。そんな相手に、勝てるはずもない。

 

 そんな風に現実を否定するミハエルをあざ笑うかのように屍龍は回復した四本の足で己の身体を持ち上げる。再度吼えると同時、その龍体の周囲に幾つもの魔法陣が展開された。前回と同じ拡散型の射撃魔法。それが一斉に放たれた。既に既知の攻撃。直撃さえ受けなければ致命傷にはならないと言う事も分かっていたハルス軍は然程慌てる事も無く落ち着いて回避する。

 

 ハルス軍が理性を保っていられたのはそこまで。僅かにその射撃が掠めた機体が次々と物音一つ立てない彫像の様に成り果てるまでだった。理解の出来ない事象を突き付けられて、圧倒的な戦力差を見せつけられて。ハルス軍は混乱に陥る。次に何をすればいいのか。それが分からない。パニック寸前のハルス軍に、屍龍は口を開けてそこに満ちていく輝きで薙ぎ払おうとする。それを阻止する方策も思いつかないまま抗いようのない暴力に蹂躙されかけた所で。

 

 空を、影が覆った。

 

 それは一瞬。轟音と共に影が通り過ぎていく。そうして残ったのは。

 

「だらっしゃああああああ!」


 謎の雄叫びを挙げながら空(・)からパイルハンマーを振りかぶって落ちてくるデュコトムスの姿。馬車の車輪の様に回転しながら槌を屍龍の頭部に叩きつける。それだけでハンマーの柄が軋んだ。更に追撃。全鉄杭を爆破。一発でも城壁を崩す程の威力が五発分。当然ハンマーは耐えきれずに吹き飛ぶ。トーマスは器用にそれをむしろ反動として利用し、己の落下の勢いを殺す。

 そして屍龍も只では済まなかった。ダメージこそ僅かな物だが、その衝撃力は無視できなかった。発射寸前の『龍の吐息』は強引に下を向かされたことで地面に大穴を開けただけに留まった。

 

 一体、このデュコトムスは何処から来たのか。混乱のハルス軍に追い打ちをかけるように、極大の衝撃が彼らを襲う。

 再度空を覆う影。先ほどのパイルハンマーの爆発音が延々と続いているかのような爆音。

 

 その正体が地面に着陸した事でハルス軍の中の常識は崩れ去る。

 

 鉄の龍。そうとしか形容の出来ない物が金属質の咆哮をとどろかせた。

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