08 迫りくる龍
あと少しで要塞に辿り着く。その僅かな気の緩みに付け込んで来たかのようなタイミング。休憩中というのも最悪だった。全員が即座に戦闘態勢に移れない。
「『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』が来るぞ!」
「散れ、散れ!」
過去の戦闘から間違いなく撃ってくると予測された龍族の切札。地平線の距離から届くこの大陸で最大の長距離射撃。その声にこたえた訳では無いだろうが、地平線の向こうで光ったかと思えば五キロと言う距離を一瞬でゼロにして光線が届く。理不尽を象徴するような一撃。たった一撃で十数機の魔導機士が塵も残さずに消し飛ばされるというのを理不尽と言わずして何を理不尽と言うのか。
辛うじて直撃から逃れた指揮官は周囲を見渡して被害状況を確認する。余波の衝撃に巻き込まれて損傷機体を含めてもまだ九割以上が残っている。そして何よりも、ここはアウレシア要塞に近い。逃走を選択した場合、屍龍がアウレシア要塞に向かうかもしれないと考えたらそれは取れない。ならば、残るのは一つしかない。
「総員! 作戦案Aに従って行動を開始! 対龍作戦(オペレーションドラグニティ)を開始する!」
移動中に通達された屍龍と遭遇した時の作戦案。その中の大本命。その発動が宣言される。
「配置に付くぞ!」
ミハエルが己の隊を率いながらパイルハンマーを手に取る。デュコトムスはこの作戦の中心、屍龍に直接攻撃を加える役目だった。表面上は堂々としながらもミハエルの心中には懸念がある。果たしてこの手に有る武器は本当にあの龍に利くのだろうかと言う物。
ケビンは先日聞いた会話の光景を思い出していた。
『我が龍鱗、魔成る物を通さず。されど巨神の如き一撃には屈する事も有ろう』
ケビンがバランガ島からイブリスーアウレシア戦線へ向かうとなった時に、交戦が予見されていた屍龍との再戦に備えてイングヴァルドから弱点でもないかと聞いていた時に出て来た言葉がこれだった。しばしケビンは考えて救いを求めるようにトーマスを見る。珍しい光景だった。
『魔法には強いけど物理攻撃には強くないんだとさ』
『然り』
『……なるほど』
『我が龍鱗を弾けば、その下は乙女の柔肌……手折るのは容易き事であろうよ』
『鱗をどうにかすれば肉は硬くないからダメージを与えられるだろうってさ』
『本当に何で分かるんだお前』
ケビンには全く理解できず、その意図を正しくくみ取るトーマスには感心するしかない。イングヴァルドも満足げに頷いていた。
『我が従僕よ、良くぞ我が意を汲んだ』
どうやら、トーマスはイングヴァルドの中では召使とかそんな感じのポジションになったらしい。
その時のトーマスの微妙な顔を思い出してケビンは口元に小さく笑みを浮かべた。
ハーレイとライラ、テトラ、グラムの作ったパイルハンマー。まずは槌の部分で相手の龍鱗にダメージを与え、そこに杭の追撃をかけて貫通させる。内部にまで到達した杭を爆裂させて内側からダメージを与える……というコンセプトの武装だ。杭は五発。最新型の銃と同じように回転式弾倉によって連続しての攻撃が可能になっていた。
あの重機動魔導城塞にさえ大打撃を与えた武装だ。利かない筈がないとケビンは思う。
「ワイヤーアンカー発射!」
取り囲むように展開したケルベインから次々とワイヤーが放たれる。数十本のワイヤーが空を飾った。その大半は龍鱗に弾かれたが、幾つかは取っ掛かりを得て屍龍に固定される。更に狙っていたのか、アンカー同士が絡まって長大な一本のワイヤーへと姿を変えた物もある。幾重ものワイヤーでの拘束。長時間は持つ物では無い。どころか今も身動ぎされただけで数本のワイヤーが弾け飛んだ。だが、動きは止まった。
「行くぞ!」
デュコトムス部隊が一直線に屍龍へと走る。屍龍が崩れ落ちかけている翼を強引に跳ね上げるとそれに引っ張られて数機のケルベインが宙を舞った。不安定な姿勢では着地もままならず、不時着としか言えない勢いで地面へと突っ込む。数十機の魔導機士を以てしても足止めにしかならない。龍族と言う存在の出鱈目さを痛感させられる。
悠長にしていたらまた屍龍は自由の身になるだろう。だがそれよりも早く。デュコトムス部隊が屍龍の足元へと到達する。その巨大さに改めて一瞬気圧された。だが即座に気を取り直してミハエルは叫ぶ。
「攻撃開始!」
「いやっほう! 一番乗りだぜ!」
アーロンが歓声を挙げながら真っ先に突っ込んだ。腰溜めに構えたパイルハンマーを遠心力を乗せて屍龍の足首に叩き込む。開発者の意図通り、龍鱗に罅が入った。
「まずは一発!」
撃鉄が落ちる。槌の中で炸裂した火薬。それが鉄杭を瞬間的に加速させる。密着状態から飛び出した杭は罅の入った龍鱗を貫き、その下の肉に突き刺さる。同様の光景は他の箇所でも見られた。一つの足に四機から五機。一撃を加えると同時に全機離脱する。
既に死体である屍龍には痛覚と言う物は無い。ただそれでも不快感は覚えたのか低く唸り声をあげ、溜め込んだ力を解放するように大きく身を揺らした。それだけで残っていたワイヤーが全て千切れ、自由を取り戻す。その拘束係の部隊。そして攻撃部隊。それらは未だ屍龍の足元。尾を振るか、或いはその爪か牙か。何れの攻撃であろうと圏内。
絶体絶命の死地にあって、ミハエルは臆することなく号令を下す。
「総員起爆!」
屍龍の足首に叩き込まれた合計二十本近い鉄杭。その全てが一斉に起爆した。さして強固でも無い肉の内側からの攻撃にはさしもの龍も耐えられなかった。絶叫の様な叫びを上げながら屍龍が崩れ落ちていく。その足は千切れかけていた。
人龍大戦から約530年。人の手だけで作り上げた兵器がとうとう龍族の足元へと手を届かせた瞬間だった。
「よっしゃあ!」
「油断するな! 第二撃行くぞ!」
口々に歓声を挙げる隊員を諌めながらミハエルは再攻撃を指示する。立て直す余裕を与えてはいけない。相手が怯み、地に伏している今が好機。一気に止めを刺そうと最接近した。
屍龍に見慣れない魔力が流れ始めたのはその時である。虚ろだった屍龍の眼光に妖しい光が灯った。
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