12 アウレシア戦線:1
その後、天幕から聞こえてくる怒鳴り声――そして暴れるような音にケビンは仕事をしていない筈の胃が痛くなったような錯覚を覚えた。そうして静まり返った時には逆に何が有ったのかと余計に気を揉んで、更にしばらくして晴れ晴れとした顔で出て来た指揮官とトーマス。そしてその袖を掴んでしずしずと出てくるイングヴァルドを見た時にはもう訳が分からなかった。
ケビンは誰か説明して欲しいと思う。トーマスに聞けばいいというのは素人の考えである。聞いてもこちらの混乱を深める回答が来る。断言しても良い程に確信を持っていたのだ。実際、尋ねたケビンに返って来た答えはこれである。
「殴り合ったら理解しあえたぜ!」
「わからん」
ケビンは理解する事を諦めた。
むしろ聞くべきは当面の方針である。
「それで機龍はどうなったんだ」
「ここの予備物資から少しエーテライトを分けて貰ってアウレシア要塞まで同道する事になった。俺は機龍の直掩」
「なるほどな……」
その辺りは妥当な所だろう。まさか放置していく訳には行かない。アウレシア要塞までの距離を考えれば物資を分け与えたとしても問題は無いだろう。屍龍もあれだけやられてすぐさま引き返すのは考えにくい。本格的な補給は要塞で行えば良い。
「その後の事は?」
「流石にそこまでは聞いてないな。まずは機龍を整備して、だな」
分からないと言いつつも、トーマスの口振りは近い内に何かある事を確信している様な口ぶりだった。トーマスの直観を信用しているケビンは軽く頷く。
「ならばこちらもその腹積もりでいよう……ログニスの動きは何か聞いているか?」
こちらへの援軍がどれだけ回されるのか。自前の戦力は少ないとはいえ、一個大隊相当の戦力は保有している。その内の幾つかが援軍として来るとケビンは考えていた。それだけにトーマスの答えは予想外と言えた。
「こっちに来る部隊は無い」
「……何?」
「ラズルは隊を動かすつもりみたいだったが……こっちに回すつもりはないみたいだ」
「ならば王都か?」
「いや、王都方面でも無かった……ラーマリオンとかも整備していたから海上からの攻撃になるんだろうが……」
トーマスもその目標は知らされていないらしい。状況を考えればアルバトロスの上陸地点――その奪還だろうが、だとしても違和感が残る。ログニスがそこを攻めれば確かにアルバトロスへのプレッシャーは掛けられるが、果たしてそれだけの余裕があるのかどうか。再奪還を計る間に王都が落とされてしまわないだろうか。
「正直、ログニス全体の動きは俺にもよくわかんね」
「そうか……」
そちらの動きも気になるところであったが、一先ず現状はログニスからの援軍が無いと言う事だけ分かれば良かった。
「つまり俺達二人だけか。責任重大だな」
「ああ、じゅーだいだ」
「うむ。重大なるぞ」
しれっと会話に混ざってきたイングヴァルドに、ケビンは突っ込まなかった。一先ずお疲れさまでしたと頭を下げておく。
「我が真なる龍体の力……正に天を裂き地を割るが如き威容だったであろう?」
「陛下の御威光にハルスの兵達も恐れ戦いていた様でした」
「そうであろう。そうであろう」
褒められて満悦した表情を浮かべる龍皇。フードに隠れているが、その下の表情はこれ以上に無い得意げな顔だった。
「アルさんからあんま甘やかすなって言われてんだけどケビン」
「今のも甘やかしの範囲に入るのか……?」
「ほめ過ぎると調子に乗るらしい」
「なるほど。確かに」
伸びている鼻が幻視出来る様だった。そんなイングヴァルドの頭を手の甲で軽く叩きながらトーマスは彼女を引っ張っていく。扱いが大分ぞんざいになっていた。――聞けば、アルから多少手荒く扱っても良いという許可を貰っていたらしい。許可を出すのはそちらなのかという疑問はケビンで無くとも抱く物だが、イングヴァルド自身も文句を言いつつもそれ以上はアクションを起こす気が無い様なのでうまく回っていると言えるのだろう。
「むう、我が明晰なる頭脳を構築せし要素が破壊される……」
「その程度で馬鹿にはならねえよ。補給の準備にも時間かかるんだから、支度して待ってるぞルド」
「そうだ。忘れるところだった。トーマス。その事なんだが……」
「悪いケビン! 時間が惜しい! 緊急じゃないなら後にしてくれないか?」
言い逃れをする為にそんな事を言っている訳では無いというのはケビンにも分かる。そして残念なことにそれはケビンの個人的な好奇心なので緊急の用事とは言えない。
「いや、急ぎじゃない……また後で良い」
「そうか? 悪いな!」
機龍に向けて走り去っていく二人を見てケビンは呟く。
「……疎外感を覚える」
少しばかりバランガ島を離れていた間に随分と仲良くなったものだという感慨と、友人が知らぬところで新たな人間関係を築いていたという少しばかりの寂しさ。それらの入り混じった感情がケビンの中に去来した。むしろ五年間も変化の無かった事が異常だと分かっているのだがそれでもだ。
――ケビンはまだ知らない。
自分が少し離れている間にあの累計すると六年以上も進展の無かった二人(カルロスとクレア)に劇的な進展が有った事を。
機龍へのエーテライトの補給はそれなりに時間がかかった。何しろ容量が桁違いである。全軍に一度ずつ補給が行き渡るだけの物資を保持していた筈だが、その十分の一を使ってしまった。つまり、魔導機士四十機分である。それでもまだ腹八分目だというのだから驚きだ。
これは大分物資を喰う機体だという認識を与えながらアウレシア要塞へと帰還した。当然だが、そんなサイズの機龍が通れる門など存在していないので、軽く飛んで城壁を飛び越え、中庭に着陸する。その光景はもしも敵対したら城壁など何の役にも立たないと見せつけているかのようだった。
別ルートで先行して到着していた機龍の整備チームが即座にそこに取りついて、本格的な整備を開始した。ケビンの記憶が正しければ、そこにいる人員の大半は魔導機士の開発チームの人間では無く、魔導船の開発チームの人間も混ざっていた。このサイズともなると確かに軍艦と呼んだ方が良いのかもしれない。まさしくログニスの技術員総出での作業だった。
そしてその陣頭指揮を取っているのはケビンにとっても見慣れた面々だった。
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