03 ベルゼヴァートの操縦者
「どう思うカルロス」
「うーん。やっぱり機体側に特別な物は無いな」
イブリスーアウレシア戦線。アルバトロスからハルスへの入り口にかけた縦に長い戦線は一進一退の攻防を続けている。ハルス軍の反抗作戦――鉄槌作戦によってイブリス平原に布陣していたアルバトロス軍を包囲して早くも一週間が過ぎた。未だハルス軍はその城壁を乗り越えられていない。
だがその一方で戦果としては上々の物を挙げていた。撃墜比は2:3の優勢を維持している。こちらも無傷と言う訳では無いが、被害度合いでは相手の方が深刻だろう。三日前からハルス軍は要塞の補給線を完全に経つ事に成功した。その後も連日攻め上がっているため、アルバトロス側の消耗は馬鹿にならない筈であった。古式の投入も行っているが、性能差の縮んだ新式を前にしては決定打とはなっていない。
そうした中で、ついに敵機のベルゼヴァートをほぼ無傷の状態で鹵獲する事に成功したというのはハルス側に天秤を傾けかねない吉報だった。その構造を解析するために後方へ送られる事が決定したのだが、その最中でケビンが機体の見学を行っていた。
「ざっと見る限り、駆動系は確かに関節部が大分増えているな。少なくともエルヴァートの倍くらいは可動部が増えてる」
「ちなみにデュコトムスと比べると?」
「1.5倍くらいかな。その分細かい動作が出来るようになっているみたいだ」
周囲に人影は無い。だというのにここには二人分の声が有った。それはケビンの手にしている魔法道具――カルロスがクレアへと送った指輪型魔法道具と同じ機能を持った物だ。より正確に言うのならば、こちらが試作品。最低限の機能だけを詰め込んでどれくらいのエーテライトが必要になるか導き出すために用意した物だ。
それを使ってあるところにいるカルロスと会話を行っていた。ただこの魔法道具は声を届けるのが限界だ。映像に関しては、指輪を介してケビンの視界をカルロスが同調して共有しているのだった。
「もうちょい上……そうその辺見ていてくれ」
「……これは何だ?」
「操縦系。うん、やっぱり増えた関節に対応するために機能が追加されているな。よくこんなに詰め込んだなあ……」
ベルゼヴァートの操縦系はリレー式のままだった。試作機の段階でカルロスはもう限界まで詰め込んだと思っていた。だからこそデュコトムスではライター式と言うハーレイの考案したタイプの魔法道具に変更したのだ。しかしながらその判断は早計だったかもしれないとカルロスは感嘆の声を漏らした。
「誰が作ったのかは知らないが、芸術的なまでに詰め込まれた魔法陣だ。ぶっちゃけ何書いてあるか半分も分からん」
「暗号化でもされているのではないか?」
「いや、これ素だな。暗号化させる余地すら無い程にキツキツだ」
暗号化させる余裕も無かったのか。或いは暗号化して無くとも理解されないと踏んだのか。まさかベルゼヴァートが鹵獲されることを想定していなかった……と言うのは楽観が過ぎるか。アルバトロスの理由がどれであろうと実際にカルロスにとっては手詰まりだった。それにベルゼヴァートの秘密はそこには無い。
「操縦者については何か分かったか?」
「…………子供だった」
十代半ばあたりだろうか。機体が後送された時点で既に事切れていた様だった。とても兵士には見えない細い身体。力なく垂れ下がった腕の白さがケビンの頭から離れない。自分たちを苦しめてきた相手が子供であったことに、目撃した兵士たちは少なからず動揺していた。ケビンもその一人である。直接目にしたのは数名であるが、噂は直ぐに広まる事になるだろう。
「やっぱりか」
「何か分かるのか?」
「屍龍を見た時から分かっていた事だったけどな……向こうには俺の父さんが付いている」
「それは……」
ケビンは言葉に詰まる。義兄に続いて今度は血を同じくする父親との敵対。カルロスの心労は如何程だろうかと感じたのだ。
「まあぶっちゃけそれはどうでもいいんだけど」
「良いのか」
「あの何考えているか分からない変人、知るか」
自分の父親に対して散々に扱き下ろしたカルロスは溜息を一つ挟んで気持ちを切り替える。
「死霊術には生物の脳を使って自分の位階を底上げする術式がある。それがアルバトロスに流れたとしたら……」
「ベルゼヴァートの操縦者はそれを使っていると?」
「俺の知る術式は使い捨てで、瞬間的な物だったけどそれを克服する方法を見つけ出したのかもしれない」
なるほど。とケビンは頷いた。だがこれでもまだ半分だ。
「それで子供だと思っていた理由は?」
「この術式は実の所結構危険なんだ。触媒になった生物の脳は塵になるからな。そしてこれは生きているか死んでいるかは関係が無い」
「……つまり誤って自分の脳を使ってしまう事も有り得ると?」
「俺の上の兄がそれで自滅したらしい」
カルロスはそう答えた。自分が魔導機士に憧れる契機となったアルニカ領の魔獣発生。その時は兄二人が帰らぬ人となり、姉の背中に消えぬ傷跡を残した。まだ幼かったカルロスはその全てを後から聞いただけだ。
「死霊術なんてやった事の無い奴に教え込むんだ。まだ頭の柔らかい子供の方が教えやすいというのが一つ。後は失敗したら死ぬって事を考えると、役割のある大人にはやらせられない。後はまあ消去法だ。十四年前のアルバトロスでの内乱時に親を亡くした子供と言うのは一定数居るだろうし、その後の安定まで捨てられた子供も大勢いたはずだ。そうした孤児の方が後々のトラブルが少ないんじゃないかって思ったんだよ」
実際、親亡き子が市民権を得る為に従軍するというのはハルスでもある話だった。軍に入れば取りあえず飢える事は無くなる。孤児や開拓していた村が魔獣に潰されて難民となった者達がマイナスからゼロに戻す為の道筋としてはありふれた物でもあった。
「それはつまり、ベルゼヴァートに乗っている操縦者は皆子供だと……?」
「断定できないが、その可能性はある」
カルロスの答えにケビンは拳を固く握りしめた。喰いしばった歯の隙間から問いが漏れる。
「子供を前線に立たせて、何が平和だ」
「……別にあいつをフォローする訳じゃ無いが、多分あいつは視点が違う」
「視点?」
「人間っていう種全体で損得を考えているって言えばいいのかな。個々人の命にまで意識を払ってない。ケビンだって魔獣との戦闘をしている時に擦り傷が出来てもそんなに気にしないだろう? あいつの考え方は多分それだ」
多少の傷が有ったとしてもそれを厭って逃げているだけでは何れ魔獣に食い殺される。その例えはケビンにも分かりやすかった。だがそれは。
「奴は己を神だとで言うつもりか」
「さあな。どっちにしても、さっきの例と違って現実には手足――いや、血液の一滴にだって自由意思があるって事だ。頭を自称する奴に合わせて出血してやるつもりも無い」
本来守るべき子供さえ戦場に送り出す。それをケビンは許容できなかった。
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