02 イブリスーアウレシア戦線

「魔導機士ヴィンラード……!」

「大将首だ!」


 敵機の中に混じる特徴的な機体。大量生産品である新式とは違う一品物であることが良く分かる古式の群青の装甲。数日前から自ら前線に立つようになったアルバトロス遠征軍の指揮官。彼が前線に出るようになってから相手の士気も上がっている。

 だがその条件はハルス軍も同じであった。大物を撃破した事。一方的に攻め上げる展開が続いている事。そうしたプラスの要素は操縦者たちの思い切りを良くし、身体は羽になったかのように軽い。そうする事で更に動きは良くなるという相乗効果が続いている。両軍の持つ勢いは互角と言えた。

 

 となれば出てくるのは地力の違いだ。こうした乱戦となるとベルゼヴァートは強い。縦の動きに気を取られていると城壁からのクロスボウが。クロスボウを注意しているとベルゼヴァートの切り込みが。そして、その双方を捌き切ったとしても恐ろしい大鎌が手薬煉引いて待ち構えている。

 

 日緋色金製の大鎌は堅牢な筈のデュコトムスの装甲も切り裂いていく。本来大物の武器を振るえば隙が生じる。その隙を狙おうと果敢に切りかかるデュコトムスも放たれた雷撃にその行く手を阻まれる。大鎌による必殺の一撃と、その隙を埋める機法。こればかりは新式には真似できない。古式としてのアドバンテージを存分に生かしながら、ヴィンラードは自身の周囲に空白地帯を作り上げていく。

 幸いなのはこの状況では対龍魔法(ドラグニティ)は放てない事だろう。今となっては対龍魔法よりもハルスの銃の方が射程が長い。悠長に発動準備をしている間に蜂の巣にされることは必至である。故に容易くは撃てない。確実に撃てる状況を用意する必要があった。

 

 そうした様々な要因から、戦局は再び硬直する。それを良しとしない者が一人いる。

 

「ヘズン・ボーラス! 覚悟!」

「また貴様か、デカブツ!」


 互いの声が聞こえている訳では無い。ケビンもヘズンも態々貴重な魔力を使って外部拡声器の魔法道具を起動したりはしてない。それでもその動きからヘズンはここ数日自身に付き纏っているデュコトムスと同一であると見破った。

 

 トーマスから受け継いだ岩斧。その武骨な武装は実はカルロスが手ずから用意した物である。特殊な素材などを使ったわけでも無く、ただ頑丈さを求めて硬く重くした物だが、この場ではそのシンプルさが功を奏した。

 並みの武装では容易く断ち切ってしまう日緋色金の大鎌も、岩の塊を立てる程では無かった。切れ込みを入れる事は出来るが、そこで下手に斧を捻じられでもしたら大鎌が破損する可能性もある。日緋色金製の武装は強力な反面修復には多大な時間がかかる。いつぞやカルロスが柄を消し飛ばしたときなど繋ぎ直すのに二年近い歳月を必要としたのだから。

 

 機体の単純なパワーならば互角――むしろ質量の分デュコトムスの方がある程だ。そんな相手が縦横無尽に一撃必殺の斧を振り回してくる。気を抜ける相手では無かった。同時にヘズンは寂しさを覚えずにはいられない。この戦場で自分が善戦止まりの動きしか出来ていない。確かに体力的には最盛期を過ぎ、下り始めている。自身の戦闘力と言う観点では今以上は望めず、徐々に下がっていくことになるだろう。

 だがまだそれも僅かな話。五年前からそこまで極端に変わった訳では無い。己の戦力がただの一つになってしまったのは一人の男が生み出した新式魔導機士と言う存在のせいだ。自分は変わっていない。周りが一気に押し上げられたのだ。新式魔導機士は今も進化を続けている。そして――古式はその進化に取り残されつつあるのだ。

 

 例えば、デュコトムスの操縦系には銃を使う事を前提とした補助機能が組み込まれている。魔法以外での遠距離攻撃の充実。それらを古式も扱う事は出来るが、操縦系に手を加えて最適化する事が出来ない。最新の武装が使えなければ何れ、古式魔導機士と言う存在は過去の産物と成り果てる。いや、既にその兆候は出ている。

 

 だから恐らくは、この戦いが最後だろうという予感がヘズンには有った。少なくとも古式が戦場の華でいられるのは今だけ。数年の後にはもう戦場に居場所は無く、芸術品と同じように鑑賞する物に変わるだろう。自分たちが時代遅れとなる。それに寂しさを覚えない者はいないだろう。

 

 だがそうはさせないと。気合いを込めた一閃をヘズンは振るう。数年後、そこには争いなどあってはいけない。戦争を無くす。その為の戦いなのだからこれは。

 

 その一閃をケビンは斧で受けた。この数日色々と試してきたが。この斧による攻防が最も安定している。更に今回はもう一つ小道具を用意してあった。

 

「今だ!」


 号令をかける。同時にケビンのデュコトムスも背後に離脱した。その急な動きにヘズンは訝しみ、即座にその狙いを看破した。目前に飛んでくるワイヤーが見えれば企みも見えてくる。

 

「鹵獲、だと!?」


 アンカーの付いたワイヤーは数本飛来した。その数本を全て巧みな鎌捌きで叩き落す。ケルベインが手にしたクロスボウ。そこからワイヤーが伸びていた。アルバトロスの機体を鹵獲するためにハーレイとカルロスが用意したワイヤー式のクロスボウ。

 不意を打たれたベルゼヴァートがワイヤーに絡め取られて転倒した。

 

「いかん!」


 それを見たヘズンは救出しようとするが、その前にケビンが立ちはだかる。

 

「自分たちは取り放題だがこちらには許さないと? 狭量だな」


 相手に聞かせるつもりの無い皮肉を呟きながらケビンは岩斧を構える。今日の作戦――それは敵の新鋭機ベルゼヴァートの鹵獲であったことに、アルバトロスは夕暮れに間近になって気付かされた。日暮れによって奪還の余裕も与えない一発勝負。上がり調子だったハルス軍はそれを見事に成功させたのだった。

 

 その日の戦いは日暮れまで続いたが、アルバトロス軍は後送されているベルゼヴァートを奪還できず、包囲を突破する事も出来ずに要塞内に戻っていく。その晩、ハルス軍の本陣に歩兵による工作部隊が送り込まれたが夜襲を読んでいたハルス軍によって撃退。

 

 ――とうとうベルゼヴァートがハルス軍の手に落ちたのだった。

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