04 デュコトムス部隊の休息

 翌日の戦線は、誰かが危惧した通りになった。

 

 ハルス軍の動きが鈍い。特に対ベルゼヴァートとなると押され気味になっている。戦力的には何の違いも無い。どころか相手の機体には応急処置としか思えない修復の跡が見られるようになっている。間違いなくこの包囲は相手にとっても利いている。その成果が上がって尚押されているのは操縦兵の問題だ。

 

 相手が少年兵だと分かった事でハルス軍の中に躊躇いが生まれている。子供を前線に出す非道さ。それに憤りを覚えた者も多い。しかしそれをそのまま少年兵への戦意に変える事は難しい。

 

 結果としてその日の戦いは双方消極的なまま、この一週間の中では最も被害の少ないまま日暮れを迎えた。

 

 大陸歴10月24日。雪の訪れにはまだ遠い。

 

 大陸内でも北部よりのイブリスーアウレシア戦線は真冬ともなれば降雪が予想されている。特にメルエス側は豪雪となる。その中をアルバトロス側が強行するというのはそれだけでも相手への負担となる。雪で身動きが取れなくなるかもしれないとなれば後退も考えられる。

 

 冬。或いは年明け。それまでがハルスに取って一つの勝負どころであった。そこまで耐えられれば国境線は雪で閉ざされる。その間に更に国内の軍備を整えられれば、アルバトロスも容易には攻めてこられない。後二月。その時を皆待ち遠しにしていた。

 

 そしてその時を待ち望んでいたのは、ハルス軍だけでは無かった。

 

「……妙だと思わないか」


 連日戦い尽くめでは兵たちも身が参ってしまう。その為交代で休日が設けられていた。無論、それも準警戒態勢と言う何時でも出撃出来るように備える必要がある為飲酒などは出来ないし、戦線は二十キロ程先に位置しているのでそこまで気を緩められる訳では無い。それでも貴重な時間だった。そんな時間の中で秘蔵のコーヒー豆を、淹れる人間の腕前によって台無しにしながらデュコトムス隊の隊長であるミハエルが口を開いた。

 

「んあ? 何が?」


 焚火を起こして芋を焼いていたアーロンはアツアツの芋をお手玉しながら答える。その緊張感の無さにミハエルは溜息を一つ。

 

「火の始末はちゃんとしろよ」

「任せろって。俺は自分ちには火をつけたことが無いんだ」


 遠まわしに自分の家以外では火をつけたことがあるとも聞こえるような発言に再度溜息を吐いて説明をする。

 

「アルバトロス軍の動きが鈍い。連中包囲されて補給も断たれてせっぱつまっている筈だ。冬になれば後方からの援軍も期待できなくなる。最悪連中だけここに取り残されかねない」

「良い事じゃないか」


 話を聞いていた隊員がそう言うとミハエルは首を横に振った。

 

「逆の立場で考えてみるんだ。我々がアウレシア要塞を包囲され、補給路も断たれた。このままでは何れ物資は干上がる。君はどうする?」

「そりゃもちろん正面突破だぜ!」

「すまん。他の人に聞く」


 隊内でも随一の脳筋に聞く質問では無かったと相手を変える。一人がおずおずと挙手して言う。

 

「えっと、正面かは兎も角、包囲の突破を図ります」

「それが普通だ。時間は相手にとって味方しない。余力のある内に突破を図らないと、動けなくなる」

「じゃあまだ余裕があるんじゃねえの?」


 ほくほくの芋にどこかからちょろまかしてきたバターを乗せて、美味しそうに頬張っていたアーロンが二個目に取り掛かりながらそう答えた。

 

「……余裕?」

「そう。実際は結構物資を溜め込んでいて、俺達が思うよりもまだ長持ちするとかどうよ」

「有り得ない話では無いな……」


 アーロンの適当な発言だったが、案外的を射ているかもしれないとミハエルは思った。だとしたら相手の動きもある程度の納得が行く。こちらの想定よりも活動限界が長いのだとしたら反撃を仕掛けてくるのはここからだろう。

 ただもう一つ問題が。

 

「だとしても出し惜しみする理由は何だ……? 物資の余裕が有っても戦力をすぐさま回復できる訳では無いんだぞ」

「そりゃあ……ここに留まる事自体が目的なんじゃないの?」


 三つ目も平らげて、最後の芋に塩だけをかけてアーロンがかじりつく。芋の破片を飛ばしながら喋る彼にミハエルは嫌そうな顔をした。

 

「食べるか喋るかどっちかにしろ」

「…………」


 無言で咀嚼するアーロンにミハエルは思わず突っ込む。

 

「喋れ!」

「どっちかにしろっていうから食べてたのに……」


 やや理不尽な叱責にアーロンは汗を一筋垂らしながら話題を戻した。

 

「だって態々被害を出して、物資を溜め込んで。それでもここから動かないって言うならそう言う事なんじゃねえの?」

「……お前は普段食べたりふざけたりばかりでどうしたものかと思うが、こう言う時だけは頭が働くのだな……」


 呆れているのか感心しているのか、どちらともつかない感情を滲ませながらミハエルは呟く。

 

「此処に留まる。俺達をこの場に留めたいのだとしたら……陽動?」


 誰かの言葉にミハエルも考える。

 

「だが別働隊が居るとしてどこから来るんだ? ベルヤンガ渓谷は工兵隊が崩した。あれの復旧は一月や二月じゃ難しい筈だ」


 イブリスに戦力を集中させるため、ベルヤンガ渓谷は崩落された。そこを乗り越える事はベルゼヴァートならば不可能ではないだろうが、既に対抗策が確立したあの機体が少数でそちらを突破して来たとしてもかつて程の脅威にはならない。少数ではあるがベルヤンガ渓谷を見張る部隊もいる。どれも新型の散弾銃で武装した対ベルゼヴァートを意識した部隊である。

 

「無明内海を超えてくるとか?」

「何百年も渡れていない海を今になって渡れるとは思えないな……」


 全く以て不思議な事だが、大陸中央に存在する内海――無明内海。そこは船が浮かない謎の海である。その為、大陸を横断するためには今戦場となっているイブリス平原などを使うしかないというのが現状だった。もしも無明内海が無ければハルスとアルバトロスの戦いは広大な戦線を抱える事になっていただろう。限られた場所だけで一進一退を行っている今とどちらが良いかは判断の分かれるところだった。

 

「後考えられるのはは……海、外海か」

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