27 疑似龍体の建造

 擬似龍体の建造作業は特設された工房で行われた――と言うよりも、イングヴァルドが龍体の骨格を組成した位置から動かす事が出来ず、仕方なしにその周囲を壁で囲ったというのが正しい。結果として港とは反対側――ハルスにもその存在を隠匿する結果となったのは良い事なのか悪い事なのか。

 

「慎重に運べよー」


 建造作業その物も人間の手ではとても足りない。或いは時間をかければ可能であるかもしれないが、その時間的な余裕が何時まであるかも分からない。結果、時間短縮の為に余所で作った部品を魔導機士を使って取り付けていく事となった。特に駆動系などは完全に外部に委託だ。魔導船の材料と偽ってハルスにも発注している。比較的ハーレイの息の掛かった秘密の漏れにくい工房は選んでいるが、早晩ログニスがハルスにも秘密裏に何かを組み上げているというのは発覚するだろう。その時にラズルは、ログニスはどうするつもりなのか。カルロスが心配する様な事では無いのかもしれないが、龍族に匹敵する戦力を極秘裏に建造するというのはかなり外交的には拙いのではないだろうかと思う。或いは、それを狙っているのか。

 

「……脚部のチェックだけで一月はかかりそうですね。アルニカ殿」

「そのペースで済むのなら上々でしょう……中身はもっとかかりそうだ」


 これだけの巨体。魔力消費も凄まじい。イングヴァルド本人が並みの古式を凌ぐ魔力を生み出せるとは言っても、それだけでは足りない。本物の龍体ならば龍の心臓が龍人体の数倍の魔力を生み出せたらしいが、そんな物はカルロス達の手元には無いので魔導炉で代用するしかない。所謂カルロス達が小型効率化する前の大型魔導炉をベースにした高出力炉。それ一つが魔導機士よりも巨大な大型炉を搭載する事で龍の心臓の代用とする。そしてそれだけのエーテライトを収めるためのタンク。胴体部は殆どがその二つで埋め尽くされた。必然、武装はそれ以外の場所に集中する。

 

「にしても、良かったのか? あの巨大エーテライトをこいつに使っちゃって……」

「ふっ……構わない。ハルスで使おうとしたらどうせ粉々に砕こうとするに決まっているのだからね」


 迷宮地下から見つけ出した巨大エーテライトの結晶体。その半分を使ってカルロスはイングヴァルドの持つ最大の魔法を魔法道具にしようとしていた。即ち――『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』。龍族だけに許された圧倒的な力の具現を、人為的に再現しようとしていた。と言ってもカルロスがその魔法を使えるようになる訳では無い。イングヴァルドから融法で魔法のイメージを読み取り、それを転写しているだけだ。何の効率化も図られていない魔法陣。膨大な龍族の魔力に任せた力技をそのまま使っている。人造の魔導炉ではその発射回数には制限があったが、屍龍に対抗するためには同等の火力は必須条件だ。

 

「しかし、実に惜しい……これが量産できないというのは実に惜しい!」

「そうだなあ……」


 イングヴァルドが再度龍体の骨格……龍骨を組成出来れば可能性はあるが、アルから断固としたノーを突きつけられている。これ以上は将来に差し障るらしい。何となく邪推してしまう自分が嫌になるカルロスだった。

 

「可能性があるとしたら……敵の偽龍を倒してその骨を引っこ抜いた時か」


 何気なく言った言葉だったが、ハーレイが黙りこくっていた。その手が有ったかと騒ぐのかなと思っていたら若干引いた表情をしていた。

 

「いや、アルニカ殿……? いくらなんでも骨を引っこ抜くというのはちょっと……」

「畜生何でだ! 使える物は使えば良いじゃんか! っていうかテトラとかも同じこと言ってたのに何で俺だけ引かれるんだよ!」

「マークス殿はこう、普段からぶっ飛んでおるので……アルニカ殿は普段が普段だけに本気に見えるというか」


 確かに混じりっけなしの本気だったがだからと言ってこの扱いは納得が行かないと憤然とするカルロスだったが、すぐに気を取り直した。

 

「それじゃあ尻尾はさっき渡した書面。あんな感じの予定通りで」

「うむ、実に心躍る構造ですな! しかしそうなると少しばかり骨格が余りますな? それはどうするつもりで」

「勿論使うさ。アストナード殿には悪いけどこっちで使わせてもらう」

「ああ。口惜しい! 身体が二つあればそちらの方にも手を出すのに!」

「擬似龍体に、デュコトムス用の対龍兵装。連射型の銃の開発……それだけ手を出していて身体はもう一つで良いのか……」


 正直に言うとそのバイタリティはリビングデッドのカルロスからしても異常に見える。というかこの男、既に死んでいるのではあるまいかと疑う程であった。そうでなくともその内過労死しそうで怖い。

 

「連射型銃の開発はライラに任せておりますからな」

「……っていうかお前ら結構仲良いよな」


 良く話していれば付き合っているなどと言うのは最早邪推どころか妄想でしかないが、色眼鏡を抜きにしてもライラとハーレイは相性がいいように見える。

 

「何でも、ライラの好きな相手と私が似ているらしく」

「あいつ好きな奴とかいたのか……」


 というかそれって実は遠まわしな告白では? とカルロスが指摘するとハーレイは眼を丸くした後大笑いした。

 

「はっははは。意外とライラの事が分かっていませんな。あれはあれで一途な奴ですぞ。好きな相手が居るのに、他の男に言い寄る様な真似はしないでしょう」

「ええ……」


 同じ人物の話をしているとは思えなくなってきた。別に浮気性だ、と思っている訳でもないが一途だと思う様な要因も無い。

 

「後私、伴侶には安定性と言うかブレーキ役を求めているので」

「それはまた探すのに難儀しそうだな」


 こいつを止められる女性と言うのは余程気が強くないと厳しいだろう。カルロスはまだ見ぬハーレイの将来の伴侶に今から同情した。絶対に、相手にとっては安定性は無い伴侶だろう。

 

「対龍兵装はマークス殿とアッシャー殿が中心になって作ってくれていますよ。何でも昔似たような物を作った事があるから、との事でしたが……」

「……あったかな?」


 先日の陽動作戦の際に屍龍へと傷を負わせた攻撃。そこからある試作武装を連想したカルロスはその威力向上を主眼にしたデュコトムスでも扱える新型武装の開発に着手していた。昔となると戦いと追跡に明け暮れていた四年よりも更に前。そんな時となると候補は限られてくる。

 

「ああ……あれか。確かに生身で魔導機士落とせるくらいの威力があったな」

「ほう、面白そうな話ですな。それも是非聞きたい」


 そんなカルロスの昔語りを聞いた結果。ハーレイの仕事がまた一つ増えた。前線でハルス軍が決死の足止めをしている頃。後方では着々と反攻準備が整っていた。

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