28 新たなる――

「さて、と」


 擬似龍体の建造が本格化してから増床された工房はもう一つある。こちらは実質カルロス専用の空間。他の作業員研究員の一切を排した機密の場所。エフェメロプテラを秘匿していた格納庫を解放する形で追加された工房は、たった一機の魔導機士の為に存在していた。

 

 横たわるのは未だ無残な骨格。その残滓。形に成りきっていないそれは大雑把な寸法はデュコトムス相当。他人の手は借りられないため、カルロスが手ずから加工しているそれは、龍族の骨。イングヴァルドが組成した龍骨。その余りになった部分を拝借したのだ。それを整形して作り上げるは魔導機士のフレーム。その手法は嘗ての愛機。エフェメロプテラと同じ手順で作られている。

 

「……フレームはこれで良い。駆動系はデュコトムスの物を調整して流用する。それから――」


 遥か六百年前から託された右腕と、尊敬する漢から受け継いだ右腕。そのどちらも取り付けたい。神権機と大罪機。その双方に触れたというのは恐らくはカルロスだけだ。本来ならば相容れない筈の存在二つ。少なくともこれまでは敵対か傍観かの二択。戦場での一時的な停戦は有ったかもしれないが、恒久的な和平と言うのは無かったはずだ。だからこそ、誰も気付いていないのだろう。この二つに差など殆どないと言う事に。

 

「そう言えば、あの自称神様も言ってたな……眷属を作る力を取られたって」


 元は同じ力から作られたと言う事ならば、その基本骨子が同質になるのも無理はない。ただそこに宿った権能が真逆の為、相容れないだけだった。

 

「しかし、分からん。何で神権機の右腕はこんなことになっているんだ?」


 苦労して数年かけて解析した神権機の右腕。それだけの時間をかけても理解には至らずにブラックボックスと化している箇所があちこちにあるが、それでも分かった事がある。この右腕はそれ単独で他の神権機のコアユニットの様な役割を果たしていると推測出来た。だがそれは有り得ない話だろうとカルロスは思う。少なくとも大罪機はそんな事にはなっていない。ゴールデンマキシマムの右腕には無い。エフェメロプテラはカルロスがコアユニットの様な物だったが、機体の中心に収まっていた。コアユニットが機体の中心に近いのは伊達では無い。そうする事で全身に機法を行き渡らせやすくしているのだ。右腕にあると言う事は利点が少ないのだ。

 

「まあそのお蔭で助かっているんだが……」


 恐らく、単なる神権機の右腕ではここまで大罪の侵食を推し留められなかった。或いはクレアを探す旅路の途中で大罪に飲まれていた可能性も否定できない。神剣を解放した際の苦痛も恐らくはそこに起因している。あれは大罪と神権の反発と言うより、自分と言うコアと右腕のコアが反発しあっていたのだ。一機の古式が持つ機法が一種と言う意味が理解できる。単純に魔導機士一機と言うのは活性化した二つのコアを乗せて耐えられる程器が大きくないのだ。それこそ重機動魔導城塞くらいのサイズが有れば三つ四つ積んでも平気なのだろうが……。

 

 だがデュコトムスを基準とした大型魔導機士ならば抜け道はあるはずだった。カルロスの頭の中には既にその腹案がある。他にも色々と考えている事はあるのだが、最終的な完成形を想像するとちょっとだけ周囲から身を隠したくなる。絶対に、趣味が悪いと言われる気がした。カルロスとしては迷う余地なくカッコいいと言い切れるのだが、どうも自分のセンスは周囲が付いてこられない程に高いらしいと察してからは無理に進めるのは止めた。謎の自信であった。

 

「エフェメロプテラ・セカンド……? いや、完全な別物だしな。新しい名前の方が良いか……ストロンガーX……?」


 その周囲が聞いたら全力で止めにかかるであろうネーミングを呟きながらカルロスは作業を続ける。大罪機として、己の半身として認識させるにはこの工程が必要不可欠だとカルロスは本能で理解していた。自らの魔力で全体を満たしながら機体を形作る。それはある意味で、龍族が龍体を産み出すのに似た工程。嘗てカルロスが魔獣の死骸から魔導機士を作り上げた時の様に、その軌跡をなぞる様に、新たな大罪は再誕の時を待っていた。

 

 その一方でライラも新たな銃を完成させていた。

 

「いい、くれくれ? よーく見ていてね」

「はいはい。見てるわよ……弾入ってないでしょうね?」

「入ってないよーよしんば入っていたとしても寸止めだよー」


 銃で寸止めって何よ、と突っ込んでいるクレアを見かけたカルロスは興味を惹かれて近寄る。

 

「何してるんだ?」

「ライラが新しい銃を完成させたんですって」

「へえ……? 何か小さいな」


 ライラが自慢げに振りかざしている銃は今までの物よりも大分小さく見えた。中心部の膨らみだけが大きい。

 

「何だこの樽みたいなの」

「昔見たことがあるわね……確か、蓮根?」

「俺も一回見たことがあるな。確かに蓮根みたいだ」


 その筒状の物体は貫通して複数の穴が円状に並んでいた。確かに蓮根の様だった。蓮根呼ばわりにハッとしたライラは胸を張ってその名を告げた。


「ふっふふ。名付けて蓮根式連射銃!」

「……まんまだな。っていうか今思いついただろうそれ」


 そう言いながらカルロスはその構造を見つめて理解した。

 

「なるほど。その穴に弾を詰めて回して連射できるようにするのか」


 頭の中でネジを回す様にその蓮根部分を手でカチカチと回す姿を幻視するカルロス。確かに格段に発射速度は上がるだろう。


「ふっふふ。それは半月前のライラ……今のライラは……こうだああ!」


 これ以上ないドヤ顔でライラは引き金を引いた。叫び声とは裏腹に起きた事象は地味な物だった。銃の尾についているハンマー上の部品が打ち下ろされた。カチンと言う音と共に、その蓮根部分が回る。再度ハンマーを倒し引き金を引くとまた蓮根部分が回る。

 

「……これは」

「凄いわね……」


 完全な機械的な構造で蓮根部分が回転し、次弾を発射可能にしている。ハーレイ達が作った機関銃と比べれば連射速度は雲泥の差だろう。だが携行性ではこちらの圧勝だ。これを魔導機士サイズに出来ればハルスの軍勢はアルバトロスに対して圧倒的な射撃能力を持つ事が出来る。簡単に連射が可能なこれならば、ベルゼヴァートも捉えられるかもしれない。

 

「今ケルベインでこれの大型版をテスト中。上手く行けば今戦線支えている人達楽になるかなって。後散弾銃と組み合わせれば楽しそうだし」


 そこで楽しそうと言う感想が出てくるライラに計り知れない物を感じる。

 

「でもすごいわねライラ。こんな仕組み良く考え付いたわね」

「うーん、何か寝てたらパッと閃いちゃった」


 何というか、この不条理の塊と言うか無茶苦茶さにはカルロスも脱帽である。流石の彼も寝ている時にアイデアを思いついたことは無かった。

 

 この蓮根式改め回転式連射銃はその構造が比較的簡易な事もあってハルスでは即座に普及した。

 僅か一月の試験の後にはもうアウレシア要塞へ初期の量産ロットが運び込まれたのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「……おい、ラズルこれは本当か?」

「ああ。本当だ」


 擬似龍体と新生大罪機建造が開始されてから一月。カルロスはラズルに呼び出されていた。その内容に、カルロスは信じがたいと呟きながらある人物から聴取した内容に再度眼を通す。そうして一言呟いた。

 

「狂ってるな」

「同感だ。だが連中はそれをやってくる。それを阻止するとなると、確証が無いと動けん。すまんが融法で裏を取って欲しい」

「それは構わないが……」


 そこでカルロスはふと気づいてしまった。思いついてしまったと言っても良い。

 

「これが事実だとして……一つ考えがあるんだが」


 大陸歴523年7月。ログニスによる一つの作戦が進められ始めた。

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