11 決死隊
「作戦が失敗した……?」
「はい。それについて再度会議を行いたいと」
走り去っていく従卒の背を見送ってカルロスは自分が少しばかり気落ちしている事に気付いた。駄目だったら次の策を。そう思っていた筈なのに実際その駄目を突きつけられると予想以上に動揺していた。
「大丈夫か?」
「ああ……」
心配して声を掛けたグラムへの返事も精彩を欠いている。打った手が不発に終わったのならば新たな作戦を考えなければいけない。死霊術について、魔導機士について最も知っているのは自分だ。自分が考えなければという焦り。
「少しお茶でも飲んで落ち着いたらどうだい?」
「すまん……ありがとう」
グラムが手ずから淹れたお茶を口にして漸くカルロスは空回りをしていた頭が平常に戻るのを感じる。焦って考えても碌な考えは浮かばない。見落としだらけの策など自殺と変わらないのだから。
「……龍族のリビングデッドか」
「今回の作戦は一番確実性のある物だった。それがダメとなると……」
「真っ向勝負かい?」
「しかない。だけど今ある魔導機士じゃあれに対抗するのは無理だ……新しい機体を作るのにも時間が足りない」
屍龍がその気になってしまえば、ハルス全土を蹂躙するのに一月はかからない。その短時間で龍族対策の機体を作り上げるなど不可能だ。何より、単純な武力でトップだったゴールデンマキシマムが敗れたというのがネックだ。それ以上の機体など、どうやって作ればいいのか見当もつかない。
「一先ず現状を聞いてくる……」
「ああ。気を付けてな。僕は三人の仕事を手伝ってくるよ」
今ケビン達元騎士科三人はデュコトムス操縦者候補を鍛えていた。皮肉なことに、ベルゼヴァートに一矢報いたという実績が候補生たちからの尊敬を集める結果となったのだ。救助任務で出撃していた彼らはベルゼヴァートの超人的な機動を目撃している。余程わかりやすい成果だったのだろう。――そこに集う候補生達の中から、幾つかの顔が消えた事を除けば上々の環境だった。
機体側の意見を言う為にグラムが訓練場へと向かう。カルロスは一人、司令室へ。
「揃ったか。早速だが……今回の魔導炉爆破の作戦は失敗した。というよりも続行不能になった」
「アルバトロスに発見でもされたのか?」
「いや、戦闘の影響かは定かではないが……地下通路が崩落していた。人為的な物には見えず、掘り返そうと思えば時間はかかるが可能だという結論が出ているがその時間は無い。魔法使いが掘り返している間に大型魔導炉のエーテライトが尽きる。それ故に地下通路からの突入は断念した」
その前置きに、カルロスは次に何を言おうとしているのか理解した。知らず頬が引き攣る。
「地下通路からと言う事は……別のルートで行くと言う事でいいのかしら?」
「そうだ。裏口が駄目だったのならば、表口から堂々と行くしかない」
「無謀だ」
思わずカルロスは口を挟んでいた。司令官が言おうとしている事はつまり。
「あの屍の龍と一戦やり合うなんて自殺行為だ。全滅するぞ!」
「だが他に手は無い! 討伐する訳では無い。龍を誘引し、要塞跡から引き離す。その後に工作部隊が要塞に突入。大型魔導炉への道を開き、準備を完了させる。その後、陽動部隊は離脱。龍が要塞跡に戻ったタイミングで起爆させる。陽動だけならば見込みはあるはずだ」
「だけど……!」
確かに。相手を引きつけるだけならば危険度は下がる。だがそもそもの誤解がある。危険度が下がった所で、既に人間にとっては致命的な危険を孕んでいるのだ。例えるならば100で致死となるところを、討伐ならば500、陽動ならば200と言った所だろうか。どちらにしても全滅かそれに近い結果は避けられない。
「それは一人か二人生き残ったから全滅ではないと言い張る行為だ」
「それでも構わない。正攻法で挑んだらハルス全軍が全滅する可能性とて低くは無い。要塞一つで済むのならば、マシな方だ」
だが他の二人は既にそれを受け入れている様だった。最善が駄目ならば次善で。彼らはそう訓練されている。
「問題が二つ。まずは陽動終了後に龍族が要塞跡に戻ってくれるかどうかと言う事だが……」
ちらりと視線を向けられたカルロスは認めたくないと思いながら口を開く。
「恐らく、戻る。アウレシア要塞近くまで誘引しなければ、最も近い魔力の塊である大型魔導炉から離れようとはしない筈だ」
「なるほど。万が一しくじった場合でもここで同じ事が出来る訳だ。それで、もう一つとは?」
「紛い成りにも生還の見込みがある陽動部隊とは違い、工作部隊には退却する方法が無い。犠牲を前提とした作戦と言う事だ」
そう、先ほどはさらっと流されてしまったが屍龍が要塞跡に戻ってから起爆、と言う事は退却口には既に屍龍が陣取っていると言う事だ。そこから逃げ出しては最悪、屍龍が効果範囲から逃れる。それでは意味が無い。では地下から離脱するか? それも不可能だ。その裏口が塞がれているからこそのこの無謀な作戦なのだから。
「私がやる」
「それは許されません。司令官。貴方は最後までこの要塞を率いる責務がある……志願者を募りましょう」
工作部隊は本物の決死隊だ。陽動部隊も高い確率で死ぬ。どれだけ犠牲者を少なく見積もっても生還率が二割を切る作戦だった。そんな物に志願する人間がいるとはカルロスに思えなかった。そして、志願者が居なかった場合。彼らはどうするつもりなのか。それが気になる。
同時に、自分たちならばと言う考えが浮かぶ。リビングデッドであるカルロス達ならば万が一の可能性がある。工作隊側に入っても万が一だが復帰の可能性があるのだ。だがそんな危ういギャンブルに自分も仲間も賭けられない。だから彼はそれを口にはしない。
「ここで我らが全滅しようとも、あの龍はここで止めねばならない。あれが防衛戦を突破したらハルスと言う国は崩壊する……!」
その悲痛な叫びに、カルロスはもう止めるべき言葉が思いつかなかった。そして言う資格も無かった。
4月29日。それは第一次機人大戦に於いて最も立案から実行までが短く、そして短時間で最も兵が死んだ作戦――失墜作戦(オペレーション・アベースメント)が実行された日である。
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