12 失墜作戦:1

 アウレシア要塞から出撃した魔導機士の総数は213。

 内、量産型デュコトムスが8。ケルベインが52。ウルバールが150。試作型デュコトムスが1。古式が二機。一つの戦場で雌雄を決するために使える程の大戦力。要塞にはウルバール僅か50を残したのみの文字通り総力。その戦術目標が陽動と言うのが現状の厳しさを何よりも物語っていた。

 

 そして基本戦略は屍龍をドルザード要塞から程々に離れさせ、その視線を釘付けにする事。その為だけの200を超える機体だった。その大軍の中で、部隊指揮を任されている一人が誰に聞こえない呟きを漏らす。

 

「これだけの数が居ても足止めが叶うかどうか……」


 基本的に攻撃を食らったら終わりだと考えた方が良い。圧倒的過ぎる火力差と装甲差は越え難い壁として立ち塞がる。言ってしまえば向かってくる竜巻に攻撃するのと大差がない。人に仇を成そうとする龍族と言うのは最早天災と言った方が良い。予測される生還率は限りなく低い。だからこそ――。

 

「何でここにいるんだカルロス」


 通信機越しに、ケビンの棘の混じった声が突き刺さる。口笛を吹いて誤魔化そうとしたが、上手く吹けずに気の抜けた音にしかならなかった。それでも誤魔化そうとしているのだけは察したのか、更に鋭くなったケビンの声。

 

「お前……今回の作戦がどれだけ危険か分かっているだろう」

「分かってるさ。だけど俺はあの龍族を直接確かめないと行けない。リビングデッドだっていうのなら他人に任せきりには出来ないからな」


 死霊術などと言う特殊体系の魔法を使うのはアルニカ家位だ。必然、ハルス側でもカルロスにしか理解できる人間が居ない事を示す。

 

「考えたくはないが、あれが最後の一頭っていう保証はないだろう? 少しでも直の情報を入手しないと」

「……全く。理由だけは尤もな話だから性質が悪い」


 それだけが本音で無い事はケビンにも見透かされていた。単純にカルロスは、騎士科の三人だけを死地に送って自分が後方で待っているという構図に耐えられなかっただけだ。今挙げた理由は後付だった。だが建前がしっかりとしている以上、ケビンには彼を止める事が出来ない。モーリスの言葉は完全に無視する形となっているカルロスだが全く気にしていなかった。基本的に頑固な人間である。

 

「それでデュコトムス一機かっぱらってきたのかよ」

「失礼な事を言うな。ちゃんと正規の手続きだ」


 ガランのからかう様な声にカルロスは憮然として答える。元々持ち込んでいた自身の機体――エフェメロプテラは爆散してもう存在しない。ならばある物を活用するしかない。と、なるとやはり自分の作品でもあるデュコトムスが良いだろうという結論に達したのだ。ちゃんと魔導機士の部隊管理をしている部隊長と交渉し、一機自分の元に回してもらったのだ。誠心誠意の説得の結果である。

 

「乗る予定だった奴にもちゃんと礼金を渡したさ」

「カルロス。それは世間一般では買収というだぜ?」


 ガランの呆れた様な声がちょっとだけカルロスに突き刺さった。

 

「兎も角。危険な事には変わりがない。無茶だけはしないでくれ」

「ああ、いざとなったら死んだフリして地面にでも潜っているさ」


 動かなければ死体だ。リビングデッドは食事を必要としない。本能で動いていると思しき屍龍ならばそれが最も安全な隠れ方だった。真似できるのはカルロス達程度だが。

 

 ドルザード要塞が近付くにつれて部隊内の口数も少なくなる。カルロス達を含むデュコトムス部隊の役割は少数のかく乱役だ。古式を除けば最も攻撃力があるのもこの部隊なので、懐に飛び込んでの攻撃も期待されている。機体性能は最も高いが最も危険度の高い任務に従事する部隊だ。

 機体の動きから隊員たちが緊張に固まっていると判断したカルロスはデュコトムス部隊の隊長――つまりは候補生の中で最も成績優秀だった人物――に話しかけた。

 

「そう言えば聞きたいと思っていたんだけどデュコトムスの調子はどうだ?」


 突然の雑談に戸惑った気配。というよりも、この人は誰だという戸惑いの方が強い様だった。当然だろう。直前で操縦者の変わったカルロスの事を知っている人間は殆どいない。彼らの訓練は騎士科の三人に任されていたので姿すら見た事の無い者ばかりだ。

 

「りょ良好です。機体状態に問題は有りません」


 戸惑いながらもそう答えるが、それはカルロスの求めていた答えでは無かった。というよりも今の質問は自分が悪いなと思ったカルロスは聞き直す。

 

「悪い。言い直す。デュコトムスっていう機体に乗った印象を聞きたかったんだ」

「印象、ですか?」


 何故そんな事を聞いてくるのだろうという戸惑いの気配。耐えかねた様にガランが笑いながら口を挟む。

 

「そいつ開発者だからな。自分のご自慢の玩具に乗った奴の感想が聞きたくて仕方ないのさ」

「開発者と言うと……カルロス・アルニカ様ですか!? 何故こんなところに!」

「いや、まあうん……そう思うよな普通」


 トーマスが同情気味の声音で部隊長の言葉に同意する。普通開発畑の人間は最前線に出ない。一般兵とて理解しているのだ。新しい魔導機士を作れるような人間は希少だと。そんな人間がこの決死隊と言っても差し支えのない場所にいるというのは常軌を逸している。

 

「まあ色々あって。それで、どうなんだ? 乗りやすいとかここを直して欲しいとか」

「い、いえ。特には――」


 畑違いとは言え、魔導機士の開発主導者と言うのは雲の上の人間だ。恐縮しっぱなしの部隊長からは意見らしきものは出てきそうになかった。だがカルロスとしては一番実際に乗った人の印象を聞きたいのだ。自分自身も乗る人間ではあるが、その運用と言うのは基本的に単機で敵地に潜入するという様なものだった。こう言った大人数での運用。軍での運用。そうした経験は無い。また違った視線からの意見が欲しいのだ。

 

「あ。俺は座席のシートが固いのが気になります。こう、一日近い行軍になるとちょっと痛くなってきますね」

「アーロン! すみません、アルニカ様。失礼な事を……」

「いや。そう言う意見が聞きたかったんだ。アーロンだっけ? これが終わったらちょっとシートのクッションを新しい物にするから感想を聞かせてくれ」

「おお。真ですか。言ってみるもんですね」


 嬉しげに笑う一人をきっかけに、細々とした不満点が挙げられて来る。最後には部隊長も実は操縦席の明かりが暗くて地図を見る時が辛いという意見を言ってきた。静まり返っていた数分前とは裏腹に、デュコトムス部隊の通信は和気藹々とした雰囲気に変わっていた。そうした中で操縦者たちの緊張も大分解れたらしい。機体の動きが軽やかになる。

 

 だがそれも、ドルザード要塞が見えてくると再び硬くなる。

 

「古式の攻撃と同時に作戦開始だ。まずは生き残る事を考えろ。良いな?」


 硬さの残る声で部隊長が部下たちにそう告げる。その声と同時。別部隊から伸びていく魔法の痕。古式の対龍魔法(ドラグニティ)による長距離法撃。それがドルザード要塞の城壁を超えて、内部に着弾した。同時に離れているここまで響いてくる屍龍の吠え声。

 

 失墜作戦(オペレーション・アベースメント)が始まった。

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