10 代償

 改善の兆しが見えた会議だったが、それに掣肘を入れたのは魔導機士部隊の隊長だ。

 

「待って欲しい。地下水脈を利用して崩落を起こすと言う事は、その地下水脈……それに連なる水源は使用できなくなるのでは?」


 その言葉に再度納得させられたのはカルロスだ。崩落させれば少なくとも水脈は土砂で汚染される。それとてまだ楽観的な予想だ。完全に崩落してそこで水脈が枯れる、或いは流れが完全に変わる可能性もある。どの場合であっても、地下水脈の流れの先の水源は壊滅するだろう。それに対する司令官の答えは――。

 

「致し方が無い」


 その被害を容認する事だった。この答えには部隊長の語勢も荒くなる。

 

「分かっておられない様ですからお教えいたしますが……水が無ければ人も、家畜も、作物も、何もかもが生きていけない! あの龍もどきを倒せたとしても多くの町、村に壊滅的な被害が出る! それを――!」

「そんな事は言われなくとも分かっている! だがあれを放置したらどうなる! 壊滅的な被害で済めばまだいい! 全滅と言う事すら有り得るのだぞ!」


 部隊長の言葉に、司令官が耐えかねたように声を荒げた。そこには隠し切れない苦悩の色がある。絞り出す様に、部隊長を諭す様に彼は言う。だが、彼が本当に言い聞かせたかったのは自分自身だったのかもしれない。

 

「我々には全てを救う事は出来ない。ならばその中で最善を尽くすべきだ。違うか」

「……いえ、仰る通りです」


 現状ではこれが最善。彼らはそう信じていた。

 

「……敵に襲われた訳じゃ無い。避難をする余裕はあるはずだ」

「ええ。ですがきっと……」

「皆嫌がると思うのよん。特に、お年寄りは」

「受け入れて貰うしかない」


 水場が使えなくなる。そうなればその一帯の植生も致命的な被害を受けるだろう。魔獣を含む生態系の変化による被害も出る。避難とて容易い道のりでは無い。水の補充が見込めない中でその一帯を抜け出さなければいけないのだ。即座に来る終わりではないが、終点が約束されている。

 そしてそれはアウレシア要塞とて他人事では無い。その水脈の流れの中にはこの要塞も含まれているのだ。

 

「テジン王家に遣いを出すのだ。水作成の魔法道具を増産して欲しいと。避難民の集団に一つでも用意できれば大分楽になるはずだ」


 流石に一つでは町や村での生活の全てを賄えるほどの水は作り出せないが、旅の補助をするには十分だ。要塞にはそれを複数持ちこんで水場の代わりとする腹だろう。だがそれは同時にエーテライトの消費が更に激しくなることを意味する。それを取っても諸刃の策だった。

 

「他に案が無ければ早急に実行に移りたい。ドルザード要塞の魔導炉に補充されているエーテライトが不足したらこの作戦は決行不可能になる」

「どうやって起爆させるんです?」

「ドルザード要塞から伸びる街道、その道中にある休憩所の一つに偽装された地下通路がある。そこから地下の大型魔導炉の管理所へと入り込めるようになっている」

「そんな所にあるとは……」


 秘中の秘だぞ? と司令官はやや疲れた表情でウィンクをした。そうして冗談を言える余裕があるだけまだマシだろう。もっと突っ込んで考えると、きっとアウレシア要塞にも同じ物があるんだろうな、とカルロスは思った。

 

「早速作業者を向かわせよう」

「……今更気付いたのだが、その操作をした者は大丈夫なのか?」

「暴走時の爆発に指向性を持たせる。暴走操作をしてから実際の爆発にまで時間がある。その間に入り込んだ隠し通路から脱出すれば余程運が悪くない限りは助かるだろう」


 部隊長の疑問に司令官が答える。逆を言えば余程運が悪ければ助からないと言う事だが、ここまで言うくらいだ。その確率は相当に低いのだろう。犠牲を前提とした特攻作戦で無くて良かったとカルロスは胸を撫で下ろす。

 

「では奴があそこに留まっている内に実行してしまいましょう」


 屍龍が何時までもそこに留まっているかの保障ない以上、時間は彼らにとって利しない。迅速な行動こそが求められている局面だった。

 

 そうしてこの会議から一時間後には極々少数の旅人に偽装した工兵隊が要塞から出立した。馬で片道約一日。明日の夕方には結果が出ている筈だった。

 

「カルロス・アルニカ。少し話をしても良いかしらん?」

「あなたは確か……」

「モーリスよん」


 その筋肉の塊にカルロスは気圧される。レヴィルハイドとはまた違った圧がある。その主な要因は禿頭の代わりと言わんばかりに伸ばした髭で三つ編みを編んでいるあたりだろうか。間違いなく同類である。

 

「レヴィからの贈り物は受け取って貰えたかしら」

「ああ。とても、助かっている」


 どう使うかはさておき。唯我の大罪機の右腕。それは研究対象としても素材としても、部品としても。どの角度からでも有難い存在だった。そして彼が命を賭して集めた情報。それが無ければ今回の作戦には至らなかったかもしれない。

 

「そう……それは良かったのよん」

「モーリス殿とホーガン殿は……」

「戦友よん。初陣からずっと隣に立って来た。思ったより私もレヴィも長生きしてしまったのよん。こうして……武人として最期を迎えられただけマシなのよん」


 そう溜息の様に呟くと少しだけモーリスは表情を改めた。

 

「きっと、この先の戦いは単純な個人の武力だけではどうにもならない。だから、貴方の様に新しい物を生み出せる人は貴重よん。その価値を、大切にして欲しいのよん」


 それは度々個人的な感情に起因して危険な所に飛び込むカルロスを諌めるような言葉だった。モーリスにとってはそこまで考えての発言では無いのだろう。何しろ彼はここに至るまでの経緯を知らない。ただ自分を大切にしてほしいという、それだけの願い。

 

「レヴィが聞かせてくれる予定だった島での話……何時か貴方から聞きたいのよん」

「ああ。その時は喜んで」


 レヴィルハイドのしようとした話と全く同じかは分からないが、カルロスから見たレヴィルハイドの姿を伝える事に何の躊躇いも無い。快諾すると嬉しそうにモーリスは笑った。

 

 現在要塞に内にある物でありあわせの散弾銃を作ろうとしていたカルロス達の元に、作戦失敗の報が届いたのは翌日の夕方――4月27日の事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る