09 留まる訳

 結局の所、ベルゼヴァート相手に特効薬の様な対策法は存在しない。散弾銃を用意してそれだけで相手を殲滅できる訳では無い。漸くそこで互角の条件で戦えるようになったというだけだ。後は訓練に飛びあがった相手を狙う項目を入れてベルゼヴァートの動きに慣れるしかない。

 

「散弾銃は早急に数を揃えさせよう」

「ログニスからも設計資料を提供させる様にしよう」


 テトラとライラの勢いのままに作られた武装だ。実際の所割と無駄が多い。特に魔力を使った発射機構と言うのはエーテライトの消費が激しくなってきている昨今では避けたい。ハルス側で再設計されて普及している銃と同様の火薬式の物になる事だろう。

 

「ではもう一つの問題……あの龍についてだが……」

「期待を裏切る様で悪いが……あれに対する対抗策は現状、無い」


 カルロスは心苦しさを覚えながらそう告げる。レヴィルハイドが遺した情報。それらからあそこにいる龍の正体は推測出来ている。だが――それと勝つための方法が思いつくかどうかは別だ。むしろ実像がハッキリとしてしまい、討伐の困難さが浮き彫りになっただけとも言えた。

 

「龍族そのものではないという事がホーガン殿からの情報で分かったが、その戦闘力は比肩する――どころか一部凌駕している。はっきり言って現状の戦力で倒すのは不可能だ」


 それがカルロスの結論。可能性があるとしたらそれはハルスの外。

 

「……オルクスの神権機の助力を得られれば或いは」

「それは無理だな」


 司令官の拒絶の言葉にだろうな、とカルロスは諦めの境地で頷く。ハルスの問題に他国を介入させる道理が無い、だが続く言葉にカルロスは驚かされた。

 

「今オルクスではクーデターが勃発している」

「クーデター!?」

「うむ。それ故に南側でもピリピリしているのだが……内情は定かではないが、半年近く前から神権守護騎士団が二つに割れているらしい」


 神権機同士の対立。それがカルロスには一番信じられない。神から与えられた使命に殉じているという風だったグランツとネリン。直接の面識があるのはその二人だけだが、他の七人も同じだと思っていた。それに半年近く前と言えばネリンがふらっといなくなったタイミングと一致する。彼女は間違いなくそれに関わっている筈だった。だというのにこの前の手紙にさえそんな事は書いていなかった。

 

 まさか、こちらに余計な気を遣わせないようにしたというのだろうか。カルロスの中でネリンの株が上がる。

 

「兎も角、オルクスからの支援は不可能だ」

「……ゴールデンマキシマムが敗れた以上、単純な戦力で倒す方法は有りません」


 短時間でゴールデンマキシマムを、大罪機を上回る機体など作れるはずもない。可能性があるとしたらそれこそ、自称神から唯我の大罪機――つまりはゴールデンマキシマムを超える事が確約されている自身の大罪機――だがエフェメロプテラは既に失われてしまった。こう言う場合どうなるのだろうかと少しばかり疑問に思う。一先ず、そちらも面倒事が山積しているので数に数えてはいけないだろう。

 

「お力に成れず申し訳ない」

「いや、敵の新型への打開策をこれだけ短時間で出してもらったのだ。それだけでも大いに助かる」


 だが、とカルロスは言葉を呑み込む。その解決策とてあの屍の龍を倒さない限りは無意味なのだ。あれ単独でハルスを蹂躙できてしまう。そこでカルロスはふと気が付いた。

 

「……何であいつは動かないんだ?」

「む?」


 カルロスの呟きに司令官が反応した。魔導機士部隊の隊長も言われてみればと言う表情になる。

 

「ホーガン殿との戦いの傷が癒えていないのでは?」

「そうね、腹部の大穴はそう簡単には塞げるものでは無いと思うのよん」

「いや、傷を癒すだけなら要塞に留まる理由は無い。それこそ人気の無い未開拓地へと言った方が安全だ。言われてみればおかしいな……」


 死霊術で蘇生させた物に知性が宿った事はカルロスの経験上無い。というよりも、知性ある物を蘇生させようとしたことが無い。だが知性が有れば龍皇がアルバトロスに与するなど有り得ないという確信がある為、知性の無いカルロスの知るリビングデッドと同じと見るべきだろう。ならば、その行動は本能に支配されている筈。精々が行動の指針と禁止事項を与えるくらいで細かな指示などは出来ない。

 

 つまり、ドルザード要塞跡に留まるには使役者の意向か、本能的な何かと言う事だ。留まる理由。それにカルロスは気が付いた。

 

「……魔力だ」

「魔力?」

「奴は身体を維持するために莫大な魔力を必要としている。だから真っ先にドルザード要塞を襲ったんだ。そこにいる魔力を求めて」

「――奴があそこにいる理由は要塞地下の大型魔導炉か!」


 ほぼ同じ構造のアウレシア要塞の司令官はその可能性に至った。破壊され尽くされたように見える要塞だが、地下にある大型魔導炉は無事の可能性がある。基地司令の表情に僅かだが明るさが取り戻される。

 

「大型魔導炉が無事ならば、我々にも手はある」


 司令官は部屋にあった地図――カルロスが見て来たどれよりも正確なそれを広げた。

 

「元々、ドルザード要塞は籠城した際にも長期間持ちこたえられるように水場を要塞内に確保している。地下水脈から直接組み上げる井戸だ。つまり、要塞は水脈の上に建っている」

「へえ……」


 知らなかったとカルロスは何度か頷く。城や要塞については全く詳しくなかったので興味深い話だった。

 

「そこの地下水脈はかなり大規模な事が調査で分かっている。大型魔導炉が無事ならば、それを暴走させることで地盤を沈下させ……奴を地面の底に埋める事が出来るかもしれない」

「無茶苦茶よん……でも、あの大型魔導炉を意図的に爆発させるなんて出来るもの?」

「元々、ドルザード要塞は敵に奪われた場合には厄介な前線基地に成りかねない。最終手段として大型魔導炉の暴走による自爆と言うのは考えられていたのだよ」

「なるほど」


 確かに、あの位置は敵を塞ぐのに適しているのと同時に、ハルス全土への足掛かりとするにも適している。その対策は妥当とも言えた。


「如何に龍と言えども、数百メートルの崩落に巻き込まれれば無事では済まないだろう」

「……確かに。大型魔導炉からの魔力も無しで、地面の下に埋められたら一週間は持たない筈だ」


 あれだけの巨体ならばもっと早いかもしれない。なるほど聞けば何だか行けそうな気がしてくるカルロスだった。

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