42 最期

 ベルゼヴァートのワイヤーによってエフェメロプテラのワイヤーテイルは食いちぎられた。そうして自由になったベルゼヴァートは引き戻したワイヤーを今度は距離を詰めて来ていたケルベインへと向ける。狙われたのはケビンのケルベイン。虚を突かれながらもワイヤーを避けた。かと思いきや宙で獲物を狙う蛇の様に軌道を変えたワイヤーはケルベインの銃に巻きついた。先端の鋏がケルベインの掌を破壊し、強引に銃を奪い取った。クロスボウを宙に放り、掴んだ銃を抜き打ちで発砲。振り向きもせずに背後から射撃位置に付こうとしていたガランのケルベインの膝を打ち抜く。

 

 クロスボウの射程外を迂回していたガランの脳裏に相手からの射撃と言う選択肢が無かったのは事実。だがガランに反応をさせる暇さえ与えることなく射撃した腕は凄まじいの一言。

 

「しまっ!」


 ガランのケルベインが転倒する。足を失った魔導機士(マギキャバリィ)は最早移動さえままならない。ガラン機は戦線離脱だった。そしてそれはケビン機も同様。銃を失ったケルベインに残された武装は長剣だが、ケルベインの格闘能力でベルゼヴァートに接近戦を挑むのは自殺行為。

 無力化された二機の方に行かれる前に勝負を決める。距離を取る様に見せかけて助走距離を確保する。頭上からの攻撃で頭部を潰そうとエフェメロプテラが跳ぶ。ベルゼヴァートも跳ぶがエフェメロプテラよりも高度が低い。助走の有無で生じたその差。無防備な空の中で、決着となる一撃を浴びせようとしたところで、ベルゼヴァートがもう一段跳んだ。腰部の魔法道具。噴き上げた炎がベルゼヴァートの機体を僅かに宙へと押し上げる。そうして上下が逆転した。行われることは先のカルロスと同じ。無防備な空の中で決着となる一撃を浴びせる。

 

 それでもカルロスは足掻く。ワイヤーテイルを地面に突き刺しての軌道変更。だがそれも読まれていた。或いは見てから反応されたのか。手首からのワイヤーがエフェメロプテラの後を追う様にベルゼヴァートの落下軌道を変える。そして、右腕付け根に長剣が突き立てられた。鉄を断ち切る衝撃。装甲を切り裂き、フレームすら断ち切って。エフェメロプテラの右腕が宙を舞う。

 

 機体バランスを損なったエフェメロプテラは左腕を下敷きにして落下する。体勢を立て直そうと足掻く間に遅れて落下してきたベルゼヴァートの脚がエフェメロプテラの左腕を踏み抜いた。関節を破壊され、エフェメロプテラはあっという間に両腕を失う。地面に転がったままカルロスは敵機を睨む。

 

「させるかよ!」


 そのまま止めを刺そうとしたベルゼヴァートに向けて、トーマスは散弾銃を発砲した。下手をしたらエフェメロプテラを巻き込む攻撃だが、トーマスもそこは理性を働かせていた。やや上に照準を向けての発砲。そうする事でエフェメロプテラをギリギリ射撃範囲外に収めたのだ。と言っても数発は命中したが、これならば致命傷にはならない。

 無数の子弾を避けきる事は出来なかった。それでも大きく飛び退いて致命傷は避けた様だ。思いの外散弾で装甲にはダメージが見える事から、ギリギリまで装甲を削っているのかもしれないとカルロスは思う。それでもまだ動けないエフェメロプテラに止めを刺す事くらいは出来る。それを押し留めたのはギリギリの攻防を繰り広げたカルロスとトーマス。そしてベルゼヴァートの操縦者にとっても予想外の存在。

 

「油断したな」

「うちの口先担当を甘く見るなよ?」

「褒めてるんだよな。褒めてるんだよなそれは!」


 銃を失ったケビン機。足を失ったガラン機。その両機をグラムが結びつけた。ケビン機は武装は無いとはいえ他に問題は無い。ガラン機は足を射抜かれたとはいえ、転倒時に咄嗟に庇っていた為銃に問題は無い。無力化したと判断した二機が合わさる事で戦力となり得る一が蘇ったのだ。その射撃をベルゼヴァートは今度こそ予測が出来ず、肩に被弾した。機体がバランスを崩す。

 

 これは千載一遇のチャンスだった。ベルゼヴァートはトーマスの同士討ち覚悟の攻撃と三人の即座の判断から生まれた有り得ない攻撃によって大きく姿勢を崩した。その隙を逃す訳には行かない。

 

 背中の駆動系だけでカルロスはエフェメロプテラを跳ね起きさせた。手足を使わない起き上がりの技術。まさか考案したカルロスもこんな状況で役立つとは思わなかった。頭突きをするようにベルゼヴァートへと突っ込む。

 そしてワイヤーテイルをベルゼヴァートに巻きつけさせる。もがき暴れるベルゼヴァートを相手にしてはその拘束は長くは持たない。だからカルロスはエフェメロプテラにもワイヤーを巻きつける。そうしてエフェメロプテラとベルゼヴァートを簀巻きにした。

 一瞬の逡巡。硬く目を閉じてカルロスは叫んだ。

 

「許せ!」


 カバーが付けられ、間違って押す事の無いように封印された釦。そのカバーを叩き割り、奥の釦を押下する。それと同時、カルロスはエフェメロプテラの背部ハッチを解放する。こうする事を見越してそこにあワイヤーがかからないように調節していた。逆にベルゼヴァートの背部ハッチはワイヤーによってしっかりと固められている。そこでカルロスの意図を察したベルゼヴァートが更に激しく暴れるがその程度ではワイヤーの拘束は解けない。

 

 エフェメロプテラから飛び降りたカルロスは、着地の衝撃に呻きながらも少しでも距離を取ろうと走る。そのカルロスに覆いかぶさる影は――デュコトムス。彼を守る様に跪いたお蔭で、カルロスはその瞬間を目にすることは無かった。

 

 カルロスが押下した釦。それはエフェメロプテラの最終兵装を起動させる物。即ち――魔導炉を暴走させての自爆。残ったエーテライトを全て一気に溶解させて発生させた魔力を一切制御せずに爆発させる。それはカルロスは魔導炉の作成に失敗していた頃から何度もやっていた爆発の魔法道具。その原理と全く同じ物。魔導機士の魔導炉で行われたそれは大型機であるデュコトムスを余波でグラつかせる程の物。巻き上げられた地面が砂となってカルロス達に降り注ぐ。

 爆心地にあったのは、もうどんな機体の物だったのかも分からない程粉々になった破片。原型など残らない。そうさせるだけの威力になる様にカルロスが設計したのだ。間違えようがない。足元に転がってきていた破片の一つを手にしてカルロスは己の額に当てる。漆黒の破片はエフェメロプテラだった物だろう。

 

「ありがとう。お前のお陰で俺は今日まで生きていられた」


 初陣の時から何度も助けられてきた機体。己の半身とも言える愛機との別れはその一言に全てが込められていた。ただ無様に撃破されるくらいならば、また鹵獲されてアルバトロスの野望に与する事になるくらいならば。そう思って取り付けた自爆装置。その全ては愛機の最期までに意味を持たせるため。今、エフェメロプテラは最後の使命を果たしたのだった。

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