41 反応速度

 四対一。その数の優位を使って尚、追い込めない。どころか翻弄されている事実に四人は臍を噛む。デュコトムスは既に岩斧を投げ捨てて、土の長剣を手にしている。相手の反応速度。それが異常だった。動きの鈍重な攻撃では掠りもしない。むしろこちらが慣性を抑え込む事で隙を晒す始末だ。ならば一撃よりも手数で勝負した方が良い。そう言う判断だった。

 

 デュコトムスと敵機の間に無数の火花が散る。その一つが剣戟の痕。高度な立ち合いにカルロスは切り込む隙を見つけられない。下手に介入すればトーマスの脚を引っ張りかねない。鍔迫り合いに持ち込めば、デュコトムスは確実に勝てる。相手の見かけ上のパワーも、それは洗練された機体の駆動系の連動動作で実現している以上、単純な力勝負ならばデュコトムスに分がある。それが分かっているからか、受け流す様に斬撃を逸らすだけで真面に打ち合いはしない。その受け流す、というのが人間よりも稼働可能な関節の少ない魔導機士にとってはハードルの高い動作なのだが。

 その格闘戦の傍ら、何時の間にか引き抜いていたクロスボウでケルベインを牽制する。実際に撃つ事は無くとも、撃てると示すだけでもケルベインにはプレッシャーだ。クロスボウの射程外から撃てば良いという物では無い。あれだけの至近距離で斬りあっていては誤射の危険性は高い。命中度を高めるには接近する必要があった。それこそクロスボウの射程の内側にまで。その為、射程と言うアドバンテージを活かせずにいる。

 

 緩急の使い方も上手い。一瞬制動し、即座に最高速まで。その極端なペース変更にトーマスは対応しきれずに一太刀浴びせられた。その一閃は狙い澄ましたかのように――実際狙っていたのだろう――デュコトムスの肘関節を潰した。右腕がだらりと垂れ下がる。

 

「くそっ! やられた!」

「下がれトーマス!」


 窮地に立たされたトーマスを援護すべく、ケビンが叫ぶ。その意図を長年の連携で汲んだトーマスは敵機をギリギリまで引きつけて横合いに飛び退いた。直前までデュコトムスが目隠しとなっていた敵機の真正面には、既に発砲を終えたケビンのケルベイン。

 

 獲った。発砲される前の弾なら兎も角、発砲された後の弾を避けるなど不可能。人間の反射速度を超えている。魔導機士の反応速度を超えている。その筈だった。頭部を貫く弾道。その軌跡を、その弾の行く付先を目視した上で、敵機は避けた。側頭部に僅かな弾痕を刻ませただけでケビンの必殺の一撃は宙へと消えた。

 

「馬鹿な!」


 二重の意味で有り得ない。不条理にも程がある動きを見せられてカルロスは叫んだ。今の一撃をほぼ無傷で凌いだ事は四人の心中に深刻な影響を齎す。この超人的な腕を持つ相手を倒す事が出来るのだろうかと言う不安。己の腕に自負がある四人でさえその予兆を消し去る事が出来ない。そんな四人を叱咤したのはこの場に残ったもう一人。

 

「落ち着くんだ皆。今のは悪くなかった」


 カルロス達を落ち着かせるように、ここしばらく聞いていなかった静かな声でグラムが四人に通信機越しに語りかける。

 

「相手の反応速度は滅茶苦茶だが、それだって種も仕掛けも無いわけじゃない。活法で身体能力の強化をしているんだろう。あれだけ飛んだり跳ねたりしても操縦者に堪える様子が無いのもそう言う事だ」


 それが真実かどうかも分からない。だが落ち着き払ったグラムの言葉そうかもしれないと思わせるには十分だった。そして冷静さを取り戻せればまだ四人は戦える。

 

「あれだけの無茶苦茶な機動。機体にだってダメージが無いわけじゃない。相手は相当機体への負担も気を付けて動かしている様だが、それだって完璧じゃない。今のペースで攻めていけば相手の方が先に音を上げる」


 持久戦に持ち込めとグラムは案に告げる。揃いも揃って喧嘩っ早い第三十二分隊の男共はその判断に僅かな不満を抱いたが、グラムの言葉が正しいと認めた。何より、操縦者の精神疲労も無視できない筈だった。少なくともカルロス達四人の戦闘は鼻歌交じりに捌けるほどに温くは無い――と思っている。精神疲労が溜まれば操縦のミスもするだろうし、判断だって常に最適になるとは限らない。

 

「後、さっき接近した時にアイツの装甲のマーキングが見えたぜ。ベルゼヴァート、って読めた」

「ベルゼヴァート……」


 それがあの機体の名前なのか分からないが、正体不明な幽霊の類では無い。人間の作り出した物だという確証も取れた。相手の正体が多少知れた所で戦闘が再開される。前衛がデュコトムスからエフェメロプテラへと入れ替わる。デュコトムスは散弾銃を無事な左手に握って相手の隙を伺う。ケルベインには走り回って最適な援護のポジションを探す。そしてエフェメロプテラは真っ向からベルゼヴァートに挑む。

 

 十八番の三次元機動。周囲にワイヤーテイルの支点と成りえる木や建造物が無い以上、機体の跳躍力だけで勝負を挑むことになるがエフェメロプテラとて敵のベルゼヴァートに劣った物では無い。二次元ではなく三次元機動を得てとする機体同士の戦闘。それは間違いなくこれまで大陸上で繰り広げられてきた魔導機士戦闘とは文字通り次元の違う、初めて行われる戦いだった。

 

 ベルゼヴァートが跳んだ。それを見てカルロスは叫ぶ。

 

「逃がさん!」


 ワイヤーテイルがベルゼヴァートの後を追い、足に絡み付く。バランスを損なった機体は背中から着地しそうになるが、何かの力が機体を立て直させた。

 

(あれか……? 腰の辺りの見慣れないパーツ……増加装甲の類かと思ったがガル・エレヴィオンの機法を簡易的にした物か……?)


 一瞬だけ見えた炎の煌めき。それだけで機体を飛ばすだけの力は無いが、軌道を捻じ曲げたり、機体の姿勢を立て直すのには十分だった。だが鎖は付けた。相手は今までの様に自由には動けない、筈だった。カルロスの目論みを打ち砕いたのはベルゼヴァートの手首から飛び出した一本のワイヤー。その形状には見覚えがあった。小型化されているとはいえ、見間違え様は無い。

 

「クレイフィッシュのワイヤーアーム……また物真似かこの野郎! 特許料払えよ!」


 これだけ一致する物があればカルロスも悟らざるを得ない。この機体。カルロスが昨年アルバトロスで暴れ回った際の三次元機動を再現させようとした物だと。それが意趣返しなのか。それとも単機で多大な損害を与えられたことによりその有用性を認めたのか。紅の鷹団でも結局最後までカルロスの模倣さえもできなかった三次元戦闘をここまで仕込んだのは見事だったが。

 

 余談ではあるが、ワイヤーアーム自体はとある古式の機構をカルロスが真似した物である。今の叫びはそのまますべてカルロスにも突き刺さる物であったがそこには触れてやらないのが人情という物だろう。

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