43 無明

「カルロス……」


 馬車から飛び降りた後も通信機越しに四人を支えていたグラムが最も早くにカルロスの元に辿り着いた。愛機の破片を額に当てて俯いているカルロスになんと声を掛けていいのか分からなかった。同時にグラムは憤る。涙を流せれば良いのに、と。カルロスの身体に、涙を流すという機能は残っていない。カルロスの魔導機士の思い入れの強さは良く知っている。そしてエフェメロプテラが一人だったカルロスを支える唯一の支柱だった時が有った事も知っている。もしかしたら自分たちとの別れよりも辛いかもしれないというのに、ただ一点。リビングデッドだからという理由で彼は涙を溢せない。

 

 かける言葉を探している間にカルロスは破片を懐にしまって顔を上げていた。当然、そこには涙の痕など無い。

 

「この状況じゃ仕方がない。一度アウレシア要塞に戻ろう。今の機体の事も報告しないと行けないし、この有様じゃ一番近くの街までたどり着けそうにない」

「あ、ああ」


 その言葉は全くの正論だったのだが切り替えの早さにグラムは少し戸惑う。

 

「その、大丈夫なのか?」

「大丈夫な訳がないだろう。滅茶苦茶ショックだし。正直布団に包まって一日くらい何もしないでいたい位だ」


 想像以上にダメージが大きかったらしい。だが、とカルロスは続ける。

 

「今はそんな事をしていられる場合じゃない。撃破されたウルバールの操縦者の言葉……もしかしたらドルザード要塞は……」


 その先をカルロスは言葉にするのを躊躇った。口にしてしまったらそれが現実として確定されてしまいそうな気がしてしまったのだ。そんな事は有り得ないと否定したい。あそこにはゴールデンマキシマムとレヴィルハイドと言う強力極まりない戦力が配備されているのだ。その強さの底知れ無さは共に潜った迷宮で知っている。まだレヴィルハイドはあそこでも全力では無かった。エルヴァート百機程度敵ではないという言葉も大言ではないと思わせる力強さが有ったのだ。ドルザード要塞の失陥と言う事はそのレヴィルハイドが敗れたと言う事だ。俄かには信じがたい。

 

「エフェメロプテラの自爆は霧越しでもアウレシア要塞から見えたはずだ。少し待ってれば迎えが来るだろう……ケビン!」

「何だ?」

「周辺の警戒を頼む。今まともに動かせるのはお前の機体だけだからな」

「分かっている」


 ガラン機は脚部を失い、トーマスのデュコトムスは右腕を破壊された。エフェメロプテラは言わずもがな、だ。どうにかケビンのケルベインだけが戦闘できるのだ。カルロスの戦闘直前の音解析では敵は一機だけだったが今もそうとは限らない。霧に囲まれている今は目にも頼れない。

 

「……こうなると、右腕を切り落とされたのは幸運だったかもな」


 如何にか現状で幸運だと思える要素を見つけてカルロスは小さく呟く。撃破直前に切り落とされた右腕――神権機の物はそのお蔭で自爆から逃れていた。果たしてこれが自爆程度でどうにかなるのかは分からなかったが、こうして回収できたのは間違いなく幸運だろう。ある意味でこれは一切替えの利かない貴重品だ。――ネリンが居なければ売り払っていた可能性も否定できないが。

 

 その十数分後。アウレシア要塞から救援に来た部隊に連れられてカルロス達は要塞にとんぼ返りする。僅か一時間の旅立ちであった。そこでベルゼヴァートとの交戦を報告したところ、血相を変えた司令部の人間に連れ去られた。

 

「諸君らが交戦したというベルゼヴァート、だったか? 同型と思われる機体が他でも確認されている」


 なるほど。とカルロスは納得した。確かに話だけ聞けば凄まじい性能の機体だ。そんな物が複数あったら司令部が焦るのも当然だった。こちらの新型機であるケルベインとデュコトムス。それらが後れを取るような機体が量産されている。悪夢だ。だがカルロスはその勘違いを正す。あれはあくまで操縦者依存の物だと。


「ええ、流石にあれ一機だとは思えませんでしたが……ですがそんなに慌てる事でもないでしょう。今回の相手は超絶的な腕の持ち主だったからあそこまで機体を使いこなせていただけで、単独の性能はエルヴァートとそう大差ない。デュコトムスならば――」

「君の言う超絶的な腕の持ち主、というのは例えば一機で数機のウルバールを一蹴出来るような腕の持ち主と言う事かね?」

「恐らくあの操縦者ならその程度は……待ってください。何ですかその妙に具体性のある例えは」


 嫌な予感がした。その嫌な予感は司令部に詰めていた高級将校の一人によって裏付けられる。

 

「ドルザード要塞から逃げ延びて来た兵を救援する際に接触した。こちらが要塞の固定砲の射程内に逃げ込んだら引き上げて行ったがな……その僅かな時間に六機のウルバールが食われた」


 あの機体でそれだけの戦果を挙げられると言う事は操縦者の腕にそう大差はないのだろう。信じがたい話だった。そして何よりも聞き逃せない単語が一つ。

 

「逃げ延びて来たって……」

「この画像をみたまえ」


 その言葉と同時に差し出されたのは上空からの画像だった。リアルタイムの物なのだろう。選考会の時の様に使い魔の視界と同調させた投影画面。映し出されているのは見覚えの無い施設。

 

「これは――」

「ドルザード要塞だ」


 実の所、カルロスの言葉は場所を問うた物では無かった。そんな場所などどうでもいいと思わせるほどの物がその映像の中心に鎮座している。それはそこにいるはずがない存在。

 

「龍皇、イングヴァルド……」

「やはり君もそう思うか。大陸に存在する龍族は彼の龍皇ただ一つ。ならば議論の余地も無い……奴がドルザード要塞失陥の直接の原因だ」


 まるで巣を作ったかのように。ドルザード要塞の中心である砦部は跡形もなく破壊され、がれきの山となっている。二重の城壁が巣を守る壁になっているのは皮肉だった。

 

「何でこいつが……アルバトロスにやられたって」

「それさえも欺瞞情報だったのかもしれん。メルエスがアルバトロスに下ったのか。龍皇個人の物か……その辺りの理由は現状定かでは無い」


 龍族が相手では魔導機士部隊では荷が勝ちすぎている。だがあそこには唯一それに対抗できる存在が居たはずだった。

 

「ゴールデンマキシマムは、レヴィルハイドはどうなったんだ」


 その問いかけには答えず、その将校はカルロスに付いてくるように促した。

 

「正直、私はこれを君に渡す事に抵抗を覚える。だが――あの武人の最期の頼みだ。聞かぬわけにはいかない」


 彼が来たのは魔導機士の格納庫。その隅に撃ち捨てられるように放置されながらも、人の目に付かずにはいられない輝きを放つ物体があった。

 

「レヴィルハイド・ホーガンの遺言だ。この右腕を、カルロス・アルニカに確実に渡す様にと」


 それは傷付いたゴールデンマキシマムの右腕。ハルス最強の機体。その一部がここに在ると言う事。その事実をカルロスは認めたくない。

 

「彼の武人はドルザード要塞を襲った龍族と交戦。部隊の一部をどうにか逃がし、殿を務めて戦死した」


 ◆ ◆ ◆


 大陸歴523年4月26日。その日付はハルスに取って絶望的な報が届けられた日。

 ハルスの最強戦力、レヴィルハイド・ホーガンの戦死。ドルザード要塞の失陥。そして――龍族を敵に回したという情報。どれか一つでも国を揺るがす大事だというのにそれが纏めて三つ。

 

 アルバトロスの戦争。それはハルスに取って先の見えない無明から始まった。

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