24 迷宮突入:3

 トーマスは何の事か分かっていない様だったが、レヴィルハイドは即座にその言葉に意味に気付いたらしい。

 

「それは、通常を超えてと言う事かしらん?」

「ああ。この流れの跡……恒常的な物では無い。過去に同等の流量になった事も無いと見られる。確実に通常の魔力の流れでは有り得ない事だ」


 龍脈と呼ばれる魔力の流れ。最も太いメインストリームはカルロスの腕では見ても分からないだろうが、このように細い流れならば変化の推移を見極める事も不可能では無い。明らかに新しい流入痕が残っていれば専門家では無いカルロスでも分かる。

 

「……おかしな話なのねん。ここ最近で龍脈の異常は報告されていないのねん」

「これだけの量が入って来たのなら龍脈にも変化がありそうなものだけどな……」


 一体この魔力はどこから来たのかとカルロスは首を捻る。だがどこへ行ったのかは明白だ。迷宮の最深部。迷宮の心臓とも言える巨大エーテライトの場所だろう。同時に、そこは魔獣の生まれる場所としても知られている。余り良い予想は出来なかった。

 

「先を急ぐのねん。まだ深部に大型魔獣が居る可能性が高いのねん」


 レヴィルハイドも同じ結論に達したらしい。カルロスが機体に戻る間には行軍を再開させていた。とは言え闇雲に動いていては無駄に時間を使うだけである。浅い場所では救助された探索隊員から得た地図を頼りに進めたがある程度まで潜るとそれも役に立たなくなる。ここから先は前人未到――と言う訳では無いが、未だ帰還者の居ない領域である。そしてカルロスにとってはここからが本番だ。この先にケビンとガランが居る事は確実だった。

 

「……さて、まずは分かれ道をどう進むかなのねん」


 レヴィルハイドが困ったようにそう言う。この御仁も出来る事ならばケビンとガランを助けたいと思っている。経験豊富な迷宮探索者は貴重な人材だ。突出した速度で潜って行ける彼らは他の迷宮の攻略時にも大きく貢献が期待できる筈だった。今回の様なハプニングで失うには惜しい。彼らを保護するためには彼らの辿った道を辿る必要がある。選択肢を間違えれば合流できない事も考えられた。

 悩むレヴィルハイドを尻目にあっさりとトーマスは一つの道を指差した。

 

「こっちだな」

「何でわかるんだトーマス」

「俺達潜る時は目印付けてるんだよ。そこの壁見てくれ」


 言われてみるとそこそこ上の方に明らかな異物――人工色感溢れる青いペイントが小さく施されていた。自然色で構成された迷宮内では意識していればすぐに見つけられるような物だ。

 

「×が一度通った道。んで、〇が捜索の開始地点。基本的に左から総当たりで行くから……」

「左から見て×の付いていない道が二人の通った道って事なのねん。お手柄だわトーマスちゃん。後でハグしてあげるのねん」

「遠慮します」


 そんなやり取りをしながら更に深く潜っていく。カルロスはそっと安堵の息を吐く。トーマスがこの場にいてくれてよかった。もしもトーマスも一緒に迷宮に潜っていた場合。合流すら出来ないところだった。カルロスが一人で潜ったとしても道すら分からない。

 

「……魔獣がいる」

「良く分かるな……」


 トーマスの警告にカルロスは耳を澄ませてみるが全く聞こえない。別に一人で潜る気は無いが、その察知能力は自分も身に付けておきたい所だった。そこでふと気付く。彼らは音で判断している。音とは即ち振動だ。その振動を解析できれば同じ事が出来るのではないかと考えたのだ。

 

「ちょちょいのちょいっと……」


 ふざけた様な掛け声でカルロスは壁面に走る振動を解法で解析する。

 

「大型が……二体か。それに中型が八体。小型は一杯いてわかんね」

「私も同じ見立てなのねん。やるわねん、トーマスちゃん」


 今の振動が大型2、中型8、小型一杯。カルロスはエフェメロプテラの操縦席内に常備しているメモに自分なり振動パターンの図形と、数を記載しておく。

 

「それじゃあデュコトムスが大型一体の相手を頼むのねん。もう一体は――」

「俺がやる。迷宮内の戦闘も試しておきたい」

「……分かったのねん。さっきも言ったけど向いていないと思ったら地上に戻って貰うのねん」


 しばし黙考した後、レヴィルハイドはカルロスの自薦に許可を出した。先行して迷宮を進む二機。その最中にトーマスが一対一通信を送ってくる。

 

「なあ、どっちが早く倒せるか競争しようぜ」

「お前な……この状況で……」


 良くそんな遊びを思いつく余裕があるなとカルロスはトーマスに感心する。或いは、彼は確信しているのかもしれない。この程度でケビンやガランがどうにかなる事は無いと。そこまでの信頼感はそれなりの時間一緒に迷宮に潜って来たからだろうか。


「いや、こいつならカルロスにも勝てる気がするんだよな」

「は?」


 そしてカルロスもそんな安い挑発に乗る程度には焦燥感が薄れていた。当初の自分がやらなくてはいけないという悲壮感すら見えた状態と比べると雲泥の差だ。或いはトーマスも迷宮探索の先達としてカルロスをリラックスさせようと思っての提案だったのかもしれない。

 

「デュコトムスは俺が作った傑作機だが……そんなあっさりと俺とエフェメロプテラを超えたと思われても困るな」


 欠陥機ではあるし、カルロスとしても不満足な出来だが――エフェメロプテラはまだ一線を張れる機体だ。トーマスの操縦の腕もメキメキと上達しているのは理解しているが、そう簡単に越えられると思われては困る。

 

「デカい方を俺に寄越せ。速攻で叩き潰してやる」

「それを負けた言い訳にすんなよ?」


 こいつ、調子に乗りおって。そう思いながらもカルロスは学院時代を思い出させる馬鹿な会話に口元が綻ぶのを感じていた。

 

 そして曲がり角を一つ越えた所で――広間に出る。そこに存在していた全高が魔導機士並の猪と、やはり全高が魔導機士並のカメを見て動きが止まる。大きさ的にはどっちも同じくらいだ。

 

「うっし。それじゃあ硬そうな方貰うぜ」


 そう言いながらトーマスはデュコトムスをカメ型の方へ走らせる。これだけの空間があればケルベインも多少は動けただろうにとカルロスは思う。そんな事を考えていたせいで出遅れたカルロスは一言文句を言いながらエフェメロプテラを猪の方に走らせた。

 

「別に甲羅だからって毛皮よりも硬いとは限らないからな!」


 それを基準に勝敗を決められてはたまらないという思いを込めて。

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