25 迷宮突入:4

 猪型と言うとカルロスにとってはなじみ深い物だ。学院時代にはそれこそ山の様に狩った。最も原始的な小型魔獣であるロックボアと比べれば何もかもが桁の違う存在だが、基本的な動きは変わらない。捌いた肉がごちそうだった時代が懐かしい。一応分類的にはこれもロックボアと言う事になるのだろう。流石にこのサイズ差で小型魔獣と同じカテゴライズと言うのはおかしな話なのでビッグボアとでも呼ぶべきか。余り元の生物の形状を留めたまま大型魔獣になると言う事は少ないため、呼び方はその場その場で適当に成りやすい。混ざった物全てを纏めてキマイラと呼ぶのは多様な形態への命名が面倒だという学者の意見による物だったりするのだ。

 

(そう言えばこの頃猪肉食ってないな……)


 ちょっと懐かしさを覚えたので、こいつを解体して食糧にしようかと思案する。そうなると一撃で仕留める事が望ましい。肉を傷めないためにも、トーマスとの競争に勝つためにも。右腕の地竜での攻撃は肉に砂が混じるので却下。そうなると一番は左腕の水撃での撃破か。或いは鉤爪による直接攻撃。

 

 基本に忠実に。敵の突進を躱して無防備な横腹に向けて左腕を振るう。真っ直ぐに伸びた水の刃が鉄並の強度を持つ巨大猪の毛皮を引き裂き、ビッグボアに出血を強いる。だがその与えた傷は僅かな時間で再生してしまう。瞬く間に塞がった傷を見てカルロスは軽く舌打ちする。

 

「迷宮内だと再生が速い……!」


 迷宮内で生まれた魔獣と迷宮には魔力を分け与える関係性が存在している。端的に言えば迷宮内に置いて魔獣は魔力を実質無尽蔵に使えるのだ。迷宮自体が持つ魔力量が膨大過ぎて、魔獣一頭程度では扱い切れない程だ。それ故に多少の傷は与えても即座に再生してしまう。ケルベインが仕留められたのは一撃の大きい射出式パイルの恩恵だ。そして魔獣の攻撃に関しても再生力と同じことが言える。

 

 ビッグボアが大きく息を吸い込み、それを鼻から噴き出した。言葉にすればユーモラスだが、その結果が齎した現象を見れば笑う事など出来ない。横に倒れた竜巻のような暴風がエフェメロプテラを襲う。持ち前の反応速度で即座にエフェメロプテラを回避させたカルロスだが、ビッグボアは立て続けに同じ攻撃を繰り返してくる。本来ならば大型魔獣と言えどもこの規模の魔法は連発できない。だが迷宮からの魔力供給がそれを可能にしている。エフェメロプテラには機法破りの絶対魔法障壁があるが、あれは喰らった分だけ魔力を消費する。避けられるならば避ける方が良い。あくまで多数からの飽和攻撃対策の物だ。

 

 肉は諦めよう。即座にカルロスは決断した。右腕の土操作も解禁してカルロスは攻め立てる。ビッグボアの息吹(ブレス)は厄介だが、致命的な攻撃では無い。生み出した土の壁で風を弾き、それを隠れ蓑に、ワイヤーテイルで壁を駆け上り、天井に張り付く。複眼状のエーテライトアイと仮面上のパーツ。そしてワイヤーテイルと脚部、腕部を駆使して天井に張り付く姿はさながら昆虫の怪人か。子供が見たら間違いなく泣き出す光景である。通信機越しに嫌そうな声が聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。

 

 エフェメロプテラを見失ったビッグボアは動きを一瞬止めた。その機を逃さずカルロスは天井から飛び降り、回転しながら鉤爪を振り下ろす。狙うは首元。深い裂傷を刻みながらもまだ息絶えない魔獣。その傷口にためらうことなくカルロスは機体の右腕を突っ込ませる。

 

「抉れろ」


 肉体内部からの砂嵐の発生。一瞬でビッグボアの身体が膨張し、首元から弾け飛んだ。肉片が周囲に散らばり、エフェメロプテラ自身も返り血を浴びる。どこからどう見ても虐殺を終えた直後の魔獣だった。

 

「……中々の手際だけど機体を汚したのは頂けないのねん」

「大丈夫。こうすれば……」


 左腕から勢いの緩めた水流を発生させ、機体を洗い流す。やはり見た目は水浴びをしている魔獣だった。

 

「随分と凶悪な姿に変化しているのねん……カルロスちゃんの大罪は余程強いのかしらん」


 一対一通信でそう言われ、カルロスは戸惑いながら答える。

 

「いや、これ俺のデザインなんだけど」

「……え、嘘だろ」

「えっ」

「あらん、間違えたわん。うそん、レヴィ信じられなーい、のねん」


 今、一瞬素の野太い声が発せられた様な気がしたが……それを指摘しても誰も幸せに成れないと判断したカルロスは口を噤むことにした。賢明な判断である。トーマスには真似できない。

 

「お前ら……少しは俺の心配もしてくれよ!」


 カルロス達がそんな会話をしている間に、トーマスとデュコトムスも亀型の魔獣を撃破していた様だった。死体の様子からもどう倒したのかはよく分かる。岩斧で甲羅を叩き割り、創剣で作り出した土の長剣で割った甲羅の隙間から突き刺す……と言う事を数か所で行っていた。剣山の様に突き立てられた長剣が生々しく残る、えげつないやり方である。だが同時に効率的でもあった。流石の魔獣も異物がある状態で再生は行えない。徹底して傷を重ねるには有効だった。

 

「デュコトムスはやはり安定しているのねん。カルロスちゃんの方もどうなるかと思ったけど迅速に処理できたし……これなら戦力として数えても良さそうなのねん」


 レヴィルハイドのお墨付きを得た所でトーマスが広間にある幾つかの道の一つを指す。

 

「そこの道にも目印が残ってる……あいつらどうやってここを抜けたんだろうな」


 ケビンもガランも生身だ。まさか大型魔獣を蹴散らして進んだ訳では無いだろう。単純に考えるのならば彼らが通った時にはこの広間には何もいなかった、と言う事になるが――。その場合は魔獣がどこから来たのかが問題になる。下から上がって来たのだとしたら。最悪の想像がカルロスの中に広がる。それを深呼吸一つで抑え込んだ。まだブラッドネスエーテライトの反応は感じられる。正確な場所までは難しいが、健在だ。それが分かっていれば大丈夫だ。

 

「未だに魔獣が最深部で生まれているのかもしれないのねん……潜れば潜るほど数が増えると予測されるから皆注意するのねん」


 レヴィルハイドの注意喚起にカルロスは気を引き締める。今回の様に広い空間でなら兎も角、狭い通路で襲われたら危険だ。迷宮内の大半はその狭い通路なのだから。デュコトムスはそこであろうと安定して戦えるだろうが、エフェメロプテラは少し戦い方を考えないと行けない。ケルベイン程でないにしてもエフェメロプテラも機動力を武器としているのだから。不評だったが天井に張り付いて縦の動きを主軸にするしかないと彼は考えるのだった。

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