23 迷宮突入:2
一番手はケルベインが行くことになった。――が、戦闘開始から僅かな時間でケルベインが迷宮内戦闘において向いていないという事が浮き彫りとなった。
理由は単純である。ケルベイン最大の武器である機動力。それをこの狭い迷宮内では活かす事が出来ないのだ。下手をしたら壁面に激突してしまう。その為足を止めての殴り合いとなるのだが、機動力を上げるためにその他の能力を犠牲にしている機体だ。下手をしたらウルバールの方がましかもしれないという有様であった。
主武装である銃と言うのも相性が悪い。頑強な内壁では弾丸は弾かれ、跳弾し自身に牙剥く事さえあったのだ。とことん迷宮との相性が悪い。稼働時間の長さによる補給の必要性の低下は強みだったが、肝心の戦闘能力に関しては落第と言わざるを得なかった。
どうにか一機が装備していた射出型パイルによって大型魔獣を仕留める事には成功したが、かなりギリギリの戦いだった。後少し追い詰められていたらその時点で護衛機であったゴールデンマキシマムが介入していただろう。むしろ大きな損傷なしで乗り切れたことは幸運としか言いようがない。地上での機動戦闘では圧倒的な戦果を叩き出していただけにこの結果は予想外でもあった。相性は悪いのではないかと感じてはいたが、ここまでとは思っていなかったのだ。
その結果を見てレヴィルハイドは低く呟く。
「ケルベインは迷宮内戦闘には向いていないのねん」
それは戦力外通告。迷宮内での戦闘能力は皆無と告げる言葉だった。思わずと言った調子でケルベインの搭乗者が反駁する。
「お待ちください! 一度の戦闘で判断されるのは……」
「そうねん。本来ならば性能評価は数度の戦闘で判断を下すべきなのねん……ただ今はその数度の戦闘をこなす時間が惜しいのねん」
柔らかい言葉を選んではいるが、要約すると分かりきった結果を補強するために無駄な時間をかける余裕はないという事だった。迷宮突入に時間がかかればかかるほど地上での戦闘の負担は大きくなる。魔獣が溢れ出た砂漠内に強引に補給線を通しているのだから消耗も小さくは無い。そうした事を考えると、進行速度を上げるには――。
「ケルベインは地上に戻るのねん。その性能は広い戦場でこそ役立つのねん……私たちの帰り道を確保しておいてほしいのねん」
レヴィルハイドはそう決断した。足手まといだからでは無い。より適切な場所があると言って操縦者たちの心理的な抵抗を和らげる。そうした言葉を聞いていると本当に気の利く人物である。――やはり見た目に圧倒されてしまうのだが。
「デュコトムスも同じなのねん。迷宮内戦闘に向いていないと判断したら地上に戻って貰うのねん」
ウルバールの護衛付きで後方に下げられていくケルベインを見送りながらそう言われてカルロスは了承の意を返すに留めた。どれだけ言葉を飾ろうと結果を見せる方が速いだろうと感じた為だ。
その後はまた平穏な行軍が続く。若干数が減ったおかげか周囲の音が良く聞こえるような気がするカルロスだった。その聴覚にレヴィルハイドのやや困惑したような声が聞こえてくる。ふと通信の設定を見るとエフェメロプテラとの一対一通信だった。
「それにしてもカルロスちゃんの機体は……ウルバールベースなのかしらん?」
「まあ一応は」
「私も詳しくは知っている訳じゃ無いのねん。でも大罪機は基本的に古式をベースに変化するのねん。それは単に今まで古式しかいなかったからだとは思うのねん」
その辺りはカルロスにも分からないと言った方が良い。どうもレグルスは大罪機を増やすために色々と画策している様だったが、その詳細はクレアも聞いてはいなかった。レヴィルハイドも知らないとなればカルロスの周囲で知っていそうなのは――ネリン位の物だった。そう言えば帰ってこないな、とカルロスは少しばかりさびしく思う。特に別れの挨拶も無く一時帰国になってしまったのだが、このまま今生の別れにならないだろうかと不安にならないでもない。とは言ってもカルロスもネリンも常人の寿命の枠には当て嵌められない存在なので百年後くらいに再会するというのもあり得る。グランツ程ではないが、彼女も多少は時間感覚がおかしくなっていそうで冗談が冗談になら無さそうなのが怖い。
「大罪機として器が完成したら今みたいに元になった機体何て分からない程に変化している筈なのねん。そう考えるとカルロスちゃんのはまだまだ殻の付いたひよこの様な物なのねん」
「ひよこ、か」
自称神の念押しを思い出す。つまり現在は全く覚醒していない状態と言う事なのだろう。完全に覚醒したら何よりも強くなる。その誘惑はカルロスに付き纏う。間違いなく望んでいるのだから否定のしようがない。その誘惑を打ち払えるとしたらそれはきっと――邪神の手など借りずに最高で最強の機体を生み出せた時だろう。
「まあ俺はひよこのままで良いよ」
「そうねん……良くも悪くも大罪機は人を歪めるのねん。触れずに済むのならば触れない方が良い物なのねん」
完全に御しているようにも見えるレヴィルハイドでさえそう思うらしい。やはり人を狂わせる力だとカルロスは実感させられる。何でそんな物に気に入られてしまったのか。自称神が言うには邪神と相性がいいとの事だったが、一体どんなところの相性がいいというのか。人間を滅ぼそうとしている邪神と相性がいいと言われても嬉しくとも何ともないというのが偽らざる本音だ。
そんな事を考えながらカルロスは似たような光景の続く投影画面を見つめ……ふとある事に気が付いた。
「すまない、ちょっと止めてくれ」
行軍を停止させて、カルロスはエフェメロプテラの背部ハッチを解放して操縦席から身体を押し出す。何とも言えない、冷たく淀んだ空気を感じて僅かに表情を顰める。まるで墓所の様な空気だった。ある意味ではなじみ深いというべきか。
そのままするするとエフェメロプテラが差し伸ばした腕を伝うと内壁に直接手を触れる。解法による解析。目視による確認。自分の直感が間違っていなかった事を確信してカルロスは口を開く。
「迷宮内の魔力の流れに、強引に拡張した跡が見られる。それもここ数週間の近い内にだ」
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